江草の突撃命令で、あらかじめ定められた目標に向かって各飛行隊が散開していく。

攻撃は外郭の駆逐艦から始まった。

「やつらは俺たちを狙っているぞ!」

駆逐艦ハマーのウィーバー艦長は慌てふためいた。

彼らとしては、あくまでも空母に襲い掛かる攻撃機を叩き落すことが目的で、自分らが目標にされ

ることは想定していなかった。


数箇所で同時に攻撃が始まったため、お互いの援護射撃をする余裕はない。

自らの敵に対処するので精一杯であった。

「打ちまくれ!やられるぞ!」

しかし駆逐艦程度では積載する機関砲の数にも限界がある。

一艦につき8〜9機の急降下爆撃機が張り付き爆弾を叩きつける。

2〜3発が命中弾となり、駆逐艦群が炎を上げて落伍していく。

輪形陣が崩れたところに、第2派の攻撃隊が張り付き攻撃を開始する。

しかし防空艦として建造されたアトランタ級やクリーブランド級はそう簡単には爆撃を許さなかった



「戦闘機隊、援護に回れ!機銃座を潰すんだ!」

各指令機が指示を出すと待機していた戦闘機隊が低空に舞い降り、機銃座に向かって銃撃を繰り返す



上空に向けられた機関砲群が、あわてて低空から忍び寄った戦闘機に砲弾を浴びせようとするが、そ

れを見計らって急降下爆撃機が降爆に移った。


吹き上がる火線はVT信管が仕込まれているため、攻撃機の至近で盛大に破片をばら撒く。

1番機が次いで3番機がエンジンや翼をもぎ取られ、炎を引きずりながら落ちていく。

低空から進入する戦闘機隊にも機関砲弾が降り注ぎ、お互いに連射をしながら火線を交じわらす。

一機の戦闘機がまともに機関砲弾を喰らい、もんどりうって海中に没する。

しかし銃撃の効果があって、急降下爆撃に対する対空防御が散漫になっていた。

そこを突いて、一機また一機と投爆しては翼を翻していく。

決して輪形陣の中に飛び込まない攻撃方法である。

防空巡『ヘレナ』にむかった爆撃機10機中8機が投爆し、うち3発が甲板上で炸裂した。

『ヘレナ』は大きく右に傾き黒煙を吐きながら落伍していく。

第2派の降爆隊の攻撃が終わると3隻の巡洋艦が炎を上げ、海上に停止していた。

輪形陣への攻撃はその3分の1に相当するエリアに集中的に行なわれ、その防御網に大きな穴を開け

ることに成功した。


「よし、雷撃隊進入せよ!」

頃合を見計らって、指令機は空母に向かって雷撃隊の突入を命じた。

 

アトランタ級防空巡洋艦
多数の高角砲、機関砲を積み、防空の要として日本攻撃隊の前に立ちはだかった。
護衛駆逐艦
空母部隊の外郭を守り、防空に活躍した。



「提督!輪形陣が破られています。敵ながら見事なほどの連携で、こちらの防御射撃が有効に働いて

いません」


ハルゼーは地団太を踏んで当り散らしていた。

圧倒的な艦載機数、新戦術の攻撃法・・・どれをとっても不利な条件が重なっている。

「雷撃機接近!後方の『エンタープライズ』に攻撃が集中しています。

ハルゼーは身を乗り出して、後続の『エンタープライズ』を見た。


投雷を終えたのであろう、『エンタープライズ』の影から雷撃機がきびすを返して遁走していくのが

見えた。


攻撃は常に外側から、決して輪形陣の中には入ってこない。

一艦また一艦と、狙われた獲物のように仕留められていく。

『エンタープライズ』に4本の水柱が上がるのが見えた。

『エンタープライズ』は急速に速度を落とすと傾斜をして停止する。

上空には急降下爆撃機が獲物をしとめようとする鷲のよう旋回している。

もはや彼女を救う手立てはないのかもしれない。

『ハンコック』、『プリンストン』被雷しました!

「なに!」

ハルゼーの旗艦『タイコロデンガ』を含めた輪形陣は4隻中3隻までもが、魚雷攻撃により喫水線下

にダメージを受けてしまった。


中でも3本も魚雷を受けてしまった『プリンストン』は軽巡を改装した小型空母である。

まず生存の見込みはないだろう。

「艦長!4時方向より、雷撃機接近!約15機」

見張り員はほとんどパニック状態になっていた。

「雷撃機を近づかせるな!機関砲水平射撃!」

ところがこんどは上空から戦闘機が舞い降りてきて、機関砲に向けて銃撃をしてきた。

機関砲員が20ミリ機関砲を喰らい、肢体が四散する。

めっきり弱くなった対空砲を掻い潜りながら雷撃機が投雷をして離脱していく。

「面舵一杯!急げ!」

舵が威勢よく回されるが大型艦ともなれば利きは鈍い。

ようやく舵が効きはじめた頃、一発目の魚雷が艦腹をえぐった。

艦橋直下に命中した魚雷で艦橋内にいた乗員は、はじけ飛ばされ床に叩きつけられた。

そしてもう一発、艦尾付近に命中した魚雷は機関室を破壊し推進力を奪った。

「提督、大丈夫ですか?」

「被害状況は・・・?」

「我が艦に2発命中、15度傾斜しております。片舷注入で水平を保ちます」

「よしやってくれ。ほかの艦の損害はどうだ?」

「フレッシャー提督の『レキシントン』は被害甚大で5発の魚雷と3発の爆弾で航行不能です。懸命

に消火活動をしていますが、助からないと思います。『ヨークタウン』、『ワスプ』も魚雷3〜4、

爆弾4〜5発を喰らって激しく炎上中です」


「メリル提督の『イントピレット』も2発の魚雷で減速しているところを爆撃され、艦橋に命中した

一弾で戦死されました。『フランクリン』も5本の魚雷で航行不能。『インディペンデンス』が先ほ

ど沈没を確認しました。」


「エスコートの艦隊も相当な被害を被りました。ほぼ半数が被弾し、すでに防空巡4、駆逐艦12が

沈没、航行不能多数です」


「ほぼ全滅だな・・・全艦隊に伝えよ!極力艦の保全に勤めよ!乗員を救助後、残存艦にて撤退する



「?」参謀長はハルゼーを見ていぶかしんだ。

普段の彼なら、猛り狂い、眼前のものにつかみかかって噛み殺してしまうに違いない。

しかし彼は冷静で淡々と命令を出したのだ。

薄ら笑いさえ浮かべているハルゼーを見て気が狂われたのかと思ったのだ。

しかし彼は、愚鈍な猛将ではない。

むしろ繊細で部下思いのところもある。

そう・・・彼は今の日本軍の攻撃で大変な収穫を得たのだ。

また、今の全力攻撃で再度の空襲がないことも見切っていた。

この一日を乗り切れば、次回は絶対に負けない自信があった。

あれだけの攻撃を受けながら空母で沈没確実2、航行不能4の被害にとどまった。

確かに全滅には代わりがないがVT信管と濃密な射撃で多くの攻撃機を撃退した。

また昨日の戦いで相当数の損害を出したが、『疾風』の性能を差し引いても日本軍の戦術を見切った

感がある。


「目には目をだ。やつらの戦術は十分見せてもらった。次回はそっくり同じ手で薄汚いジャップども

を地獄に落としてやる」


ハルゼーの自信は米国の工業力にも帰結している。

今回すべての艦船が失われたとしても半年で戦力は回復できる。

ましてや何隻か持ち帰れば復旧完了時には日本艦隊を圧倒できるであろう。

彼の思考にはそこまでの青写真があったのだ。

薄ら笑いは彼の勝算の表れでもあったのだ。

タイコロデンガ
エセックス級空母の一でで戦時中に大量配備された。
ハルゼーの旗艦
エンタープライズ
米国の中堅空母。日本の雲龍タイプのライバル

 


応急作業が始まりかけたとき、レーダーマンから艦内電話が入った。

受け取った指令部員は顔面蒼白になり泣き顔に変わっていた。

「敵編隊多数、マリアナから飛来します。約100機・・・」

ハルゼーはじめ、全員が顔面蒼白となった。

「マリアナからの距離だと単発機ではあるまい。大型爆撃機の水平爆撃であるのなら簡単には当たり

はせん」


ハルゼーは自分も含めてこの窮地に希望を見出したかったのかもしれない。

 




遡ること3時間前、マリアナ基地に120機の爆撃機が整列していた。


搭載するは800キロ徹甲弾・・・しかし通常の爆弾とは違う特殊爆弾であった。

日本の工学兵器工廠で開発された赤外線探知装置が搭載されている。

またドイツで開発されたフリッツXの可変翼を組み合わせ誘導爆弾として完成した。

赤外線誘導装置とは赤外線、特に煙突からの排気に感応し、自らが持つ翼を動かして

目標に至る。

弱点は大型爆弾のため行動を大幅に制限され、爆撃前に敵戦闘機にたやすく撃墜されやすいこと。

水平爆撃のため濃密な対空砲火には被撃墜の割合が高いこと。

熱源を探知するため海上のように温度差の激しい艦船に対する攻撃は確率が高い反面、対抗措置をと

られた場合、無力化してしまうことだ。


草加司令官はじめ、この兵器を使うことを決めた次郎も一回のみの限定兵器と考えていた。

しかし、使用に極端な制限がついてしまう特殊な爆弾だが、またとない機会が訪れたのである。

もし、多数の敵戦闘機が艦隊上空を直奄している場合、また無傷の艦船が濃密な対空砲火を上げると

判断された場合は、ほとんど成果を上げられないとして出撃は見合わせる手はずとなっていた。


しかし、敵直奄機が壊滅し手負いの艦船が海上をのた打ち回っている。

まさに千歳一遇の投入場面が出現したのである。

 

飛竜
陸上攻撃機
赤外線誘導の大型爆弾を積み米空母の解釈人を務めた。
銀河
陸上攻撃機
飛竜と共に攻撃に参加した。


「こちら宮内、敵艦隊は瀕死だ。対空砲火も弱い。全機打ち合わせ通り投弾をする。


各小隊に別れ、攻撃を開始せよ」

飛行団は小隊単位に分かれると空母上空に高度6000で侵入、一機ずつ爆弾を投下した。

弱々しく撃ちあがる対空砲は米艦隊の運命を現していた。

投下された爆弾は熱源に引き寄せられるように方向を変え、ある艦は煙突と一体化した艦橋に、また

ある艦はいまだ鎮火しないで炎を上げている破口に吸い込まれていった。


800キロの爆弾は長門型の砲弾に匹敵する。

装甲の薄い空母がこの衝撃に耐えられるはずがなかった。

傾いたまま停止していた『エンタープライズ』がまともに直撃弾を喰らった。

炎のきのこ雲を上げ、艦の一部であった鋼材はもとより、消火活動を行なっていた応急斑ごと吹き上

げた。


続いて『イントピレット』が先ほど粉砕され、いまだ消火活動を終えていない艦橋に直撃し、艦中央

部を大きくえぐられる。


小型空母『インディペンデンス』は一発の衝撃に耐えられず船体がクの字になり沈んでいく。

『ヨークタウン』『ワスプ』それに比較的被害が少なかった『フランクリン』にも爆弾が命中し炎の

柱を突き上げた。


しかし二番機が投下する爆弾は、今まさに火柱が上がった熱源に向けて落下してきた。

大きく開いた破口に飛び込んだ爆弾は一層の被害をもたらし、艦がへし折れてしまうものもいる。

空母に加えられた爆弾も沈没確実と見るや防空艦艇にも徹底して落とされた。

一発づつ落とすので、無駄がない。

撃沈と見るや次の目標に残りの爆弾が振り分けられた。

まさに秩序だった介錯人である。

 


「こんなものまであったとは・・・」ハルゼーの目から一粒の涙が流れた。


「敵爆撃機接近!」そう告げると見張り員は逃げ出していった。

上空に到達した小隊の一機が黒い塊を投下する。

ハルゼーは逃げることなく落下してくる塊を着弾寸前まで見上げていた。

甲板上に被害が少なかった旗艦『タイコロデンガ』は一番の熱源である煙突と一体化した艦橋に命中

した。


ハルゼーはその知識を、教訓を、二度と活かすことなく炎の中に消えていったのである。

 



「全機投弾完了!残存艦艇、駆逐艦数隻のみ!」


「よし、戦果を確認、全機帰還せよ」

この日の日本艦載機の損害は戦闘機30、彗星艦爆34 流星艦攻27 飛竜4 銀河3機であった



完全に制空権を取っていたにもかかわらず攻撃隊の被害が多いのは、VT信管はじめ、激しい対空砲

のためである。


日が水平線に沈みかけるころ、取り残されたごく少数の艦船は生存者の救出を行なっている。

すべてを失った将兵に覇気はない。

すべてがスローモーションのようにゆっくりとした空気が流れていた。

 



鎮魂

 

マリアナには、多くの艦艇が錨を下ろしていた。どの艦も満身創痍、中には湾内において着底してし

まったものもある。


特に巡洋艦の被害はすさまじく、艦隊戦に参加した艦で無傷なものは一隻もない。

約半数の艦が帰国かなわず錨を下ろしていた。

主力艦及び自力にて本国に戻れるものは、すでに母港に向けて帰途についている。

この地に集う艦艇は、工作艦の応急修理を待って、帰国することになっていた。

あちらこちらで修理の鋼材が運び込まれ、バーナーの火の粉が飛び交っている。

未曾有の勝ち戦であった。

敵主力艦隊はその野望とともに南海の海に潰え、膨大な犠牲は善良な米国国民の厭戦機運を発露して

くれるかもしれない。


しかし、日本人の流した血も決して少ないものではない。

多大な犠牲、多くの資材を失った痛手は心に深く突き刺さっている。

勝つには勝ったが、指揮官はじめ水兵に至るまで勝利の美酒を味わえるほど気力を残しているものは

少なかった。


しかし時が経ち、勝利を噛みしめられる日は来るだろう・・・

それまではしばしの休息が彼らには有難かったのかもしれない。

マリアナの地下司令部では提督たちに、ささやかな勝利の美酒が振舞われていた。

山本連合艦隊指令長官がねぎらいの言葉を投げかけた。

「この度の皆の働き、本当にご苦労様でした。帰ることかなわず英霊となられた諸氏にも厚く礼を述

べたい」


長官の言葉は驕るものでもなく、ねぎらいと戒めの言葉に終始した。

「この度の勝利に酔ってはならない。戦いは始まったばかりなのである。天運が見方をし、勝利をも

ぎ取ったが、巨大国家アメリカはすぐさま戦力を建て直し、本腰を入れて日本攻略を意図するであろ

う。努力と開発を厭わず、次回の来冠に備えよう」


傍らには第一艦隊指揮官である故古賀峰一海軍大将はじめ、司令部要員の位牌が置かれていた。

彼らの元にも盃が置かれ、労をねぎらう宴は、粛々と行なわれていた。

 



児玉次郎と島田権道はサイパン島北岸の絶壁の上で顔を合わせていた。


呆けたように蒼穹の空を見つめ続けていた。

「やったな・・・」

「ああ、やった・・・」

「俺たちは勝ったのだな・・・」

「あぁ勝った・・・」

「日本はどうなるのだ・・・」

「俺にもわからん・・・しかしこれが終わりでなく始まりであることは確かだ・・・」

「俺たちは戦い続けなくてはいけないのだな・・・」

「そうだ・・・日本のために」

「日本人のために・・・」

二人は顔を見合わせ、この日初めて笑顔をみせた。

 

 

                           
   

 

 

 

 

鋼鉄の巨人たち

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