防空の眼

 

 



防空司令艦『鹿島』艦内では、次々に入ってくる情報に児玉次郎はあわただしく対処していた。


「0時方向より敵小編隊接近!距離120海里高度6000」

「3時方向より敵接近中!距離80海里、高度100! 10機程度!」

「6時方向より小編隊・・・・」

「8時方向新たな敵小編隊、距離・・・」

「今までにない攻撃のパターンだ・・・編隊を組まず五月雨式に、しかも方角もまちまちだ・・・」

『鹿島』防空戦隊指揮官山県景樹大佐が唸る。

「米軍もこちらの防御網を突破しようと手を尽くしているのでしょう。こちらも直奄の各戦隊を誘導し

ていますが、この攻撃が続けば補給をする間もなく迎撃にも隙間ができるやも知れません。」


敵の攻撃機には来襲する敵機の数により、直奄機を中隊単位で迎撃に当たらせている。

未だに艦隊上空に敵機は現れていないが、迎撃地点が確実に近づいてきていた。

上空には早期警戒を兼ねて『銀河改』が数機あがっている。

低空で進入する敵機にも対応できるようになってはいたが、波のように限りなく押し寄せる敵機の前に

弾薬切れの直奄機が出始めていた。


まずいな・・・と次郎が思ったとき再外郭の防空駆逐艦が盛大に高角砲を打ち上げ始めた。

直奄機が打ち漏らした敵機の進入を許してしまったに違いなかった。

 

「ジミー!俺たちは、少しは幸運だったようだぜ・・・敵艦隊が見えてきた。身近な艦に雷撃してとっ

とと帰ろう」


「わかった。そうしよう。せっかく敵戦闘機の猛攻を潜り抜けたんだ。こんな所で犬死はごめんだぜ。

艦隊上空には水上機しかいないようだ・・・チャンスだぜ」


ヘンリー少尉以下5機の「アベンジャー』雷撃機はもっとも身近に迫る第2機動部隊に向かって海面す

れすれで飛行していた。


「よし、前方の巡洋艦をやる・・散開せよ!」

ヘンリー隊が雷撃体制に入るとやはり低空を飛んでいた日本水上機の一群がすぅっと忍び寄ってきた。

水上機に何ができるかと油断していたヘンリーは突然銃撃を受け慌てふためいた。

今回護衛の補強のため招へいされた水上機母艦群に搭載された『瑞雲』攻撃型水上戦闘機であった。

戦闘機相手では手に余るが、鈍重な攻撃機相手なら十分な脅威になる。

5機中2機が瞬く間に撃墜される。

「各機、魚雷を捨てて回避せよ!」

ヘンリーはもう攻撃どころではない。

さっさと攻撃を諦め生存本能に従って遁走に入った。

日本機は、深追いはしてこなかった。

きびすを返して定位置に戻っていく。

ヘンリーはその鮮やかな迎撃態勢にある一定の秩序があることに気づいたが、今はとにかく無事に帰る

ことが優先とばかり来た道をまっすぐたどって戻っていく。

 

その秩序に気がついた指揮官がいた。

爆撃隊指揮官ミッチェル少佐は3度の海戦を生き残った数少ないベテランであった。

どんな攻撃態勢においても常に優位な位置で待ち構える迎撃機に、優秀なレーダー以上に集中的に防御

管制を行なう専門艦があるのではないかと踏んでいたのだ。


執拗な迎撃で大幅に機数を打ち減らされながらも、何とか艦隊上空にたどり着いたミッチェル隊は、今

度は激しい対空砲火の洗礼を受けた。


高角砲弾が次から次へと至近で爆発する。

その破片を大量に浴び、力尽きて墜落していく友軍機が後を立たない。

ミッチェルは満身創痍になりながらも、ひときわ異彩を放つ艦影を目撃した。

ずんぐりと幅広い船体、しかし大きさは重巡洋艦より小型のようだ。

艦後部には大型格納庫のような構造物を持ち、高角砲、機関砲以外特に武装は見当たらない。

しかしもっとも特徴的なのは艦のいたるところに各種レーダーと思しきアンテナや設備が所狭しと林立

していた。


これだな?・・

日本艦隊は航空部隊にしろ艦隊にしろ、管制統率をする艦ないし航空機を連れているという。

ミッチェルはその管制能力の高そうな艦を見て直感的に納得した。

ミッチェルは攻撃目標をその艦に絞り、残った攻撃隊に一斉に攻撃をかけさせた。

めまぐるしく高度計が回り、急降下に移る。

高角砲に続いて機関砲弾が唸りを上げて突き上げてくる。

翼を射抜かれ、胴体に大穴が開く。

僚機が蜂の巣になりながら次々に墜落していく中、ミッチェル機は奇跡的に火を吹かず投下地点にたど

り着くとぐいとレバーを引いた。


ふわりと浮き上がる機体に合わせて今度は上昇に転じる。

血の気が引くような遠心力に気を失いかけるが何とか持ち直す。

「隊長!命中です!やりました!」

穴だらけになった機体を操りミッチェルは何が何でも帰還を果たさねばと思った。

日本艦隊にレーダー専用艦が存在することを報告しなくてはならないし、今後敵の鉄壁の守りを崩せる

かもしれない。


慎重に機を操りながらミッチェルは戦場を後にした。

 



今回攻撃を受けたのは第4機動部隊に同行していた防空専任艦『香取』であった。


沈没は免れそうだが、敵の攻撃に対する防御の目が一つ潰されたことには代わりがない。

いまだ波状的に押し寄せる敵艦載機に一抹の不安を抱きながら次郎は自分の任務を完遂しなければと闘

志を新たにした。

 

 

最後の攻撃

 

日本攻撃隊は敵邀撃機の攻撃をすり抜けて米機動部隊上空に到達した。

若干の直奄機が舞い上がってきていたが、援護の戦闘機が突入し蹴散らしにかかる。

「彗星12機、流星10機を失ってしまったか・・・しかし敵の攻撃に気づくのが遅れていたらもっと

甚大な被害を被っていたかもしれない。戦いはこれからが本番なのだ・・・」


江草は決意を新たに敵艦隊の配置を検討し、的確に攻撃が成功するよう各戦隊に指示を出す。

今回最新式対空電探装備の『銀河改』を連れてきてよかったと改めて江草は思った。

「233戦隊、駆逐艦を降爆せよ」

「243戦隊、巡洋艦を攻撃せよ・・・・」

指示に従い次々と『彗星』が翼を翻していく。

もはや日本軍のお家芸ともなる攻撃方法は輪形陣を効率よく食い破っていく。

対空砲火もVT信管の採用により苛烈にはなってきているが、集中攻撃を喰らわないように外郭から崩

しにかかるため、相当数の砲撃を減殺できた。


そして開いた穴から雷撃機が突入していく。

一糸乱れぬ攻撃振りは幾多の戦闘を潜り抜けた熟練の賜物であろう。

 



ミッチャー提督は悪魔でも見るような目つきで日本攻撃隊の空爆を眺めていた。

「やつらの攻撃を阻止する手立てはないのか!対空機銃は何をやっている!」

今海戦で 二度目の攻撃に晒されているミッチャーは身体の震えが止まらなかった。

外郭はすでに崩され、空母にも被弾落伍する艦が出始めていた。

『カボット』『インディペンスU』がすでに黒煙を吐きながら傾斜している。

『バンカーヒル』も2本の雷撃に続いて3発の降爆攻撃を受けていた。

ミッチャー座上の『エンタープライズU』にも雷撃機が迫ってきていた。

高角砲に続いて40ミリ4連装機関砲が唸りを上げる。

あらゆる火器が一機たりとも近づかせまいと狂ったように機銃弾を繰り出す。

しかし火器が海面からしたり寄る雷撃機を狙おうと俯角に構えると、上空から戦闘機の一団が容赦なく

機関銃座を潰しに舞い降りてきて銃撃を加えていくのだ。


打ち減らされていく砲門を尻目に雷撃機は容赦なく雷撃を敢行していく。

「右舷後方より雷跡!」絶望的な悲鳴を上げて見張り員が叫ぶ。

「取り舵!」艦長が叫ぶが3万トンの船体はすぐには舵が利かない。

そしてそれを見越したかのごとく右舷前方より新たな雷撃機が雷撃のタイミングを図りながら接近して

くる。


機関砲群もただ手をこまねいているわけではない。

必至の防戦で一機、また一機と撃墜させている。

しかしそんな損害もものともせず突入してくる様は誰でも恐怖を感じずにいられなかった。

「だめだ命中する!」見張り員が逃げ出すと同時に艦艇からつき上げてくるような衝撃が二回・・・艦

は急ブレーキがかかったかのごとくガクリと前のめりになり停止した。


「次は爆撃機がくるぞ・・・」

ミッチャーは半ば予言者のごとくぶつぶつと呟いた。

「上方より降爆!」

ミッチャーの予言を待っていたかのように急降下爆撃機が演習のような容易さで停止した空母にめがけ

て突入してくる。


生き残った機関砲が今度は上空に砲口を上向かせるが、その頃にはすでに爆弾が投下された後だった。

爆弾は『エンタープライズU』に向けて降下し5発が命中弾となって爆発した。

艦橋にいたものは爆風と衝撃でなぎ倒された。

2日連続で修羅場に直面したミッチャーはじめ司令部要員が正気を失ってしまうのも無理はない。

見るも無残な光景となった『エンタープライズU』をミッチャーは薄ら笑いを浮かべ、呆然と座り込ん

でいた。


ミッチャー提督は沈没前に救出され、ハワイに帰還を果たしたが度重なる失態に更迭される。

しかしそうでなくても、もはやまともな思考の持ち主ではなくなっていたのだが・・・

 



スプルーアンス座上の『タイコロデンガU』でも同様の攻撃を受けていた。


しかし彼はもう少しましな戦い方をしたかもしれない。

輪形陣の穴が開こうとすると艦の間隔をつめさせ防空網の間隙を埋めていったのだ。

日本機も多くの犠牲を払いながらも何とか雷撃の穴を開けさせようと外郭の艦艇に攻撃を繰り返してい

た。


「オークランド被弾!」

「よし、ジュノーを上げて防御せよ」

「キャラハンがやられました。空母ラングレーが落伍します」

「よし、輪形陣を縮めよ!手薄なところをカバーせよ!」

スプルーアンスの戦いはインディアンの来襲に敢然と立ち向かう幌馬車隊のようだった。

多くの犠牲を出しながらも旗艦『タイコロデンガU』は敵の攻撃を凌ぎきった。

『ホーネットU』も1本の魚雷と3発の爆弾を喰らったが何とか沈没は逃れている。

日本軍の執拗な攻撃は40分ほどで終了し、残存機が西の空に消えていく。

今回も大敗を喫したには違いないが、多くの日本機を撃墜したようだ。

撤退していく日本機の数も来襲時に比べたら大きく数を減じているように見える。

 



 

「被害の結果がまとまりました・・・」

戦闘が終了し、艦載機を収容してハワイに撤退するなか、参謀の一人が報告に来た。

すでにハワイの防空圏内に入ったと見えて、上空は『P51ムスタング』などが警戒している。

日も翳り本日の戦闘は終了したと見てよい。

報告が続く・・・

「被害は甚大です。2日間の戦闘で沈没艦はエセックス級正規空母8隻中4隻(エンタープライズU、

バンカーヒル、ワスプU、ヨークタウンU)、3隻(イントプレットU、レキシントンU、ホーネット

U)が損傷、無傷なのは我がタイコロデンガUのみであります。


インディペンデンス級にいたっては10隻中4隻(ラングレー、インディペンデンスU、バターン、ベ

ローウッドU)が生存しましたが使い物にならないほど損傷しているものもあります。


カサブランカ級はマニラベイ、キトカンベイ、ガンビアベイが生き残りました。

艦隊が収容した艦載機は全部で54機・・・」

スプルーアンスはガクリと肩を落とした。

艦船の損失も大変なものだが航空機もほぼ壊滅状態である。

艦隊までたどり着いた艦載機はもっと多かったが着艦可能の空母が『タイコロデンガ』のみでは致し方

ない結果であろう。


ほとんどが海面に不時着し、多くのパイロットを救出したがそのまま波間に飲み込まれたものも少なく

ない。


総艦載機数1200機以上を誇った米機動部隊はたった二日の戦闘で実に1150機を失ったことにな

る。


母艦共々潰えた艦載機も含まれてはいるが、驚愕に値する数であった。

「補助艦艇にいたっては半数が撃沈破して失われました。ミッチャー提督は救助されたとのことです。



「そうか・・・」

スプルーアンスは無言のまま頷いたが、光明と言えばミッチェル少佐の司令艦の話であろう。

また、それによって防空に穴の開いた日本機動部隊に一矢を報いたことであった。

今後の戦いでは大いに参考になったし、最重要攻撃目標として早期に潰してしまえば、これほどまでの

被害を受けることなく攻撃を成功に終わらせられるかもしれない。


スプルーアンスは壊滅した機動部隊の残存艦をハワイまで持ち帰るという最後の任務に立ち返るべく、

長官席に戻った。

 

 

巨星、落ちる

 


防空司令艦『香取』の落伍は、早期警戒の目を一部失ったというだけではなく、それ以上に防空管制に

ほころびが出来たことは、大きな代償となって帰ってきた。


さみだれ式の波状攻撃によって迎撃に上がる戦闘機が右往左往する間に、弾薬切れで緊急着艦するもの

が出てきた。


もちろん大急ぎで補給を済ませ迎撃に戻るのだが、そんな中、よりによって『香取』が管制を行なう空

域から米軍の主隊と思われる一群の進入を許してしまったのだ。


もちろん各艦の電探がそれを捕らえていなかったわけではない。

進入を察知してもそれを管制する艦がいなかったのだ。

明らかにシステムの盲点を突かれたといっていい失態であった。

次郎は『香取』損傷の報告を聞いてなんともいえない胸騒ぎを感じた。

このことは山口艦隊司令長官には伝えておかなくてはと艦隊電話をとった。

「そうか・・・『香取』管区の各艦にその旨を伝え、『鹿島』に情報を集約させよう。児玉君、敵も新

戦術を考えてきたのだ。我々もこれを教訓に更なる戦略を立てねばなるまい。頼んだぞ・・・若い者の

先頭に立って奮迅してくれ」


「はっ!肝に銘じます!敵編隊がこちらに向かってくる模様です!長官もどうかご無事で・・・」

「わかっておる・・わしはそう簡単には死なんよ」山口は笑ってそう答えた。

「敵編隊接近!距離30!機数約50機!第一機動部隊に向かいます!」

「近いぞ!直奄隊間に合いません!」

「くそ!発見が遅れた!」次郎は地団太を踏んだ。

敵の攻撃が一段楽したために、一部の補給を求める直奄隊を母艦に下ろしていたのだ。

折りしも『香取』の抜けた穴から進入してきたため発見が遅れてしまったのだ。

「長官に連絡!第一機動部隊に敵機接近!直奄間に合わず!警戒されたし!」

次郎は大慌てで連絡をいれさせた。

まもなく第一機動部隊では対空砲が盛大に打ち上げられ、一機また一機と米編隊は討ち取られバラバラ

になっていく。


しかし日本機の迎撃を受けなかった分、彼らには余力があったのかもしれない。

大きな犠牲を払いながらもたどり着いた先は、山口座上の空母『剛龍』であった。

50機ほどの戦爆連合はすでに15機程度に打ち減らされている。

「こちらレッドテール隊ウェイン大尉、先頭を行く大型空母に攻撃を集中する!一艦でもいい、なんと

してでも葬り去ろう。皆ついて来い!」


ウェイン大尉は操縦桿を押し倒した。

みるみる高度が下がり、空母の甲板が迫ってくる。

後続の機も追従してくる。

激しく吹き上がる近接信管付の砲弾が容赦なく付近で爆発し破片にむしりとられた機体がぼろ雑巾に変

わっていく。


列機が次々に砲弾の餌食になり墜落していく。

「隊長!ラダーをやられました!操縦不能!」

「くそ!まだまだくたばらんぞ!」

「高度1000・・・高度900・・・高度600!」

「撃て!」

ガクンと爆弾が外れる衝撃があったが機体はそのまままっすぐ敵艦に向かって落ちていく。

「もうこれしかない!いとしいメリー愛してる・・・」

ウェインは最愛の妻の名を口にし、目をカッと見開いた。

彼の機は自分の投下した爆弾が甲板に突き刺さり盛大な爆発を起こした後に敵艦に激突した。

その後3発の命中弾を出したものの、舞い戻った直奄機の攻撃を受けて、この空域を脱出した機はつい

に無かった。


しかしこの一撃こそ、日本海軍にとって宝とも言うべきもっとも大事なものを奪い去っていったのだ。

次郎の乗艦する『鹿島』は旗艦空母『剛龍』の外郭に付き従っていた。

『剛龍』は改大鳳級として建造された主力空母で甲板上には500キロ爆弾の直撃にも耐えられる装甲

を施した重防御艦である。


本来なら3発の命中弾を喰らったくらいでは発着艦機能も損失には至らないはずである。

しかし上昇するはずの敵機がラダーの故障からだったのだろう・・・生還は果たせないと判断して爆弾

の跡を追ったのだ。


自爆と決めたその機は、寄りによって艦橋を直撃し盛大に火柱を上げた。

その光景は、次郎のまぶたに深く刻み込まれている。

「長官!」次郎はぐちゃぐちゃに破壊され炎を上げた艦橋を見て涙した。

日本海軍航空部隊を率い多くの戦いを勝利に導いたその功績もさることながら、次郎のよき理解者とし

て父以上に慕っていたのだ。


「こちら第二機動部隊の大西。これより全艦の指揮を継承す!」

まもなく艦隊スピーカーから大西中将の指揮権発動の宣言があると共に、山口多聞司令長官の正式な死

が伝えられた。


全艦の将兵はその報告に一瞬凍りつき、涙した。

まもなく敵の攻撃は途絶え、全艦に戦闘終了の宣言がくだった。

常に150機以上の迎撃機を上げ、米軍の攻撃をかわしきったおかげで損害は軽微なものとなった。

護衛艦艇に若干の損傷艦と、空母には雲竜と葛城が爆弾を喰らったが軽微なものであった。

しかしその中で艦橋を破壊された旗艦『剛龍』の姿は痛々しかった。

戦には勝利を収めたものの、戦勝気分はまったくなく沈痛な空気が支配した。

 




まもなく「作戦終了、全軍帰投せよ」の命が連合艦隊司令長官山本五十六から出された。


ミッドウェーをめぐる一連の戦闘において日本軍はなんとか勝利を収めた。

強力な米軍の攻撃を退け、戦力バランスはまた日本に傾いたのだ:。

しかし半年近くで戦力を立て直す米軍の力に抗うには、限界に達したと軍首脳部も思うようになる。

今海戦で戦艦5隻(信濃、長門、陸奥、霧島、榛名)、空母4隻(赤城、加賀、蒼龍、翔鳳)を失い、

多くの艦艇が傷ついた。


特に戦艦の損傷は激しく、しばらく戦闘は行えないと判断されている。

巨大化する米軍に対抗するには早期に芽を摘み取るしかないと、臨んだ戦いではあったが日本において

もすでに防戦の限界点に達してしまう結果となった。


果たして、本当に挑まなくてはならない戦いだったのか・・・

どちらにしても両軍にとって大きな犠牲を伴い、深い爪あとを残したことには代わりがなかった。

 

 

アメリカの意地

 



「また負けたというのか・・・」


ルーズベルトは病に伏していた。

彼は自分の寿命がつきかけているのを知っていた。

この春、思い切って手術した結果一時持ち直していたのだ。

未だ戦いは合衆国に不利であり、ヨーロッパはともかく日本だけでも屈服させなければ死ぬに死ねない

・・・


自分こそ合衆国そのものであり、最も強い大統領であるという自負・・・

そんな思いが彼を死地より生還させていたのだ。

しかし、必勝を持って臨んだミッドウェー沖海戦で再度惨敗を喫し、持てる戦力の大方を失ってしまっ

た。


船舶や航空機は次々と増産され、どんなにやられてもまた這い上がることはできる。

しかし未来を託すべき多くの青年を失った補充はなかなかきかなかった。

それにも増して太平洋においてだけでも25万の将兵を失った代償は、厭戦機運として各州で大規模な

デモが起こっている。


ルーズベルトの寿命はそんなアメリカ国民によって食いちぎられようとしていたのであった。

「副大統領のトルーマンを呼んでくれたまえ・・・」

虫の息のようなか細い声でルーズベルトは側近に命じた。

まもなく現れたトルーマンに近くによるようにいい、大事な話だと口外せぬように告げた。

「私の後は君が継いでくれ・・・合衆国は負けてはならんのだ。どんな状況におかれようと最後の勝者

にならなくてはいかん。マンハッタン計画は順調に推移し、すでに原子爆弾は完成している。それを使

って形勢を一気に挽回するのだ」


「しかし大統領・・・あれは悪魔の兵器です。私には悪魔に魂を渡すことは出来ません・・・」

「何を弱気なことを・・・あれを使えさえすれば合衆国は勝利をもぎ取ることができるのだ。それに大

事な合衆国青年を死なせなくて済む。すべてはアメリカのためなのだ。その役目を君に託したい」


「しかし・・・」

「私はもう長くはない。もうこの寿命も尽きようとしている。私からの最後の命令だ」

軽い痙攣を引き起こしながら訴えるルーズベルトをみて、トルーマンは頷くしかなかった。

この二日後ルーズベルトは帰らぬ人となった。

大統領にトルーマンが就任すると、うって変わったように原子爆弾の運用に没頭するようになる。

なんとしてでも勝利を・・・

の政権はそのためだけに存在するといっても過言ではなかったのだ。

 

 

欧州連合

 


欧州においてソヴィエトを含む欧州連合結成の祝賀会が予定されていた。


欧州においての最後の抵抗勢力『イギリス』が降伏したのが昨年の11月15日。

式典はこれを記念してロンドンのバッキンガム宮殿において執り行われる。

参加者はヒトラーはじめゲーリング、ゲッペルス、ヒムラ―などのドイツ国家要人。

また欧州連合に組み入れられた各国元首、首脳など・・・

日本からも東条英機首相はじめ軍関係者など多くの出席者を予定している。

イギリスではアイルランドだけが未だに細々と抵抗を続けていたが、それとて沈静化しつつある。

欧州はヒトラー政権のドイツを中心に、統一を果たそうとしていたのだ。

各国には傀儡政権が置かれ、まがりなりにも安定した世の中になっていた。

銃火が途絶えて約一年・・・ドイツは最後の強敵『アメリカ』を屈服させるべく艦船、航空機、戦車な

どの充実を図ってきた。


無尽蔵の工業力を有するソヴィエトを傘下に入れたことによりその生産力は米国をも凌ぐものとなって

いる。


欧州連合の結成はその力を持ってアメリカを屈服させる最後の聖戦を完遂させる、新たな始まりの日で

もあったのだ。

 

 

 


次郎は久しぶりに権道を引き連れて八木右作の研究所を訪れていた。


次郎は未だに故山口長官の死の悲しみから抜け出していない。

自分の責任で長官を死なせてしまったのだと自責の念に駆られていたのだ。

「次郎、そんなにくよくよするな。長官の遺志をしっかり継がなくてはならんのだぞ。お前がそんな様

じゃ、長官もお喜びにはなるまい。」


「そうだぞ、貴様だけの責任じゃない。防空専任艦の存在を知られてしまった以上、新たなシステムを

立ち上げなくてはならん。海軍ももっと重防御の専任艦の建造を推し進めてくれている。それに被弾し

て使用不能になっても他の艦がバックアップするシステムも構築している。長官の死は決して無駄には

ならんのだ」


「ありがとう。貴様らには感謝する。俺もいつまでもくよくよしておられん・・今回は多くの搭乗員を

失ってしまった。新たな戦力の建て直しにはしばらく時間がかかるだろう。自分の本分を尽くすよ・・

長官のためにもな・・」


「よし!しんみりしていても始まらん!いい酒が入っているぞ、今日は大いに飲もう」

三人はこの日遅くまで酒宴を開いてお互いの健闘を大いにねぎらい合った。

「それにしても欧州ではドイツを中心とした欧州連合が大規模攻勢をかけるらしいじゃないか」

権道が連合艦隊に入った情報を披露した。

「うむ、俺もそのような噂は聞いた。大量の航空母艦を作ったらしく運用方法などを日本海軍に打診し

てきているようだ。近く派遣団を組織するらしいが俺もその中に名前があがっている」


「そうか・・・アメちゃんも大変だなぁ。太平洋の次は大西洋か・・・いま米艦隊は弱体化しているか

ら、その虚をつくつもりなんだろう・・・」


「欧州連合が発足して半年・・・イギリスで敗戦記念日にあわせて大々的な祝賀会が11月に開かれる

らしいぞ。日本からも首相はじめ使節団を派遣するらしい」


「そうかぁ、この戦争もいよいよ大詰めというところらしい」

「しかし日本艦隊は先の海戦で勝利したとはいえ、もはや同規模の米艦隊が来冠すれば支えきれないだ

ろう。今回の勝利が最後になるかもしれん。」


権道は実際にずたぼろになった大和級の戦艦群を率いて帰還してきたのだ。

米艦隊の力が強くなっていくのを肌身で感じている。

悲壮感が漂うのも無理からぬところであった。

「これは、情報部からの極秘情報なのだが・・・」

権道は辺りを見回し人手がないのを確かめると前かがみになり、声を落として二人にしゃべり始めた。

「米国ではこの危機的な状況を一気に挽回すべく新型爆弾の製造にかかっているらしい・・・いや、も

う完成しているのかもしれん。俺もそれがどのような破壊力を持つのかは詳しくは知らんが、都市が丸

ごと灰燼に帰すのではないかともささやかれている」


「何を言ってるんだ、そんなのは不可能だよ・・・」

右作がはなからそんなものは有り得ないと笑い飛ばそうとするのを権道が制した。

「まぁ聞け・・・日本でもドイツでも実は密かに研究は進んでいた。プルトニウムという元素の核分裂

反応を応用した爆弾らしい。その安定化に時間がかかりついに実現化はしなかったが、理論上は可能ら

しいのだ。」


「それを米国は完成させたというのか?」

「いや、これはあくまでも未確認の情報らしい。その威力がどの程度かは誰も知らないし、それを使用

した場合の爆後の状況も定かではない。しかしいままでの戦争の形態が一変してしまうことだけは確か

なようだ」


三人は顔を見合わせてしまった。

本当にそんなものが・・・

しかし、その悪魔のような計画は着々と実行に移されようとしていたのだ。

彼らには、そんなことなど知る由もなかった


 


                          
   

 

 

 

 

鋼鉄の巨人たち

  111111111111111111                          

写真集

メール

鋼鉄の巨人たち
掲示板