最後の審判

 


11月15日、ロンドンはうす曇ではあったが妙に暖かい晩秋の日を迎えていた。


バッキンガム宮殿の前には多くの民衆が集まり、パレードの列がどこまでも続いていた。

軍楽隊が勇壮に音楽を奏でる中、各国から参集した要人が見守る前を最新鋭戦車や将兵が足並みをそ

ろえて通過していく。


ドイツの正規軍、親衛隊が通過した後、イタリア、フランス、イギリス、ソヴィエトの軍隊が続く。

ロンドンっ子たちは沿道に立ち並び紙吹雪をもってそれを迎え称えた。

イギリス首相にはドイツとの宥和政策で名を馳せたネヴィル・チェンバレンが帰り咲いていた。

武力より調和を・・

ヨーロッパ最後の敵であったイギリスは、ドイツの隷属国家ではなく同盟国としての地位を確保した

のである。


ヒトラーも最大の強敵アメリカ打倒のため、あえてそれを承認したのだ。

ヨーロッパからは一部の地域を除いて銃火の響きは消えた。

ドイツ主導とはいえ、欧州は安定期を迎えていたのだ。

人々も戦いより調和を望み、チェンバレン政権は大いに支持され、市民にも笑顔が戻ってきていた。

本日の祝賀パレードは、そんな欧州の平和をかみ締める市民でごった返していたのである。

ヒトラーは特別に設けられた演台に上がり演説にうつった。

両脇には各国の要人が立ち並び、広場には何十万という人間が集まりその演説に陶酔している。

「我々は、ついに一つの統一した連合となった。この勢力はヨーロッパのみならず遠くアジアまでに

も及び、アメリカなど大きく凌駕していることだろう。人類を主導するのはヨーロッパの民でなけれ

ばならない。そう、われわれなのだ。アメリカごときに大きな顔をさせてはいけない。今こそ力を合

わせてやつらを打倒するのだ!時は満ちた!やつらを倒してこそ、本当の平和が訪れるのだ!」


ヒトラーの演説は最高潮に達した。

歓声と祝砲が辺りを包み、喝采がロンドン中に響き渡った頃、はるか上空を一機の大型機がシルエッ

トのように浮かび上がった。


うす曇の中でもそれとわかるほどの大型機である。

歓声に沸く市民でもそのシルエットに気がついたものもいる。

もちろん、ドイツの対空レーダーがこれを見逃したわけではない。

この大型機がロンドン上空にたった一機で進入してきたことで、偵察行動であると判断したこと・・

・それならばアメリカへの示威行為となる。


事前に連絡を受けていたヒトラーはそう判断した。

しかしこれが攻撃なら・・・

ヒトラーの特設演台は対爆弾攻撃にも耐えられるシェルターの役割も持っている。

彼は、万が一爆弾攻撃を喰らったとしてもいち早くそこに避難することができる。

そしてその一撃が引き起こす惨劇こそ、ヒトラーが望んでいるものなのである。

冷徹な男であった・・・多くの犠牲こそが民衆を戦争に掻き立てる原動力であることを彼が一番理解

していたのだ。


望遠鏡で覗いていた士官が、爆弾らしきものを投下したのを見た。

ウーンウーン・・・・どこか間の抜けた空襲サイレンがあたりに響いた。

民衆は一斉に上空に眼をやり右往左往し始めた。

ただ落ちてくる爆弾が一つとみて逃げるのをやめ上空を見上げるだけのものもいる。

「総統、この位置からですと爆弾は外れるでしょう。一応シェルターにお入りになって・・・」

宣伝省ゲッペルスの薦めに、ヒトラーは笑いが止まらなかった。

「外れるならこのままでよい。ここから新たな戦争の始まりを見るのだ。多くの犠牲が私の世界征服

を実現させる・・・こんな素晴らしい祝賀会はない・・・」


取り付かれたような目で、民衆が逃げまどう姿を見ているヒトラーこそ悪魔そのものだ。

ゲッペルスは思わず後ずさりした。

しかしヒトラーは誤算をしていた。

これが通常の爆弾ではなく原子爆弾であったことを・・・

そしてこの誤算が取り返しのつかないものであることを・・・

午前11時58分15秒・・・

バッキンガム宮殿から数百メートル離れたビックベン上空で炸裂した原子爆弾は、閃光と共に巨大な

火球に変わり、一気に弾けた。


ヒトラーの目に最後の光景がどのように映ったか、もう知る由もない。

火球は熱線の爆風を伴い、ロンドンの街、民衆、歴史、芸術・・・すべてを飲み込んで焼き尽くした



上空には巨大なきのこ雲が上がり、後には灰燼に帰したかつて『ロンドン』と呼ばれた大地が残るの

みであった。


それから10分後の12時10分ごろ、第2の火球がイングランドのポーツマス軍港で弾けた。

対米戦に向けてドイツ、イギリスはじめ、各国の主力戦艦、空母などが湾内で錨を下ろしている。

やはりヒトラーの思惑で攻撃を控えていたため、原子爆弾は軍港内の巡洋艦『プリンツオイゲン』上

空で爆発し、多くの艦艇が沈没あるいは損傷したのだ。


火の海となった湾内はまさに地獄絵そのものであったという。

しかし原子爆弾は思わぬ副産物も撒き散らしていった。

放射能である。

ロンドンの街、ポーツマスの海はその後何年も放射能が残留し、多くの犠牲者を出し続けることにな

る。

 

B-29
長大な航続力をいかして原子爆弾を各地に投下した

震電
エンテ翼を採用した日本の迎撃戦闘機



時を同じくしてオホーツク海でも一つの事件が勃発している。


アリューシャン列島の基地から飛び立ったと思われるB29があった。

すぐさま新型迎撃機『震電』が緊急発進してこれの撃墜に成功した。

しかしその後網走の港に大量の魚が死んで浜に打ち上げられたのである。

調査の結果、放射能に汚染されていたことによるものとの報告を得ている。

戦後米国は攻撃の失敗を秘匿するため、事実無根と否定しているが、英国における原子爆弾の使用は

隠しようもなく、あの時のB29は原子爆弾を搭載し、どこかしらの日本の都市を狙っていたのでは

ないかと言われている。


『ロンドンに悪魔降臨!一瞬で焼け野原に!』

『大量破壊兵器 原子爆弾投下される・・ロンドン壊滅!』

『ヒトラー総統死亡!欧州連合消滅!』

『悪魔のごとき米国、手段を選ばぬ大量虐殺』

翌日の新聞は大々的に原子爆弾とそれを使用したアメリカを非難するものとなった。

 

「やはり噂は本当になってしまった。まさか欧州連合の祝賀会を狙うとは!」

「各国の首脳も一瞬にして消滅したらしい。死者は20万人以上だって言うじゃないか!」

「勝つためなら何をやってもいいというのか・・・米国は悪魔に魂を売り渡したのか・・・」

連合艦隊司令部でもここまでやる米国に怒りをあらわにするものが多い。

もう一度奴らを叩きのめそうと言い張る若手将校もいたが、山本五十六連合艦隊司令長官はかぶりを

振り、落ち着いた声で皆を制した。


「諸君、原子爆弾が現実に存在し、その脅威を知ったからには戦争そのものの意味すらも一変してし

まったといえるだろう。戦争とは自国民の生命と財産を、犠牲を払ってでも守るという大儀がある。

民族の殲滅、それを一方的に行なえる国家との戦い・・・もはやこれは戦争ではない。ただの殺戮意

外に何もない。」


「ではどうしろと・・・」

「東條首相が消息不明のため、米内光政閣下を首班とする内閣が誕生する。そして停戦と講和へ動き

だしている。彼らの働きに任せるしかない」


そのとき情報部長高田利種中将が一枚の紙を持って入室してきた。

「只今米国から正式攻撃声明が入った。今から読み上げる・・・『1945年11月15日、人類を

恐怖のそこに陥れて扇動したドイツヒトラー総統に審判を下すため、米大統領トルーマンは欧州連合

結成式に出席中のヒトラー総統を攻撃せり。あわせてヒトラーに心を奪われ我が同胞ヨーロッパの民

を苦しめている傀儡政権首脳も同罪として審判を下した。


これによりヨーロッパは開放され再び平和が訪れるだろう。今攻撃に使用された爆弾は原子爆弾。ロ

ンドンに投下せるは「リトルボーイ」ポーツマスには「ファットマン」・・・


なお我が合衆国は十発以上の原子爆弾をすでに保有せり。長距離爆撃機B29により世界のどこにで

も、神の審判を下す準備を整えている。原子爆弾は人類に平和をもたらすであろう・・・』今回はバ

ミューダ諸島ならびにアイルランドの航空基地を使用して長躯行なわれた模様です。網走沖にてもB

29の撃墜を確認しております。あるいはわが国にも間の手を伸ばしてきた可能性があると思われま

す」


「何という身勝手な国なのだ!」

一同わなわなと肩を震わせ怒りがこみ上げてくるのをこらえ切れなかった。

山本長官の目が次郎に止まった。

その目は日本本土を原爆攻撃から守ってくれと訴えていた。

 



停戦

 

米国はヨーロッパ各国と停戦協定を結んだ。

遅れてドイツ、ソヴィエトにも大幅な譲歩を約束して一応矛を収めるよう説得、停戦にこぎつけた。

もちろん日本に向けても、何を思ったか降伏を勧告してきたが米内首相の粘り強い交渉の結果、ほぼ

形だけとなった『降伏』を受け入れた。


これは国家の本来の目的である『自国民の生命と財産を守る』という条件を十分満たすものであり、

勝った負けたにこだわることのない『大人の交渉』として、後世おおいに賞賛されることになる。


米国は半ば強引に『自らが主張した平和』を各国に了承させたことにより世界の主権はわが国にあり

とでも言うように高らかに『勝利宣言』をした。


もちろん各国がこれを黙殺したのも当然のことなのだが・・・

1946年2月11日、世界は第2次世界大戦の終了に沸きかえった。

何年にも及んだ世界大戦が終了したのである。

くしくも米国の主張した『原子爆弾は平和の使者』が現実化したのは皮肉なものである。

 



夜明け

 


30年後の1976年・・・・


一度は解体された欧州同盟ではあるが、この年ドイツを中心にしてヨーロッパ統一経済圏EUが発足

する。


これにより、より競争力のある経済圏が誕生することになる。


しかしこのEUには英国は参加を表明していない。


理由はドイツの支配下に置かれたため、唯一の被爆国となった劣等感・・・

そして盟友と思っていた米国からの致命的な裏切り・・・

原子爆弾は平和をももたらしたが、被爆した英国民には深い怨嗟の念を植え付け、文明や芸術、誇り

をも奪っていったのだ。


英米は、その後も何かと対立し憎しみは未来永劫まで続くのではないかといわれている。

 



アジアにおいてはそれより一年早く経済圏を確立している。


かつて大東亜共栄圏という夢に邁進した日本だが、期せずして具現化することになったのだ。

『アジアはアジア人の手で・・・』

欧州の支配からのがれた東南アジアの諸国は同じアジアの友邦、日本の力を借りなくては独立を維持

できなかった。


また日本も大戦からの痛手の回復には、支配ではなく経済圏としてのつながりを強化したほうが得策

と判断する。


緩やかな独立と発展で東南アジアの諸国は力をつけてきて今日に至っている。

中国においては日本の支配権放棄によって、余剰の戦力を共産党軍に向け、ついにこれを打ち破り中

国統一を成し遂げた。


このとき日本の兵器を多く輸入した蒋介石政府は日本との関係改善を図り、同じアジアの盟友として

切っても切れない友好国となりつつある。


朝鮮半島においても日本との同化は一層顕著にはなったものの、民族的尊重機運が高まりお互いに手

を取り合い生きていく道を選んだ。


おかげで日本は『日韓共和国連邦』と改名し、お互いの母国語を共有することになる。

満州も正式に独立を果たし、日韓中の経済援助の下、今ではもっとも洗練された国際都市として生ま

れ変わった。

 


中東は一時英米が画策したユダヤ人国家イスラエル構想が頓挫し、イスラムの経済圏として他の経済

圏と石油の供給で密接な関係を築いている。

 


ところで米国はどうであろう・・・


この国もアメリカ大陸を一つの経済圏として大いに発展してきているが、もともと南米やカナダなど

は欧州との絆の方が強い。


いまひとつギクシャクとしたものがあった。

というのも、米国は前大戦において唯一の勝利国として、また唯一の核保有国として常に高圧的な態

度での外交を進めてきたからだ。


原子力発電、原子力船・・・とにかく核と名のつくものにはことごとく査察と称して干渉してくる。

核は、自国以外は認めない、持たせない、作らせない・・・核拡散防止法なるものを勝手に設け、自

らが番人であると公言をはばからなかった。


もちろん他国はいいようにあしらって難癖をかわしていたが、ともかくも核の力の恐ろしさを万人が

認知してしまった以上、核そのものが大変な抑止力になっていることにはかわりが無い。

 

 



横須賀の軍港の横には航空母艦を陸に上げたような、広大な滑走路のような建物が十数棟建てられて

いる。


その上には巨大な飛行船が巨体を休めていた。

かつてはヒンデンブルクとかツェッペリンが優雅に飛行し、大空の貴婦人としてもてはやされていた

が、大惨事を機に廃れていたのだ。


しかし速さより優雅さを求めるこの時代、改めて空の旅が脚光を集め市民の憧れの的になっている。

次郎と権道、それに右作はこれから飛行船『満州号』に乗ってハルピンに旅立とうとしている。

彼らは戦後順調に出世し、次郎は空軍大将として軍の要職につき昨年退役を果たした。

権道は連合艦隊の後身、アジア統合艦隊の司令長官まで上り詰め、同じく昨年退役した。

右作はレーダーの権威として数々の高性能レーダーの開発に携わり人類の発展に大きく寄与した。

昨年余暇に作った立体現像機・・・3次元テレビを開発し大金持ちとなる。

 

満州号
優雅な飛行船時代の象徴として、世界各地を飛行した。



3人の乗った『満州号』はゆっくり浮上し徐々に横須賀を離れていく。


キャビンで下界を覗き込みながらシャンパンのグラスを傾ける。

横須賀軍港を通過するとき、一隻の戦艦が華々しい旗に彩られて鎮座していた。

折りしも、権道が昨年まで座上していた戦艦『尾張』が三十数年の艦暦を終え、退役式が執り行われ

ているのである。


「権道、君は出なくても良かったのか?昨年まで長官だったから当然お声がかかったろうに・・・」

「思えば俺の軍隊生活は戦艦『尾張』と共に歩んだような気がする。マリアナにおいて角田長官と共

にあの船で出撃し、その後も共に戦いの中にあった。そしてあの艦で最後の司令長官の大役を過ごさ

せてもらった。私の引退と共に退役する『尾張』・・・私の戦争もようやく終わるのかもしれない」


「俺たちは良く戦った。おかげで世界の平和を勝ち取ることが出来たんだ。意義のある人生だと思い

たい・・・終戦間際、米国の原爆攻撃声明に山本長官が俺に目で懇願したんだ・・・


この日本を原爆から救ってくれとな・・・どんなことがあっても阻止してほしい・・・山本長官はそ

う云いたかったんだとね。もう二度と戦争はあってはならない。俺たちの老後の任務は後世にその悲

惨さを伝えていくことだ・・・」


「お前たちの話は堅くて困るよ!だから俺は軍人にならなかったんだぞぉ!(笑)さぁ、せっかくの

引退旅行だ。ぱぁっとやろうぜ!」


右作は民間人らしく屈託の無い笑顔を振りまいて、シャンパンを注ぎにかかった。

艇内では右作の作った3次元テレビの放映が流れ始める。

「こいつの開発はな、かくかく云々・・・」

マニアックな話で目を輝かす右作に権道は口を挟んだ。

「右作、お前みたいなやつを若者はなんて呼ぶか知ってるかぁ?オ・タ・クって言うんだ!」

3人は大笑いして何度目かの乾杯をした。

眼下では戦艦『尾張』が小さくなっていた。

 

 

 

 

 

            
   完

 

 


                          
   

 

 

 

                

鋼鉄の巨人たち

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