日本艦隊の後備は旧式戦艦ながら海戦に参加している西村中将、第4戦隊の『伊勢』『日向』『山城』

『扶桑』である。


「敵艦隊、射程外に遠ざかります!」


西村の第4戦隊は米旧式艦隊と戦っていたが、米艦隊の新鋭艦が増速したため、米旧式戦艦群はついて

行けず射程外になってしまっていた。


報告を受けた西村中将は第4戦隊の砲火を新鋭艦の最後尾を走る『マサチューセッツ』に切り替えた。

サウスダコタ級の最後の一艦『マサチューセッツ』は『長門』と砲火を交えていたが、艦歴20年以

の『長門』と新鋭艦『マサチューセッツ』とでは、同じ40センチ砲であっても防御力に勝る米艦の

に軍配が上がっている。


命中精度、命中弾はほぼ同数、お互い十数発を与え続けて損害を与えてはいたが明らかに『長門』の

方が、たなびく黒煙が大きい。


西村は必然的に新鋭艦の最後尾に位置する『マサチューセッツ』にその全砲門を向けた。

「全艦、電探入力完了しました。いつでも撃てます!」

砲術長からの報告に「よし、撃ち方はじめ」西村は砲撃を命じた。

数秒の後、全砲門が『マサチューセッツ』に向かって放たれた。

4艦合計48門の36センチ砲がうなりを上げ、まさに『長門』に打ち勝とうとしていた『マサチュー

セッツ』に降り注いだ。

 

マサチューセッツ
アラバマ級戦艦
アーリー艦長の下長門を今一歩のところまで追い込んだが西村艦隊の参戦により大苦戦する。
長門
かつてはビックセブンと歌われたが艦歴25年以上は如何ともしがたく沈没寸前まで追い込まれた。
伊勢
西村艦隊旗艦
長門の救援に48門の36センチ砲をマサチューセッツに叩き込んだ。






『マサチューセッツ』艦長アーリー大佐は一瞬何が起こったのが状況を把握するのに時間を要した。


艦全体が海の中に引きずり込まれたのかと言わんばかりに海水の壁に視界を閉ざされてしまった。

「だから言わんこっちゃない、デスクワークばかりの素人司令長官じゃ、所詮指揮はできないんだ!」

アーリー艦長はあからさまにキンメルを批判した。

今回のように一見、正攻法に見える作戦でも、策がなければ非常事態に対処できない。

増速指示が出たとき、遅からずこうなることは、アーサー艦長は予測していた。

『マサチューセッツ』は『メリーランド』とともに『長門』を今一歩のところまで追い詰めていた。

しかし、増速によって『メリーランド』が落伍するも、単艦で『長門』を追い込み打ち勝とうとしている。

お互い相当数の命中弾を与え続け、自艦も16発の40センチ砲弾を喰らっていた。

各所で火災は発生してはいたものの、主要部、特に攻撃力の要になる各砲塔とレーダー施設は無事で全

力攻撃が可能である。


それに引き換え、『長門』は第2,4砲塔が使用不能になり、各所から火災が発生、広がっていた。

『長門』撃沈まであと少し・・・というところで新たなる戦艦4隻の集中砲撃を受けたのだ。

格下の36センチ砲艦といえ4対1、しかも砲撃力では48対9・・・このままでは蜂の巣になってし

まうだろう。


「『アラバマ』に協力を要請してみては?」幕僚の具申があったが前方を走る『アラバマ』は見たこと

もない程の水柱に挟叉されている。


それに加え、『コロラド』と渡り合っていたもう一隻の長門型戦艦が砲撃に加わったようだ。

(援護射撃どころではあるまい・・・)

アーリー艦長は頭を振り、「目標、伊勢型戦艦!攻撃せよ!」と告げた。

その間にも常に水柱が周囲をさえぎり、目標とした艦を視認することが出来ない。

そのうちに、明らかに命中弾と思われる衝撃を、斉射を受ける度に5度6度と見舞われるようになった。

暗然とした気持ちの中、アーリー艦長はキンメルへの恨みとわが身の悲劇に、半ばやけ気味に檄を飛ば

す以外にすべきことはなかった。

 


その頃『大和』艦上では、各艦からの情報収集に指令部員は一喜一憂していた。


「ワレ『武蔵』、敵2番艦に10発命中、至る所から火災発生中、第二砲塔沈黙、我が方の被害、5発

被弾するも損害軽微なり」


「ワレ『信濃』、敵3番艦に12発命中、第二.三砲塔破壊、後部炎上中、落伍します。我が方の損害

、第3砲塔損傷使用不能なりとも、意気軒昂なり。引き続き攻撃続行せんとす」


大和型は“自艦のもつ攻撃力を決戦距離からでも耐えられる装甲”を有している。

対46センチ砲に耐えられる装甲は、長砲身といえども16インチ(40センチ砲に相当)の攻撃を辛

くも防ぎきった。


もともと一艦で3艦を相手に出来するという思想で建造された艦である、新鋭といえども一艦で立ち向

かうには、荷が重すぎたのだ。


キンメルの奢りは、とんでもないしっぺ返しとなって帰ってきていた。

『大和』対『ミズーリー』の戦いも形勢がはっきりしてきた。

『大和』もすでに8発の16インチ砲弾を喰らい右舷側は相当なダメージを受けていたが、主要区画は

ことごとくその装甲によってはじき返されていた。


後部艦橋に命中した一弾により、半壊させられたが火災はすでに鎮火し、機械的な精度とリズムで46

センチ砲弾を『ミズーリー』に叩き込んでいる。


「只今の砲撃、2発命中!」

艦橋内は有利に働く戦況に、活気がみなぎっていた。

「敵艦、傾いています!一番艦浸水の模様!」

「今一歩だ。確実に撃沈しよう」

古賀は敵艦上にいるであろうキンメル提督を完全に葬るまで射撃を続ける覚悟でいた。

 



キンメルは絶えず地震のように揺れ動く艦内で、呆然と立ち尽くしていた。

その後ろでは、ミズーリー艦長が大声で、絶えず変化する戦況に対応すべく命令を出し続けている。

水兵も自分の使命を全うするために懸命に仕事をこなしている。

ただひとり、キンメル提督だけは時間が止まったかのごとく口をあんぐり開け『大和』を睨みつけてい

た。


大きな衝撃が艦内を襲い、艦橋にいた指令部員が壁に床にと叩きつけらた。

「第一煙突に直撃弾!」

「第二砲塔損傷、使用不能!」

『ミズーリー』は確実にその戦力を奪われている。

「2番艦『アイオワ』火災中、鎮火の見込みなし。第2砲塔を損傷、機関室浸水、速力が20ノットに落

ちました。3番艦『ニュージャージー』戦闘能力喪失、浸水により15度斜、戦列より脱落します!」


「長官!我が一戦隊は被害甚大です。後退を進言いたします」

参謀長は自軍の崩壊をなんとしてでも食い止めようと、撤退を提案したのだ。

「・・・・」

「長官、大丈夫ですか?」

「・・・パイ提督を呼び出してくれたまえ・・・」

「ハッ?パイ提督はすでにノースカロライナと共に戦死されましたが・・・」

「・・・そうだったな・・・私としたことが・・・『インディアナ』のライト提督を・・・」

「『インディアナ』は先ほどから連絡が取れません。通信設備の損傷かもしれません」

気力を失いかけていたキンメルであったが、急に思い出したかとでも言うように

マッケィンは何をしている!なぜ海戦に参加しないのだ!せっかく目をかけていてやったのになんてい

う無様なやつだ!裏切り者めが!」


突然の怒りに幕僚全員が唖然としたのだが、ついに頭が狂われた・・・参謀長はそう判断した。

マッケィンの第2戦艦群が追従できなくなったのは、まさにキンメルの増速命令のためであったではな

いか!


参謀長は事態収拾のため意を決っしてキンメルに決定的な具申を言おうと襟をただした、まさにその瞬

間、艦橋至近に『大和』の砲弾が命中した。


爆風と衝撃が司令塔を襲い艦橋内のすべての人員がなぎ倒された。

窓ガラスはすべて吹き飛び、しばらく爆煙があたりを覆いつくす。破壊された機器があたりに散らばり

火災も発生している。



どのくらい気を失っていたのだろうか・・・

キンメルはよろよろと立ち上がった。

耳が聞こえない・・・まったく音のない世界は夢を見ているような錯覚にとらわれたがぬるりと何かが

手に触れた感触が現実の世界であることを知らしめた。


急に横腹に激痛が走る。

長さ15センチはあろうかという金属片が突き刺さっていた。

背後には参謀長が横たわり、すでに息絶えていた。

ぬるりとした感触は参謀長の臓器の一部だったらしい・・・

うつろな目で見渡してみる・・・どうやら起き上がったのは私一人らしい・・・

キンメルは異常な孤独感に締め付けられた。

艦橋内は血の海となり艦の揺れに応じて、右に左にと流れている。

キンメルの純白の第一種軍装はぼろ雑巾のようにボロボロになり煤と血で塗りたくられている。

参謀長が、衝撃の直前、襟をただして言わんとしたこと・・・キンメルには分かったような気がした。

しかしすべては遅すぎたのだ・・・もうどうすることも出来ない状態に陥ってしまったのは明白だった



キンメルは最後の義務を果たさなければならないと思った。

よろよろと艦内電話に近づくと、総員退艦命令を出した。

そして『大和』に向き合うとグィッと睨みつけ、第2戦艦群マッケィンに指揮権委譲と部隊を引き上げ

させる命令を出そうとした瞬間、最後の悲劇がやってきた。


(私はまだ、指揮権委譲を行なっていない!)

最後の意識がそう叫んでした。

突然意識が暗転する寸前、『大和』艦橋に炎が上がったように思えた。

しかしその結果は永遠に確かめることは出来なかった。

 



『大和』艦上からはすでに喫水を下げ、前部より崩れるように沈み行く『ミズーリー』の姿が見て取れ

た。


『大和』の斉射ごとに2〜3発が命中し、すでに20発近くを叩き込んでいる。

すでに傾斜のせいか、『ミズーリー』の命中精度は著しく落ち、射撃を続けている第3砲塔の砲弾はあ

らぬ方向に落下している。


前甲板は波に洗われ、もはや沈没は確実である。

「よし、あと一斉射で止めをさそう・・・」

古賀提督はそう宣言した。

勝利を確信した瞬間だった。

しかし最後の斉射を、そして『ミズーリー』撃沈の栄誉を古賀始め、司令部要員が味わうことはなかっ

た・・・。


『ミズーリー』が最後に放った16インチ砲弾はまったくの偶然で、よりによって

『大和』の艦橋を粉砕したのだ。

「『大和』被弾!艦隊司令部全滅!」

『大和』の後ろを走る『武蔵』艦長猪口大佐は報告を聞いて愕然とした。

隊内電話をかけても不通でまったく連絡が取れず、いよいよ指令部全滅を認識した猪口は、

すぐさま次席指揮官の第二戦隊司令官角田覚治に報告した。

角田は猛禽類を思わせる細い目をめいいっぱい広げて、島田権道を見やった。

「司令官、すぐに部隊の掌握を宣言しましょう。一時の猶予が敵を取り逃がしてしまうことになります

。残存艦艇を徹底的に叩き殲滅するのです。米軍の第2旧式戦艦群も艦隊を反転させ、止めを刺しまし

ょう。今は艦隊司令部が消滅したことなど考える暇もないほど攻め立てるのが良作と考えます!」


(なんていう恐ろしい男だ・・・)

角田は心の中で戦慄した。

皆が狼狽しているこのときを逆に利用して、戦果の拡大を図っている・・・

(よし、ならばこの男のいうとおりやってみようじゃないか)

角田はすぐさま決断し、「われ第2戦隊、角田。只今より艦隊の指揮を掌握す。全艦、敵艦の掃討にか

かると共に、敵第2艦隊撃滅のため反転する。敵戦艦は一隻も残すな!最後の一隻まで殲滅せよ。


反転後は『紀伊』を先頭に進撃せんとす」

 


敵戦艦『インディアナ』はライト提督の下、『アラバマ』と共に戦艦『紀伊』を攻め立てていた。

もしこのまま戦いが推移していれば、重防御とはいえジャブの大量連打で、50センチ砲搭載の日本新

鋭戦艦を撃沈する栄誉を授かったことだろう。


しかし『ノースカロライナ』『ワシントン』を葬った戦艦『尾張』が戦いに加わり、10発以上の50

センチ砲弾を喰らってしまった。


すでに上部構造物はあらかた破壊され、その特徴的な尖塔を思わせる艦橋も、一体式の煙突も消滅して

いた。


ライト提督もすでにあの世に旅立ってしまったことだろう・・・

命令をするものもなく、ただひたすら前進をしているが、5ノットまで低下していた。

前部が沈下して水蒸気が吹き上がっているところを見ると、沈没は免れないだろう。

戦艦『アラバマ』は初戦こそは『紀伊』から撃たれることなく一方的に砲弾を送り込んでいたが、『紀

伊』の全砲門が、そして長門級の40センチ砲弾が降り注いでくると、形勢はにわかに不利となり、命

中弾により至る所に火災を発生させていた。


今また、『紀伊』の50センチ砲弾が命中すると一瞬船体が持ち上がって見えた。

そして、第3砲塔のあったところから火山の大噴火を思わせるような大爆発が起こり、船体がクの字に

折れ曲がった。


『紀伊』艦長の宮本大佐はその瞬間、自艦を守り通した安堵感と勝利をもぎ取った高揚感で目頭が熱く

なるのを感じた。


「良くぞ耐え抜いてくれた・・・紀伊よ・・・」

実際『紀伊』は大和型の新型艦の中では最も被害を被っていた。

重防御を誇る砲塔であったが2艦から浴びせられる幾たびの命中弾で、パーペットは歪み防御版も波打っ

て、もう一撃には耐えられなかったかもしれない。


もし砲塔の装甲を破られれば、『アラバマ』のように弾薬庫に引火、自らの砲弾で沈没の憂き目を見て

いたかも知れなかったのだ。


都合36発の命中弾を受けながら『紀伊』は生き残った。

そして最後の一弾で、強敵『アラバマ』を葬り去ったのである。

 



「司令官、『紀伊』は相当のダメージを受けております。敵にはまだ16インチ砲戦艦が残っておりま

す。掃討戦にて、不覚を取っては元も子もありません。『紀伊』は離脱させたほうがよろしいのでは・

・・」


権道は『紀伊』の惨状を思って具申してみた。

「それと・・・『大和』でありますが、命令系統損壊のときの応急措置、『管制射撃』を試みてはいか

がでしょうか?旧式艦といえ、米軍にはまだ7隻の戦艦があります。一隻でも多くの戦力があったほう

が得策と思います。最後尾になる『大和』の『管制射撃』を『武蔵』に取らせましょう」


「・・・よし、そうしよう。幸い『大和』の艦橋に命中した砲弾は貫通して被害は最小限にとどまって

いると聞く。『管制射撃』を実践で試すのは初めてだが、猪口君ならやってくれるだろう・・・」角田

は権道の具申を取り入れ、戦闘隊形を組みかえることにした。


艦隊は今だ『マサチューセッツ』を追い詰めている第4戦隊と損傷著しい『紀伊』と『長門』を離脱し

、重雷装艦北上を引き連れて反転、マッケィン率いる米第2戦艦群に向け新たな進撃を開始した。

 





一方日本艦隊に肉薄すべく米巡洋艦部隊は日本艦隊に向け突撃を開始したが、それを予期していた日本

巡洋艦部隊との間に激しい砲撃戦を繰り広げていた。


「打ち合わせ通りとはいえ、不本意な戦いよ」巡洋艦部隊を預かる南雲中将は軽く舌打ちした。

作戦では突撃してくる巡洋艦部隊を迎え撃ち、あくまでも専守に徹することになっている。

艦隊司令官としては戦艦を相手に必殺の魚雷をお見舞いしたいところだ。

しかし今回はあくまでも敵に魚雷を撃たせないように包囲殲滅することを言明されている。

南雲は不服ながらも敵の陣容を見てすばやく気持ちを入れ替えていた。

重巡洋艦12隻、装甲巡6隻、軽巡6隻、駆逐艦35隻・・・これが、南雲が率いる全戦力である。

対するスプルーアンス提督率いる巡洋艦部隊は重巡洋艦21隻、軽巡23隻、駆逐艦48隻、拮抗して

いるとはいえ、敵戦力のほうが上回っている。


仮に敵戦艦に半数を攻撃にまわしてしまえば、戦線にほころびができ、こちらの戦艦群にも肉薄を許し

てしまうだろう。


日本艦隊には戦艦を守る部隊は付いていない。

ひとたび駆逐艦にでも雷撃されれば、戦艦といえども大損害は免れない。

それが分かるからこそ南雲は気持ちをすっかり専守に切り替えられたのかもしれない。

「敵は3段に分かれて突入してきます。第一の隊、第二の隊の先頭は重巡!後方に駆逐艦、第3の隊は

軽巡と駆逐艦!」


南雲は敵を包むように鶴翼の陣をとっていた。

「距離一万にて魚雷を撃つ!敵艦隊の陣形が崩れ次第、全艦突入する」

南雲は全艦に命令を伝達した。

「敵艦隊、距離1万!」

「よし、魚雷発射!」南雲は全艦隊に号令した。

魚雷発射の瞬間は南雲の所からは見えなかったが、ほぼ単縦陣に並ぶ艦隊から必殺の酸素魚雷が発射さ

れたことだろう。


重巡一艦あたり8本、軽巡1艦あたり6本、駆逐艦は9本を一斉発射したのである。

実に400本に上る魚雷が1万メートル彼方の米艦隊に向けて疾走していった。

3分あまりが過ぎた頃「時間!」と、命中までの予想時間を計っていた士官が時間を告げた。

敵艦隊のあちらこちらで命中の水柱が上がっている。

指令部員の中には万歳を叫ぶものもいたが、南雲はきつくたしなめた。

「戦いはこれからだ!全艦砲撃開始!突撃せよ!」

南雲はあらかじめ、数の上で劣勢の場合、先制の魚雷攻撃をかけ陣形が乱れたところに全艦で肉薄攻撃

をかけようと決めていたのだ。

 

ファーゴ
クリーブランド級最終型
スプルーアンスの旗艦
摩耶
南雲長官座上の巡洋艦隊旗艦




米巡洋艦部隊を率いるスプルーアンスは部隊を3群に分け、敵戦艦に肉薄を試みていた。


「日本艦隊の陣容をどう思う?」

問われた参謀長も困惑の表情で「やつらは守りに徹するのではないでしょうか・・・横一線で我々を包

み込むような陣形です。」


スプルーアンスが作戦を練りかねていると、突然艦隊の数隻から水柱が上かり始めた。

「魚雷攻撃!」

「しまった!こんな遠距離から雷撃を行なうとは!」

雷跡のまったく見えない魚雷・・・日本海軍の秘密兵器の一つに酸素魚雷がある。

従来の魚雷が白い雷跡を引くため発見されやすいのに比べ、酸素魚雷は酸素を燃焼して進むため雷跡が

ほとんど見えず発見されにくい。


しかも最大54ノット、最長4万メートルの射程、1,5倍の炸薬量を有する。

他国の魚雷とは段違いの性能を誇った。


あちらこちらで水柱が上がっている。

各艦、極めて視認が難しいため回避するのに大きく陣形を崩してしまっている

ある艦は面舵に円をかき、またある艦は魚雷に並走され隊列を離れる。

あわや衝突しそうな艦もあるが、駆逐艦なら一発で戦闘不能になってしまう。

すでに突撃どころではなくなっていた

「『シカゴ』被雷!『ヒューストン』航行不能!」

「『ソルトレークシティ』、『ニューオリンズ』に2本命中!落伍します!」

「『ヴィンセンス』『クインシー』沈没します!」

「なんということだ!状況を報告せよ!」

旗艦『ファーゴ』座上のスプルーアンスはまだ戦いが始まる前に大損害を被ったことに、何とか平静さ

を保とうと躍起になっていた。


「報告します。被害は第2群が最も多く、重巡2隻沈没大破1、軽巡1沈没大破2、駆逐艦は5隻が被

雷しました。 第3群は重巡、軽巡1隻づつが沈没、軽巡3隻が落伍します。


駆逐艦の被害は多く7隻が戦闘不能です。 我が第一群は駆逐艦3隻が被雷しました。」

「陣形が崩れている。各隊に早急に態勢を整えるよう指示を出してくれ」

スプルーアンスはまだ退勢を挽回できると思っている。

数の上で、多少劣勢に立たされたが、日本艦隊には重巡が少ない。

砲力ではまだ十分勝算があると見積もっていた。

とにかく崩れた態勢を整えなくては・・・スプルーアンスは平静を取り戻していた。

「日本艦隊、砲撃開始!進路変更、複横陣で突入してきます!」

「なに!海の白兵戦をやろうというのか!駆逐艦隊に連絡、魚雷発射!敵を近づかせるな!」

しかし実際に魚雷を発射できた駆逐艦はあまりいなかった。

回避運動に追われて、それどころではなかったのである。

しかし最大のミスは、見方艦を少しでも覆い隠そうと戦隊規模の独断で煙幕を張る駆逐艦がいたことで

ある。


しかしこの行為は、混乱の中で味方の視界をも遮ってしまった。

そしてそこに日本艦隊が踊りこんできたのである。

 


「左前方3000!敵巡洋艦!撃て!」

「電探に感!さらに後方に巡洋艦!」

装甲巡『利根』は前方に配置した3連装4基12門の15,5センチ砲を爆煙の中から突如現れた敵巡

洋艦に撃ち放った。


ほぼ水平に放たれた砲弾は敵艦を満遍なく痛打する。

『利根』の後方にいる2番艦『筑摩』も同目標に打ち込んだため、数秒送れて敵巡洋艦にさらに多数の

命中弾炸裂の閃光が走る。


敵巡洋艦は瞬く間に炎に包まれた。

しかし突然『利根』にも衝撃が走る。

敵2番艦が仇をとるかのように打ち返してきたのだ。

艦橋にいたものは皆、床に壁に転がったがぐずぐずはしていられない。

すぐ持ち場に着くと自分のやるべき使命をはたす。

「2番砲塔損傷!第3高角砲破損!艦首より火災発生!」

「応急斑、艦首に急げ!」

「目標敵2番艦、打て!」

「新たなる敵、右舷前方!駆逐艦の模様」

『利根』、『筑摩』と駆逐艦1個小隊を率い装甲巡指揮官栗田健夫中将は、前方に次々と現れる敵に対

して果敢に挑んでした。


勝っているのか、押されているのか分からない。

ただ自分たちの前に立ちはだかる敵を本能的に倒すのみ。

日米の巡洋艦艦隊は近距離において中世の海戦さながらに近距離から打ち合っていた。

ただ生き残るため・・・すべての兵員が本能のなすがままに戦っていた。

装甲巡『白根』『鞍馬』『伊吹』『高千穂』を束ねる大森仙太郎少将は爆煙の外側で砲口を敵艦に向け

ていた。


後続に4隻の夕雲型駆逐艦を従えている。

「9時の方向に艦影発見、巡洋艦です!距離3000!」

「全門9時方向、射撃用意!」

電探で捕らえた目標に向かって照準を合わせる。

電探での測的では敵味方の区別が付かない。

依然、目標は爆煙の中でどちらだか分からないが、照準はしっかり合わせていた。

10秒後・・・「目標敵巡洋艦!アストリア級!」

「よし、撃て!」大森少将は全艦で目標に向けて砲門を開いた。

一艦につき18門の15.5センチ砲弾、合計72弾がアストリア級『サンフランシスコ』に突き刺さっ

た。


ほぼ水平に発射された砲弾は約半数が命中弾となった。

構造物は穴だらけになり倒壊している。

至る所で火炎が噴射してぼろ雑巾のような姿に変わり果てる。

『サンフランシスコ』の乗員は何が起こったかわからぬまま、火炎地獄に身を置く羽目になった。

すでに同じ手で2隻の巡洋艦と3隻の駆逐艦を葬り去っている。

二度の斉射で息の根を止めると次の目標に照準をあわせる。

今度は敵艦とおぼしき艦より爆煙の彼方から打ち込まれる。

「10時方向巡洋艦二、距離4500!」

水柱の大きさから6インチ砲と判断した大森は米軽巡クリーブランド級と判断、電探にて管制された全

砲門を黒煙に向かって打ち込んだ。


同じ口径の利根型の可能性もあった・・・しかし撃たれたら打ち返す、敵味方の区別を問い合わせて

る暇はないのだ。


一秒でも早く敵を捕らえ砲撃をする。

各指揮官に与えられた任務は、ただそれだけであった。

 

ブルックリン
米巡洋艦   15,5センチ砲15門
鳥海
日本巡洋艦  20センチ砲10門

軽巡『ブルックリン』座上のカーター少将はレーダーでこちらに反航してくる巡洋艦の姿を確認した。

その距離1000メートル。


カーターの下には同じブルックリン級の軽巡3隻が後続するはずだが、相次ぐ魚雷攻撃に完全にはぐれ

てしまった。


無線も交錯し僚艦を呼び出せない。

単艦で、同じく迷子になった駆逐艦一隻を従え爆煙の中を彷徨っていた。

「砲撃準備!目標前方の艦影!」

さらに距離がつまりお互いの艦形がはっきりしてくると「目標チョウカイ級重巡!距離600!」年若

い見張り員の声はほとんど泣き声に近かった。


「ファイヤー!」カーターはとっさに命令を下し、砲術員が待っていましたとばかり引き金を引く。

15門の6インチ(15.5センチ)砲が火を吹く。

『鳥海』もこちらに向けて全門発射している。

ほぼ水平に、目視でも外れることのない距離である。

命中弾の破壊音、乗員の絶叫と引き裂かれる血しぶき、そして主砲の発射音・・・

阿鼻叫喚が渦巻く中、お互いにすれ違い彼方に去るまで『ブルックリン』は3度、『鳥海』は2度の斉射

を放った。


ほとんど両艦火達磨となり、上部構造物は跡形もなく吹く飛んでしまっている。

5基ある主砲塔もすべて粉砕され、戦闘能力は完全に消失している。

もちろんカーター少将の生存はあり得ない。

『ブルックリン』は再び黒煙の彼方に姿を消したが、一応勝利をもぎ取ったといえるかもしれない。

後続の駆逐艦は大航海時代さながらの砲撃戦に、その当時に無かった魚雷を放ったのだ。

4本の魚雷は続けざまに松明と化した『鳥海』に突き刺さり水柱を上げた。

駆逐艦艦長は黒煙に隠れる間際に『鳥海』が崩れるように波間に倒れこむ姿を見た。

そして大海を揺るがす大爆発音を聞いた。

「敵巡洋艦一隻撃沈!」駆逐艦艦長は伝声管に向かって高らかに宣言した。

艦内に歓声が響き渡っていた。

 


田中頼三少将率いる第一水雷戦隊は旗艦酒匂と、島風型で構成された最新鋭水雷戦隊である。


中でも島風型の駆逐艦は40ノットの速力を誇り、5連装3基、合計15本の魚雷を発射できる重駆逐

艦である。


彼らはまだ魚雷を発射していない。

田中は敵艦隊の中に戦隊を率い突入した。

「2時方向より敵駆逐艦接近!」

「砲撃を加えつつ離脱する。我々の目標は敵巡洋艦だ」

報告を受けるが田中は、駆逐艦を相手取らずさらに敵陣奥深くに分け入っていく。

「電探に感!1時方向に巡洋艦4、距離2500!」

「よし、全艦最大艦速!魚雷戦用意」

田中は敵艦の動きに合わせて面舵に舵を切った。

米巡洋艦もレーダーで肉薄する駆逐艦群を見つけ、砲撃を加えてくる。

まだ肉眼で確認できないため、命中率はそれほど良くない。

田中はさらに肉薄する。

距離700、ほとんどぶつかるのではないかという距離で巡洋艦隊側面に躍り出た。

「魚雷発射!緊急離脱!」

次々に放たれた魚雷は合計68本、敵巡洋艦に吸い込まれていく。

しかし米軍も黙って撃たれているわけには行かない。

全砲門を俯角にかけ、田中座上の『酒匂』に、『島風』に砲撃を集中してきた。

『酒匂』は一時に6発の8インチ(20センチ)砲弾を喰らい高角砲が吹き飛び、後楼をなぎ倒される



艦の構造物を破壊され、炎に包まれつつも全速にて戦場から離脱する。

「『島風』『村風』が落伍します!」

『酒匂』に後続していた2艦が多数の8インチ砲弾を喰らい、つんのめるように停止している。

「二艦には申し訳ないことをしたが、助けてやるわけにはいかん・・・何とか生き延びてくれ・・・

田中は祈る思いで落伍していく駆逐艦を見送った。


「消火活動を急げ!砲一門でも残っている限り戦うぞ!」

田中はすでに新たな敵に闘志を向けている。

後方で爆発音が響く。

魚雷命中の爆発音とそれを上回る轟音、魚雷命中で轟沈した巡洋艦がいたのかもしれない。

しかし戦果を確認することなく田中頼三は新たなる戦いに身を投じた。


酒匂
田中頼三少将座上   島風型最強水雷戦隊を率いる
島風型
40ノットの最高速度と15射線の雷撃力を有する


巡洋艦部隊司令長官南雲は、旗艦『摩耶』艦上で情報収集に躍起になっていた。

劣勢を補うため、酸素魚雷による先制攻撃、ついで米艦隊の混乱に乗じて全艦に突撃を命じ、白兵戦さ

ながらの乱戦となっている。


しかし、戦場全体を包む爆煙のため視界が利かず、電探も敵味方の識別が出来ない。

通信機器も完全に混線してしまって、戦いの帰趨を把握し切れないでいた。

南雲自身も眼前に現れる敵に対して砲撃を加えているため、全体の指揮を掌握するどころではなかった

だろう。


今また目の前に現れた駆逐艦に一連射を加えたが戦果を確認できぬまままた黒煙の中に迷い込んだ。

彼に付き従うのは最上型の4隻、どの艦も敵との交戦に加え僚艦を見失わないように航行しなくてはい

けないため、異常な緊張感が支配していた。


「左舷、敵巡洋艦!距離5000、敵主力の模様!」

南雲はカッと目を見開いた。

マストには将旗がはためいている。

「相手に不足はない!目標敵旗艦!撃ち方始め!」

轟音と共に全砲門を開く。

一斉射撃は巡洋艦の20センチ砲といえど大変な轟音と衝撃である。

しかし南雲にとっては敵主力と合間見える快い轟音に聞こえた。

 




スプルーアンスも旗艦『ファーゴ』艦上で日本艦隊旗艦と対峙したのに気が付いた。

「全砲門ファイヤ!」お互いに20センチ砲を打ち合う。

水柱が艦を包み込み、1万トンの船体を木の葉のように揺らす。

しかし明らかに命中の衝撃を2回感じ、スプルーアンスはじめ指令部員が床に叩きつけられた。

敵艦上にも命中の閃光があがるのが見える。

「まずいな・・・完全に消耗戦に突入している。初戦の魚雷攻撃で少なからずの戦闘艦が離脱ないし

没しているのが響いている。このままでは相打ちになってしまうぞ・・・」


スプルーアンスは連絡のつく駆逐戦隊がいないか通信参謀に尋ねた。

「アーレイ・バーグ提督の第32駆逐隊が通信可能です」

「よし、バーグを呼び出してくれ」

しばらくして、通信員が、回線がオープンになったことを告げに来た。

「君の隊の損害はどうか?」

「はい、指揮下の15隻中3隻が沈没、4隻が落伍しましたが残り8隻は戦闘可能です」

「よし・・・・」

スプルーアンスはバーグに秘策を託した。

バーグは戦隊を率い、再び爆煙の中に身を躍らしていった



                            
   











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