『加賀』は数隻の駆逐艦に護衛されて、10ノットのスピードで戦場を離脱していた。

しかしその上空に米索敵機が現れると、小沢は自らの運命の終焉を悟った。

「まもなく敵艦隊が現れるだろう・・・今のうちに『加賀』の将兵を駆逐艦に移してくれ。

私はこの『加賀』を持って囮となし、角田君の到着まで時間を稼ぐ」

「ならば私もお供します」『加賀』艦長加山大佐が前に出た。

「これは私の艦です。最後まで見届けてやるのが勤めだと思っております」

小沢はニコッと笑って、加山といい、伊藤といい、いい部下を持ったと満足げに頷いた。

第3機動部隊幕僚も、私たちもと進み出たが、小沢はやんわり断った。

「戦いはこれで終わりじゃない。君たちの力はまだまだ必要なんだ。教訓を伝えるのが君たちの務め

ではないか・・・。それと・・・山口長官に伝えておいてくれ・・・後はよろしく頼むと・・・」


各参謀と一人ひとり握手をして別れを告げると、再び艦橋の人となった。

最後の駆逐艦が『加賀』を離れてから、30分後、よろよろと航行する『加賀』にキャラハンの艦隊

が追いついてきた。


各艦、9本の主砲を最大仰角に持ち上げている様は、なんとも禍々しい。

まもなく発砲の火炎が各艦を包む。

小沢は、加山艦長と艦橋内より遠望していた。

「この加賀だけはもっと早く離脱させておくべきだった・・・。」

「いや、ここまで精一杯戦わせていただいたのは司令のおかげです。」

やがて『加賀』は、無数の水柱につつまれた・・・

『加賀』の捕捉に成功したものの、キャラハンの艦隊は別の艦影をレーダースコープに捉えていた。

皮肉にも『加賀』追撃のため西進した米艦隊は、ハワイからの制空権を大きく超えた所で日本主力艦

隊に逆に捕捉された形となった。


マリアナ以来再び合間見えた日米戦艦群の衝突の瞬間であった。

 

 

ウィスコンシン
ミズーリー級4番艦 キャラハン艦隊の旗艦
高速をいかして傷ついた日本空母に止めを刺した
同型艦 ニューハンプシャー  ワイオミング ミシガン ニューヨーク



ミッドウェー

 

「ハワード、しっかりしろ!お前も生きていたんだな!」

ハワード一等兵は戦友に揺り動かされ覚醒した。

建物の下敷きになり、一昼夜の間、意識を失っていたのだ。

「ジョン、君も無事だったのか・・・日本軍が・・・」

痛みに耐えて何とか口を動かすと、ジョンは言葉をさえぎって興奮しながら喋りまくった。

「日本軍が撤退しているんだ!飛行場は完全に破壊されているが、やつらもみんな居なくなっちまっ

た!」


海岸線を見ると最後の舟艇が発進していくのが見えた。

沖合いには、まだ数隻の輸送船がいたが、最後の舟艇を収容したら撤退に移るのであろう。

「俺たちは助かったんだ・・・このことをハワイに伝えなくては・・・」

瓦礫の中に半ば埋もれた電信機が目に止まった。

 




ハワイの作戦司令部では情報が入るたびに、喚起が起こっていた。


「リー提督から分派されたキャラハンの艦隊が空母3隻撃沈、戦艦2隻その他駆逐艦数隻を撃沈破し

たとの報告が入っております。前日に一隻の空母の撃沈を確認していますから、これで日本軍の損害

は空母4隻、戦艦2隻の撃沈、巡洋艦クラスも少なくても2〜3隻、駆逐艦10隻以上を撃沈破した

計算になります」



「我方もミッチャー提督の大型空母3、軽空母3を損失しています。それ以外の艦も傷つき第36任

務部隊は壊滅といっても良いでしょう。」


「いや、まだスプルーアンスの第58任務部隊は健在だ。それにハワイからの増援で、戦力も8割方は

回復している。ここはミッチャー提督の言うように、後一押しして敵空母を
23隻減殺しておくほう

がいいのではないか・・・」


「貴官もそう思います。日本の工業力は我々の10分の1・・・ここで大きく戦果を上げておくならば次

回は相当有利な展開で我が軍が押し切ることが出来るでしょう」


二ミッツは判断しかねていた。


戦いに入る前から感じていたなんともいえない不安感が彼を押し包んでいたからだ。

「全体からすればまだ10分の1程度の損害を出したに過ぎない日本軍が、こんなに簡単に引き下がる

とは思えん。ミッドウェーを橋頭堡にして待ち構えているとしか思えん。まんまとつり出されて損害

を被るよりも、ここは守りを固めてみてはと思うのだが・・・」


二ミッツは消極論ではあるが、今海戦は、ハワイ攻略を頓挫させたということで戦略的な勝利を勝ち

取ったと判断したかった。



そこに新たなる報告が入ったのである。

「ミッドウェーと連絡が取れました!ミッドウェーに上陸した日本軍は、基地、飛行場を破壊した後

、撤収!ミッドウェーはまた我が軍が取り戻しました!」


「なにっ!やつらは本当に撤退にかかっています。今こそ追い討ちをかけて敵空母群にもう一撃を食

らわしましょう。ミッチャー提督からの具申を取り入れましょう!」


交戦に傾きかけたそこへ、もう一報が飛び込んできた。

「リー提督から急報!キャラハンの艦隊が敵主力艦隊と遭遇、交戦状態に入る。我が主力もまもなく

戦闘体制に入る!」


ついに始まった・・・

二ミッツは自分の判断の外で、すべてのことが起こり始めていることに危惧を感じたが、もう始まっ

てしまった以上、後戻りすることは出来ない。


「スプルーアンスの空母部隊に戦艦部隊の援護をするように伝えてくれ。艦隊決戦は何が何でも勝利

をもぎ取るぞ!」


二ミッツは決断した。

もう迷うことはあるまいと自分に言い聞かせていた。

 




山口多聞艦隊司令長官は『剛龍』艦橋内で仁王立ちになり前方を見つめていた。


「小沢司令はついに逝ってしまった・・・惜しい人物を失ってしまった・・・」

「長官、申し訳ありませんでした。私が艦を曳航することを具申したばっかりに、失わなくてもいい

軍艦と人命をなくしてしまいました。やはり自沈させるべきでした・・・」


「今更悔いても仕方がない。失ってしまったものはもう戻らないのだ。貴官の具申も的を得ていなか

ったわけじゃない。日本の工業力はすでに限界に達した。艦を失えば今後の補給は望めないだろう。

そのために工作艦まで随伴してきているのだ。たまたま敵艦隊のほうが、距離が近かった。致し方な

い結論だと思う」


山口は次郎の肩に手を置き、優しく微笑んだ。

「最後の戦いが待っている。君にはまだまだ働いてもらわなければならん」

「は!命に代えてでもこの戦いは最後まで完遂させます」

「その意気だ!小沢さんが後はよろしくといっていた言葉が良くわかる・・・小沢さんのおかげで敵

艦隊は空母部隊、戦艦部隊ともハワイの勢力圏外に飛び出してしまっている。


つり出しに成功したんだ。これからが本当の勝負だよ」

「はい、ミッドウェーから後退した戦闘機、母艦を失った第3機動部隊の残存機を各空母に収容し、戦

力はほぼ満載状態に回復しております。『雲仙』の飛行甲板の修理も工作艦の働きで完了しておりま

す。」


「よし、最後の決戦の準備は出来た。敵はスプルーアンスの機動部隊!皆一丸となって、遂行しよう



山口は司令部員に向かって満面の笑みを湛えた。

誰ともなく万歳の声が起こり、それは艦全体に波及し、いつまでも鳴り止まなかった。

 

 



天王山

 

角田の主力艦隊はキャラハンの戦艦部隊をその電探範囲内に捕らえていた。

キャラハン隊はリーの主力艦隊に合流するべく進路を変更している。

角田艦隊は米艦隊を追撃する形ですでに単縦陣を組んで進撃していた。


眼前では『加賀』が大海の中の灯台のように赤々と燃え盛っていた。

ガクリと前のめりになり、飛行甲板の直下まで波に洗われている。

角田には仇をとってくれと言っているような気がした。

「間に合いませんでしたね・・・残念ですが加賀の犠牲のおかげで敵艦隊を捉えられました」

「うむ、第3機動部隊の仇は必ずとる。分派した敵艦隊が合流したころが決戦の時だろう・・・

各艦戦闘準備を伝達してくれ」

通信参謀が電信室に飛び込んでいった。

角田は権道を呼び寄せた。

「敵の戦略をどう見る?」

「遁走中の敵艦隊は主力と会合して、決戦を挑んでくると思われます。敵をハワイの制空権内に逃が

さないために進路のイニシアチブを取りましょう・・・」


「敵は我々の思うように転舵すると思うか?意図を察しって制空権内に逃れる可能性もある。」

「考えられないことではありますが、敵の戦艦保有数はこちらの2割増し・・・地の利も有利とあれば

、工業力から見て今のうちに一隻でも多く損害を与えることは、後の戦いをさらに有利にするでしょ

う。そのような観点からして、必ず決戦を挑んでくるものと思います」


「うむ、私もそう思う・・・」角田は自身の描く疑念が晴れるのを感じた

「艦隊戦は、マリアナでやった手を使いましょう。少しでも戦力を減殺して敵の大型新造艦と決戦を

するのです」


権道はマリアナでの敵第2艦隊(マッケィン艦隊)を葬った作戦を再現しようとしていた。

はじめの数分で敵の出鼻をくじき、戦意と戦力をそいでしまう。

そののち、八木右作の考案した秘密兵器でアドバンテージをとる作戦であった。

電探のスコープには二つの艦隊が合流する様が映し出されていた。

 

ロードアイランド
リー提督旗艦  対大和戦用に投入された米国初の18インチ砲搭載艦
同型艦 メイン
モンタナ
ミズーリー級の拡大発展型
同型艦コネチカット オハイオ ルイジアナ


リー提督はキャラハンの艦隊と合流した。

位置の関係上、キャラハン座上の『ウィスコンシン』が先頭になり、『ニューヨーク』『ミシガン』

『ニューハンプシャー』『ワイオミング』と続く。


その後ろにリー提督の旗艦『ロードアイランド』『メイン』の18インチ砲艦、その後ろに『モンタナ

』『コネチカット』『オハイオ』『ルイジアナ』の16インチ
12門の多砲塔艦が単縦陣を組んだ。

「日本艦隊がT字を描こうとしている。こちらも回頭して同行戦に入る。レーダー照準開始!」

「提督、敵の怪物戦艦はミズーリー級単艦では手に余ります。21で打ち勝ちましょう」

「君はマリアナの生き残りだったな・・・わかった・・・君の意見を取り入れよう」

リーは隊内マイクを手にとると矢継ぎ早に目標を指示した。

「『ウィスコンシン』、『ニューヨーク』は敵一番艦、『ミシガン』『ニューハンプシャー』『ワイ

オミング』は二番艦、我が『ロードアイランド』は
3番艦、『メイン』は4番艦、『モンタナ』は5

艦、『コネチカット』は
6番艦、『オハイオ』は7番艦、『ルイジアナ』は8番艦を攻撃せよ。」

言い終わると今こそレーダー管制射撃の成果を発揮するときが来たと、自信をみなぎらせた。

短期間とはいえ、みっちりと将兵を鍛え上げた自負がある。

最新型のレーダーは日本艦隊のそれを凌駕している自信もある。

レーダーの権威としての名声は自他共に認めるところであり、それを駆使しての勝利は自分が最も欲

していることなのである。


「距離2万7千!敵艦隊砲撃開始しました」

「よし、こちらも撃ち方はじめ!」

各艦は与えられた目標に向かって砲撃を開始した。

「提督、肉眼でははっきりしたことはいえませんが敵艦隊の配列が同型艦同士の戦隊を組んでいない

ように思えます」


リーは測的用の大型望遠鏡を覗き込み「なるほど、砲門の数に違いがある。先頭は大和型、二番艦は

尾張型のようだ・・・三番艦は新造艦のようだな・・・」


艦隊戦では、砲力や速力の関係で同じ艦種同士が戦隊を組むのが望ましい。

しかし眼前の日本艦隊のそれは、かなり変則的といえた。

 



いくつもの黒い塊が大気を裂いて飛来してくるのが見える。


通常ではあり得ない事であるが、あまりにも多数の砲弾のため空気の切れ目が見えるように感じたの



キャラハン中将は一瞬緊張した。

「まさかこの艦だけを目標にしたのではあるまいに・・・」

しかしその答えはまもなく形となって現れた。

9本の巨大な水柱と、それよりはやや小ぶりではあるが12本の水柱がキャラハン座上の『ウィスコ

ンシン』を包み込んだ。


近いもので50メートルと離れていない。

さらに腹の底にズシンと響く衝撃が二度・・・

「喫水線下に砲弾命中!亀裂が生じ、浸水中!」

日本の砲弾は水中に落下すると砲弾の先端が割れて水中を魚雷のように疾走する。

手前に落ちた2弾が『ウィスコンシン』の舷側を突き破ったのだ。

「さらに敵、全力斉射!」

「なんということだ。格下の艦に向かって2艦がかりで攻撃してくるとは!」

再び大きな水柱に覆い隠されたが、今度は明らかに命中の衝撃が艦を揺さぶった。

大和型の18インチ砲弾の破壊力もすごいが、敵2番艦の速射砲のような砲撃スピードで『ウィスコ

ンシン』の構造物が次々に破壊されていく。


「第3砲塔損傷・・後部艦橋全壊・・レーダー塔損壊使用不能・・艦首損傷、ちぎれました!」

「なんということだ・・・」キャラハンは艦橋直下に落ちた砲弾のため煤と血染めの艦橋内で毒づい

ていた。


彼自身も顔から血を流している。

この日、大和の第5射、播磨の第8射は『ウィスコンシン』に引導を渡した。

第二砲塔に落下した『大和』の46センチ砲弾は天蓋を食い破り、砲塔内で爆発したのだ。

火柱が天高く上がり、炎は一瞬にして艦橋に燃え広がり、順次後ろになびいて船体を紅蓮の炎で焦が

し始めた。


数時間前、『榛名』、『霧島』に引導を渡し、『加賀』『赤城』『蒼龍』を葬り去る栄光を手にした

キャラハン提督のあまりにも無力な最後であった。


がくりと前のめりになって停止した『ウィスコンシン』をみて、角田は後続の艦に目標変更を伝達し

た。


二番艦につけていた『ニューヨーク』は、『尾張』、『武蔵』の集中砲撃を受けた。

予定通り『ウィスコンシン』と共に『大和』に照準をあわせていたが、見たこともないほどの巨大な

水柱に視界をさえぎられた。


『ニューヨーク』以降の新造艦は水兵を含めて、トラック沖海戦が初陣でこれが二度目の海戦となる



トラック沖では日本軍の砲撃が『モンタナ』、『コネチカット』に集中したため、砲撃を受けること

なく済んだ。


敵弾を受けるのは今海戦が初めてということになる。

それが46センチ砲弾であり、50センチ砲弾であった。

驚異的な射撃精度は『武蔵』は3射目、『尾張』は4射目で『ニューヨーク』を挟叉した。

『ニューヨーク』も盛んに『大和』に向かって反撃をするがそれに倍する砲撃を喰らう状態でまとも

な射撃などできるわけもなく、指揮系統は完全に混乱していた。


まもなく『尾張』の50センチ砲弾が艦尾に命中すると、その衝撃で尻を叩かれた馬のように艦首が

大きく持ち上がり、一瞬増速そしてブレーキがかかった。


艦内の誰もが前方に投げ出され床に壁にと叩きつけられた。

『武蔵』の一撃も尖塔のような艦橋トップを破壊し、前部甲板に大穴を開け黒煙を吹き上げさせてい

る。


第2砲塔を襲った50センチ砲弾はいとも簡単に天蓋を食い破り砲身は跡形もなく吹き飛ばされてし

まった。


50センチ砲弾が、あるいは46センチ砲弾の命中で『ニューヨーク』は完全に継戦能力を失い沈黙

してしまった。


後続の『ミシガン』、『ニューハンプシャー』も、戦闘初期の段階で同じような厄災に見舞われてい

た。


『ミシガン』は『薩摩』、『紀伊』の集中砲撃を受け、特に『薩摩』の速射砲のような43センチ砲

弾多数を受け船体を満遍なく穴だらけにされ、紅蓮の炎に包まれている。


43センチとはいえ、51口径と長砲身から打ち出される砲弾は46センチ砲弾の破壊力に引けをと

らない。


そこに『紀伊』の超ハードパンチが降り注ぐのである。

これではたまったものではなかった。

すでに数発の50センチ砲弾の衝撃により艦首より沈み始めている。

『ニューハンプシャー』は、『信濃』、『長門』、『陸奥』の砲撃を受けていた。

前の3艦より、受ける打撃がいくらか少ないとはいえ、一度に大小25発もの水柱がたち、早い段階

から命中弾を受けてしまっている。


艦長のシュチワート大佐は対抗手段として、独断で目標を変更、当面の敵『信濃』に向かって砲撃を

繰り返していた。


長門級の40センチ砲弾は硬い防御力で何とかはじき返していたが、それでも非装甲部への命中弾の

被害は侮れなく火災が発生している。


『信濃』にも数発の命中弾を与えたが、その報復はすさまじく46センチ砲弾が命中するたびに確実

にその生命を削り取られていく。


すでに第1、第3砲塔は旋回不能に追い込まれ、事実上戦闘力は30パーセントに低下していた。

『ニューハンプシャー』は次第に速力を落とし脱落していった。

 

大和 
角田長官の旗艦
文字通り、日本の象徴として奮迅する
同型艦 武蔵 信濃
播磨
高初速の51口径43センチ砲12門をを搭載した新鋭艦
同型艦 薩摩



しかし米艦隊もやられっぱなしでいた訳ではない。


敵一番艦、2番艦を攻撃目標としていたキャラハンの艦隊は『ワイオミング』を除いてほぼ壊滅状態

にあったが、リー率いる主力新鋭戦艦群は敵砲撃目標から外れていたため無傷である。


その状態で、3番艦以降に攻撃を敢行していたのである。

はじめの数斉射こそ、遠近弾となったが徐々に目標を捕らえだし7斉射目で『ロードアイランド』は

敵3番艦を捉え狭叉した。


そして8斉射目ではじめて米国製18インチ砲弾が敵艦の艦上で炸裂した。

その瞬間、敵艦上でかつて船の一部であったろう鋼鉄の塊が吹き上がるのが見えた。

「よし、その調子だ」リー提督は心の中の不安を打ち消すように声に出した。

彼の心中には大きな疑念が渦巻いていた。

どうも自分はまんまと罠にかかったのではあるまいか・・・と。

制空権外に誘い出された挙句、まるで待ち伏せにでもあったかのような先制攻撃を受け4隻もの戦艦

を瞬時に廃艦同然に追い込まれている。


しかしこれからが反撃のノロシだとも言わんばかりに『ロードアイランド』の命中弾を皮切りに日本

戦艦群を巨弾が襲うようになった。


『メイン』の18インチ砲弾が4番艦『武蔵』を襲った。

最初の一弾はメインマストに命中し完全に倒壊させてしまった。

そしてもう一弾は2番砲塔を直撃し、装甲こそ破りはしなかったが、強烈な衝撃によって第2砲塔内

の砲員が人事不詳に陥り、交代要員が駆けつけるまで砲撃が出来なくなった。


トラック沖海戦において旧式戦艦群と戦い不本意にも大損害を被った『モンタナ』、『コネチカット

』は、それぞれ『薩摩』、『紀伊』に対して、雪辱をはらさんと激しい砲撃を加えていた。


ミズーリー級の拡大発展型としての本級は砲塔一基分、合計12門の16インチ砲を搭載している。

破壊力はミズーリー級と同等ながら手数の多さで対抗しようとしていた。

すでに『薩摩』や『紀伊』の艦上では数発の命中を確認している。

対46センチ防御を施されている両艦はかろうじてその衝撃に絶えているようだが、

非装甲部より、うっすらと火災の炎も垣間見える。

いつまでも耐え続けられるとは限らない状況だ。


モンタナ級3,4番艦として就航した『オハイオ』『ルイジアナ』は、それぞれ『信濃』、『長門』

を攻撃目標としていたが、この日最初の悲劇を日本艦隊が被るときがやってきた。


『長門』は『ニューハンプシャー』にその40センチ砲弾を送り込み、同艦を撃破したが自らは『ル

イジアナ』の砲撃を一方的に受けていた。


自らの砲弾を決戦距離から放たれて耐えられる装甲というのが戦艦に与えられた防御であるが、同じ

16インチ(約40センチ)砲でも長砲身51口径はワンランク上の破壊力を有していた。


『長門』を襲った16インチ砲弾は長門の装甲をいとも簡単に打ち破って、心臓部を食い破った。

砲塔に命中した砲弾によって第一、第四砲塔はすでに沈黙、各指揮所が集まる艦橋も穴だらけになり

火災が発生している。


そして今また第2砲塔を巨弾が襲い、砲塔内にあった40センチ砲弾数発を誘爆させて紅蓮の火柱を

立ち上がらせた。


「よし、もっと叩き込め!格下の相手だといって手を抜くな!打ちまくれ!」

『ルイジアナ』艦長ケビン大佐は砲術長に向かって檄を飛ばした。

『ルイジアナ』近辺にも砲弾が落下し始めてきた。

僚艦『長門』の窮地を見て『陸奥』が目標を変更してきたのだ。

やがて『ルイジアナ』に命中弾の衝撃が走ったが、その半数以上を装甲版がはじき返した。

新世代の戦艦と艦齢20年以上もたつ長門型では、力の差は歴然としていた。

『長門』は完全に炎に包まれ、がくりと艦首を下げると急激に沈み始めた。

ケビン大佐は最後の止めとばかりに一斉斉射を送り、退艦しようと逃げまどう将兵ごとミンチにかけ

最後を見届けると、目標を『陸奥』に変更した。


「貴さまも同じ運命をたどらせてやる・・・」

『ルイジアナ』の砲塔が新たな目標に向かって回転しはじめた。

 



『大和』艦橋には各艦からの苦境が次々と入ってきていた。

そして今また『長門』総員退去の緊急伝を受信した。

「長官、中央にいる2艦は新型の18インチ砲艦『ロードアイランド』と『メイン』のようです。あ

の2艦を葬れば敵の士気も大きく下がるはずです。現作戦通り2対1で確実に葬りましょう。」


権道はすかさず意見具申した。

「しかし4戦隊の陸奥や信濃が苦境に立たされる・・・」

「味方の被害を少なくするために例の砲弾を使いましょう。目標を捕らえたら光学射撃に切り替えま

す」


少し考え、角田はそれでいこうと決断した。

角田は権道を信頼していた。


損害に情を流される自分には、時として冷酷なまでにも客観的に意見具申をしてくれる権道の意見が

ありがたかったのだ。


「目標変更!『大和』、『播磨』はロードアイランド級一番艦を『尾張』、『武蔵』は2番艦、『薩

摩』『紀伊』はモンタナ級一番艦、『信濃』は2番艦、『陸奥』は敵対する艦を砲撃せよ!」



各艦は新たな敵目標を捕捉するため照準調整に入った。

 

長門
かつては日本の象徴として活躍したが、今海戦で陸奥と共に
ルイジアナによって撃沈された


『武蔵』、『尾張』は敵弾が命中するたびに何かしらの被害を被っていた。


18インチ防御を施されている両艦であったが、命中の衝撃は16インチ砲とは比べ物にならない。

かろうじて主要装甲部は破られてはいないものの、歪みを生じている。

いつまで持ちこたえられるかわからない状態であったが、ようやく目標変更でロードアイランド級2

番艦に向けて砲撃を開始できる。


「目標18インチ砲搭載艦、戦艦『メイン』と思われる。全力を持って撃滅する。総員全力を尽くせ

!」


『武蔵』艦長猪口大佐は将兵を奮い立たせるため艦内マイクに向かって叫んだ。

「目標捕捉完了!距離28000!20秒後最適!」

「よし、発令所に任す!適時に発射!」

おそらく『尾張』においても同じような号令がかけられているに違いない。

きっかり20秒後『武蔵』は宿敵ロードアイランド級に向けて、その巨弾を送り込んだ。

 


「敵艦隊、一番艦後退します。18インチ砲搭載艦が先頭に立ちました!」

「敵艦隊攻撃目標変更の模様!攻撃中断しています」

米艦隊はキャラハン部隊の壊滅に伴って、生き残りの『ワイオミング』を後方に後退させ、代わりに

旗艦『ロードアイランド』を先頭に押し立ててきた。


そして攻撃目標を新たに振り分けてきたのだ。

「敵一番艦、砲撃開始!当艦を捕捉の模様!」

見張り員が大型望遠鏡を覗き込んで報告してくる。

「よし、これからが本当の勝負だ。敵18インチ砲搭載艦を撃沈する!頼むぞ、有賀大佐」

艦長の有賀は砲術と電探室に檄を飛ばしている。

「2対1の有利をもって早期に沈黙に追い込みましょう。『武蔵』『尾張』がすでに数発の18イン

チ砲弾を被弾した旨の報告が入っています。これ以上の被弾はいくら大和級でも致命傷を受けかねま

せん。時間が勝敗をわけるでしょう」


権道は角田長官に具申した。


「うむ・・」

長官も同感だとでも言うように頷く。

その時大きな力が強制的に『大和』を揺さぶったがごとく、衝撃で司令部員が皆よろけた。

そこにはいまだかつて見たこともない水柱が林立し、視界をふさいだ。

まだ100メートルほどの近弾だが、これだけの衝撃を排水量7万トンにも及ぶ大和に与えたのだ。

「これが18インチ砲弾なのか・・・」

これは『大和』自らの46センチ砲弾と同程度の威力なのだが、自らが体感するのは始めてであった



「米艦の乗組員はこの恐怖を味わっていたのか・・・」

角田は今更ながらにその威力に恐れおののいた。

『大和』も負けて入られない。

第2斉射、第3斉射を『ロードアイランド』に叩き込む。

『大和』対『ロードアイランド』の砲撃戦はほぼ同時に命中弾を送り込みあった。

大和の砲弾9発中2発がロードアイランドを捉えると艦首の非装甲部から鋼鉄の破片が宙高くぶちま

けられた。


そしてもう一弾は二本ある煙突の一本に命中、開いた破口から盛大に黒煙を吹き上げている。

しかしその報復は『大和』にも大きな衝撃を与えた。

2発の命中弾中一弾は後部甲板に落下、装甲部であったため跳弾となったが一撃で装甲板を歪めてし

まった。


もう一弾は高角砲群の真ん中に落ち3基の高格砲を粉砕し装甲板に亀裂を走らせた。

「このまま打ち合っていたら同士討ちになりかねん」

角田はその威力に愕然となったが、「長官!各艦は目標を補足した模様ですN弾を使いましょう。早

々に光学射撃に切り替えて敵の捕捉維持を図りましょう」


権道の言葉に、そうだ我々にはまだN弾が残っていた。

よし、今がそのときかもしれない・・・

角田は艦隊電話を取ると「全艦に告ぐ、時間を合わせてN弾を使用する。発射準備を行なう。光学射

撃に切り替え!」と告げた。


発射予定は今から5分後・・・高精度の電探射撃をやめ、アナログの光学射撃を行うため艦橋トップ

の測距儀が測的を開始する。


今海戦が必至となった日、山本連合艦隊司令長官は、一年分の弾薬を打ちつくすのではないかという

ほどの猛訓練を行なった。


その時、主になった訓練要綱が光学射撃であった。

久しく忘れていたアナログ式の訓練をこのとき重点的に行なったのだ。

その成果が今、試されるときが来た。

しかしその間にも激しい砲撃が繰り広げられ、終焉を迎えようとする艦があった。

『長門』を葬った『ルイジアナ』はその矛先を『陸奥』に向けていた。

『陸奥』も姉妹艦の敵討ちとばかりに、『ルイジアナ』に向けて激しく砲弾の雨を降らせていたが、

陸奥の40センチ砲弾の半数以上は跳ね返されていた。


それに比べ同じ40センチでも長砲身から打ち出されるルイジアナの砲弾は陸奥を直撃すると明らか

な損害となって艦の命を削りとって行く。


『陸奥』艦長兄部大佐は切歯扼腕した。

「二艦がかりでもかなわないというのか・・・20発以上の命中弾を出しているというのになぜそんなに戦える・・

・」


「艦長!N弾の使用を艦隊司令部から入電しました」

兄部は自嘲的に笑いながら言った。

「それまで持ちこたえられればな・・・」

『陸奥』を襲った新たな命中弾が艦橋内の幕僚をなぎ倒した。

艦橋直下に命中した一弾は装甲を打ち破り、艦橋で指揮をしていた兄部たちを下から突き上げたのだ。

艦橋内は凄惨な惨状となっていた。

倒れる鋼材の下敷きになった兄部はすでにこと切れていた。

幕僚の大半も廃墟となった艦橋内で動かなくなっている。

しかし、敵弾は容赦なく『陸奥』を襲い、あちこちで起こっていた火災はやがて一つの大きな火炎と

なり艦全体を包みこんだ。


そこを止めとばかりに『ルイジアナ』の12発の16インチ砲弾が落下してきた。

艦全体を水柱が覆い隠したが明らかに命中と思われる火柱は4本・・・

『陸奥』はガクリと前のめりになり急速に沈んでいった。

かつて『長門』と共に世界のビックセブンと呼ばれ、日本国民に最も愛された戦艦の最後であった。

角田は『長門』、『陸奥』沈没の報告に涙していた。

N弾発射の準備完了の報告にもただ頷くだけであった。



                          
   

 







 

鋼鉄の巨人たち

  111111111111111111                           

写真集

メール

鋼鉄の巨人たち
掲示板