新兵器N弾

 


リー提督は戦慄を悟られぬよう、あえて涼しい顔を装っていた。


日本艦隊の変則的な攻撃によって、序盤で4隻の戦艦を失うという失態を犯してしまった。

しかしその攻撃法によって、目標から外れた艦は無傷の状態で敵に攻撃を浴びせることが出来た。

キャラハンの艦隊を先行させていたため、運よく序盤で新型戦艦を日本艦隊の集中砲撃で失わないで済

んだのだ。


予定通りの序列であるなら『ロードアイランド』、『メイン』はじめ、モンタナ級を彼の巨弾で早々に

失っていたかもしれない。


今また、長門級の2戦艦を葬った。

そしてその矛先は『信濃』に注がれている。

また『武蔵』『尾張』にもすでに数発の18インチ砲弾の命中を確認している。

いくら重防御で知られる大和級でもじきに屈服する時が来る・・・

「それにしても何なんだ、この攻撃力は・・・」

リー提督は今海戦で始めて大和、尾張級の46センチ、50センチ砲弾と合間見える。

すでに『ロードアイランド』は敵対する『大和』『播磨』に狭叉され、被弾もし始めた。

こちらも先ほどから目標を変更し『大和』に砲弾を送り込んでいるが、数発の命中弾ではまだ屈しない

ようだ。


「大和級の一隻でも屈服させられれば形勢は俄然こちらに有利になるのがだが・・・」

今まで18インチ砲弾を撃ち込んでいた『武蔵』『尾張』は依然砲撃を繰り返しているが、被害による

煙をたなびかせ明らかに防御に破綻をきたしていることが読み取れる。


「後もう少しだ・・・」

リーは祈るような面持ちで戦況を見守っていた。

 


今また、大気を揺るがして巨弾が落下してくるのが見て取れた。


「また被弾する・・・」

リーは思わず体に力を入れた。

ゴーン、ゴーン・・・

明らかに数発の命中を伝える衝撃が走った。

一瞬目を瞑ってかがんでしまったリー提督であったが

「今のは不発弾なのか・・・」

外を覗き込んだリー提督は今までと違う光景に目を丸くした。

眼前にはまるでスターダストのようなキラキラ光る物体が宙を舞っていた。

それは落ちてくると水をかぶった船体にぴたりと張り付いたのだ。

見ると後続の艦隊にも同じような光景が広がっている。

まるで米艦隊全体が銀色のスコールの中に突入してしまったような光景が広がっていたのだ。

幕僚の一人がその破片を拾い戻ってきた。

「これはアルミ箔のようです・・・なぜこんなものが・・・」

首をひねる参謀に、リー提督は思わず「しまった!」と叫び声を漏らした。

まもなくレーダー室より急報が飛び込んできた。

「全レーダー、突然真っ白になりました。使用不能です!」

「至急、光学射撃に切り替えよ!大至急だ!」

「くそっ!こんな汚いまねをしやがって!レーダーの権威として知られてきた私を愚弄するのか!」

普段冷静沈着なリー提督とは思えないほど激昂する姿に幕僚全員がたじろぐほどだった。

N弾とは、今海戦に先立ち、権道や八木右作の提案で作られた特殊砲弾である。

弾頭に大量のアルミ箔を仕込み、着弾寸前で自爆するよう設定されている。

大量に飛び散ったアルミ箔が電波を妨害し、船体やレーダー部に張り付くと電波派の照射を妨害する。

ただし敵のみならず見方の電探も無効になるため、すばやい光学射撃への変更が必要であった。

N弾による特殊砲撃は一回のみで、後は通常の攻撃が加えられている。

米艦隊が光学射撃に切り替わるまでさらに数発の命中弾を受けてしまっていた。

ロードアイランド級は、いわばミズーリー級の焼き直し版ともいえるものであった。

ミズーリー級に18インチ砲を搭載するため、必然的に船体は大きくなり300メートルを優に越える

船体となってしまった。


しかし、そこに戦艦の宿命である18インチ砲防御を施すとなると9万トン超の非現実的な艦となって

しまう。


そこで主要区画のみを対18インチ砲防御とし、残りは非装甲部も含めていささか貧弱なものとなって

しまっていたのだ。


そこに『播磨』の速射砲のように打ち出される43センチ砲弾、破壊力の大きい『大和』の46センチ

砲弾が容赦なく降り注いだ。


「何をやっている!照準はまだか!」

「後もう少しで測的終わります!後もう少し!」

リー提督は悟っていた・・・度重なる海戦での損傷は艦の補充は出来ても、熟練した将兵を多数失い、

乗組員は大方経験未熟な若者に変わっていた。


リーはその弱点を補う意味でも比較的簡単に完熟できるレーダー運用を前面に押し出し、それを中心に

訓練に励んできたのだ。


その意味では長時間の訓練と経験が必要な光学射撃はおざなりになりがちであった。

その付けを今払わせられようとしている。

「諸元入力完了!撃てます」

「よし、撃て!」

リーは待ちに待った命令を発したが、結果は思い通りとは行かなかった。

「300ヤード近!測的修正!」

「何をやっているんだ!目をつぶってうっているのと同じではないか!」

その時『大和』と『播磨』の巨弾が一斉に振ってきた。

8発もの命中弾を満遍なく浴びた船体は至るところに亀裂を走らせ、中でも46センチ砲弾で歪みきっ

た第2砲塔に『播磨』の43センチ砲弾が飛び込み内部で爆発した。


活火山を思わせるような激震が艦全体を襲い、その破壊力は艦橋をも飲み込んでしまった。

元来戦艦とはそんなに簡単に沈むものではない。

喫水線下に集中攻撃を喰らい、バランスを崩して横転するか多数の命中弾を喰らって廃艦同然になり、

味方の魚雷で処分だれるかだ。


しかしもっとも悲惨な最期は自艦の弾薬庫に被弾し、元来敵を破壊するために搭載されてきた砲弾が数

百発も一度に爆発し、紅蓮の炎と共に船体が裂けて沈没にいたることであろう。


300メートル超の巨艦はその持ちうる数百発の18インチ砲弾に船体を紙切れのように引きちぎられ

海を真っ赤に染めて沈没していく。


リー提督の生死は、言わずもがなであろう。

2番艦『メイン』も『尾張』『武蔵』に挟撃され、上部構造物はあらかた破壊しつくされてしまってい

る。


レーダー塔も後かたもなく吹き飛び、N弾がなくても永遠に敵艦を探知することはできないであろう。

出撃前から18インチ砲搭載の巨大戦艦は絶対に逃がすなと厳命を受けている。

すでに喫水線下に被害を被っているのであろう・・・大分喫水を下げ傾斜をしているが、両艦は攻撃の

手を休めることなく行なわれた。


N弾の使用で米艦隊の攻撃が鈍くなったことで、拮抗していたバランスはにわかに日本艦隊のほうに傾

き始めていた。


『薩摩』、『紀伊』の標的となった『モンタナ』も激しい攻撃にさらされていた。

手数の多さで対抗しようと建造されたモンタナ級であったが同じ思想で生まれた『薩摩』に加え、最大

の巨砲を有す『紀伊』までもが相手になっている。


ワグナー艦長は半ばやけっぱちで攻撃に耐えていた。

しかし第一砲塔、第二砲塔を沈黙に追いやられ、今また第3砲塔を旋回不能に陥れられた。

『薩摩』の43センチ砲を4発同時に被弾したとき、ワグナーは決断する・・・

「これは艦長決断である。当艦は十分に戦った。残るは4番砲塔のみ・・・これ以上戦っても人的損害

を増やすのみ・・・戦線を離脱し、後の戦いのため、戦力の温存をはかる。航海長、変針したまえ」


ワグナー艦長は後に軍法会議にかけられるが、戦後に彼の判断は正しかったのではないかと話題になり

釈放されている。


米艦隊がマリアナにおいても人員を大切に扱い、ベテランが数多く生き残っていたならN弾による攻撃

にもすぐさま対応し、もっとましな戦いを展開できていたであろうというのが戦史研究家の見解である



実際ワグナー艦長の戦線離脱によって多くの人命が助かったことは事実である

 

 

断末魔の巨人

 


日本艦隊はそのころようやくN弾の効果が薄れてきた海上で、すぐさま電探射撃に切り替え敵情掌握に

努めていた。


『モンタナ』の離脱を見て、角田は更なる目標変更を伝達した。

しかし日本艦隊にも悲報が届けられている。

『陸奥』沈没のあと、最後尾を務めていた『信濃』は敵艦隊の猛攻を受けていたのだ。

『オハイオ』『ルイジアナ』に加え最後尾に回った『ワイオミング』の集中砲撃を受けていた。

『コネチカット』、『オハイオ』と渡り合っていた『信濃』は『コネチカット』に大損害を与えてはい

たが、『オハイオ』の猛攻を受け、さらに長門級をしとめた『ルイジアナ』をも相手取るようになると

、圧倒され始めた。


「よし、敵4番艦はもういい。目標を5番艦に変更せよ」

信濃艦長 阪大佐は憔悴しきっていた。

対大和戦用に送り込まれてきたオハイオ級の一艦(コネチカット)を撃破したものの、後続のオハイオ

級2艦に加え、最後のミズーリー級(ワイオミング)の集中砲撃を受けていたからだ。


46センチ砲9門対16インチ砲33門・・・一撃に対する返礼は3倍以上にもなって帰ってくる。

『オハイオ』に向けて放たれた『信濃』の砲弾は早々と挟叉し、次弾が、前部甲板を痛打し、後部艦橋

を粉砕した。


しかし3艦から同時に放たれた33個の砲弾は6発が命中弾となり、今までに相当のダメージを受けて

歪みきっていた装甲板を貫き、機関室に損害を与えたのだ。


そして更なる命中弾により、戦艦を戦艦であらしめる主砲の旋回板を破壊し、第3砲塔を使用不能にし

た。


「機関室損傷!速力低下中!」

「第3砲塔損傷!使用不能!」

「艦首損傷!浸水中!」

被害の報告に頷く阪艦長であったが、徐々に深刻な状態に追い込まれているのを感じ取っている。

「敵5番艦はどうだ?」

「は、4発の命中を確認しましたが、まだ屈しません」

砲術長の返答に「このまま5番艦を砲撃する・・・・なに、心配は要らんよ。この信濃は不沈艦だ。ど

んなことがあっても沈まんよ」


心配そうな顔で覗き込む司令部員に阪は笑顔を見せて答えた。

「艦隊司令部より入電!極力、艦の保全に務めよ・・です」

「わかった。全員持ち場で全力を尽くせ!」

しかしいまや6門に減ってしまった攻撃力で3隻を相手にするには、限界が来ていた。

すでに50発以上の16インチ砲弾を浴び、いまだに戦闘可能なのが奇跡と思えるほどなのだ。

しかしその神通力も終焉を迎えようとしていた。

歪みきった装甲板を16インチ砲弾が貫通するようになると、破口から浸水が始まり徐々に傾斜しはじ

めた。


阪艦長は反対側への注水を命じ艦の水平を保ったが、破口からの浸水は止まらず、ついには波が甲板を

洗うまでになってきた。


「艦長!敵艦隊が水柱に包まれています!大和以下の救援です!」

「ようやく片付けてきたか・・・ならば『信濃』の死も無駄にはならなかったようだ。総員退艦せよ。

一人でも多く生き延びるのだ!」


いまだに続く砲撃で海面は盛り上がり、うまく艦を逃れても助かるとは限らない。

ただ少しでも可能性のあるほうに賭けてほしかったのだ。

すでに弾薬庫には注水を命じてある。

横転による大爆発はないだろう・・・

阪がそこまで思ったとき、艦は急速に前のめりに沈下して第1第2砲塔を飲み込んだかと思うと滑り込

むように波に飲まれていった。


大和級の3番艦として生を受け、世界の覇者として君臨した巨人の最後であった。

沈没に伴う大きな渦は幾多の将兵をまき沿いにしたが、その静かな最後は生き残ったものへの労わりだ

ったのかもしれない。

 



『オハイオ』に乗り込み、艦隊の第3席指揮官であったリッカ―ド少将は『信濃』を葬り去ったものの

大和以下の艦隊から攻撃を受けるに及んで、戦線の離脱を決めた。


「すでにリー提督の第一戦隊『ロードアイランド』、『メイン』は沈没し。キャラハンのミズーリー級

で構成された第2戦隊も『ワイオミング』を除いて壊滅した。我が第3戦隊も『モンタナ』が戦線離脱

、『コネチカット』は大破炎上している。

「もはや勝負はあった。全艦に連絡!速やかに戦線を離脱せよ!」


米艦隊の生き残り『オハイオ』『ルイジアナ』『ワイオミング』は砲撃をしつつ離脱にかかったが、最

後の厄災が『ルイジアナ』に襲いかかった。


長門や陸奥、そして今また共同で信濃を葬った殊勲艦であったが、多くの40センチ砲弾を喰らって船

体そのものにゆがみを生じていた所に『紀伊』の放った50センチ砲弾が落下したのだ。


圧倒的な爆発の威力は船体そのものを引きちぎり巨大な破口をあけた。

そこにすかさず『薩摩』の43センチ砲がひっきりなしに落下し、『ルイジアナ』はたちまち炎と海水

の洗礼を受けたのだ。


あたかも失われた3艦の怨念が砲弾に込められていたかのごとくであった。

『ルイジアナ』はみるみる速度を落とすと、降伏を意味する砲門を俯角に下げた。

ケビン艦長は総員退艦を命じると自らも退艦した。

しかしこの海戦後、ケビン大佐は消息不明となり本国に生還していない。

波に呑まれたのか、炎で退路を断たれたのか・・以外に少なかった『ルイジアナ』の生き残り組みに、

彼の消息を語るものはいなかった。


制御するもののいなくなった『ルイジアナ』は徐々に沈下をはじめ、まもなく横転して果てた。

一方、巡洋艦以下の戦いは非常に消極的なものであった。

前日、米艦隊は日本空母部隊追撃戦で多くの艦船を損傷して、肉薄するべき戦闘艦が少なかったこと、

また日本海軍にしてもマリアナ海戦において多くの艦艇を失っていたため、戦艦部隊の防御に徹したこ

とが原因となった。


しかし、その甲斐もあり、肉薄してきた一部の駆逐艦隊を速射砲のような装甲巡の15,5センチ砲が

撃退している。


巡洋艦部隊が真価を発揮したのは、追撃戦のときであった。

戦艦部隊が敗れ戦線離脱時に、勝機と見た南雲巡洋艦部隊司令長官は敵艦隊の混乱に乗じて肉薄したの

だ。


しきりに煙幕を展開して逃げようとする米艦隊を電探射撃にて攻撃、今海戦より取り入れられた雷撃管

制電探を使用して、敵艦進路上に魚雷攻撃を敢行し多数の命中を確認した。


砲撃や雷撃を喰らい、速力を落とした敵艦には容赦なく攻撃を加え、二度と戦場に復帰しないよう止め

を刺して回った。


遠距離からの砲撃戦では善戦していた米巡洋艦部隊も追撃戦にて、多くが打たれ巡洋艦8、駆逐艦12

隻が沈没、逃げ延びた艦船も大なり小なりの損害を被った。


一方味方の損害は巡洋艦3隻中破、駆逐艦2隻損失3隻損傷と軽微なものであった。

これを最後に戦いは収束に向かっていった。

 



「信濃を失ってしまうとは・・・」


「長官、すべては私の責任です。申し訳ありません・・・」

勝利を勝ち取ったとはいえ、掛け替えのない『信濃』を失ってしまったことに角田司令長官は落胆を隠

せなかった。


権道は自分の作戦案を取り入れてくれた角田に感謝すると共に、大事な戦艦を失ってしまったことに大

きな責任を感じていた。


「いや、素晴らしい作戦であった・・・大和級とはいえ沈まない船はない。しかし定石どおりに各艦一

対一で臨んでいれば、米戦艦の方が、数が多かったのだ・・・大和級といえどもあと1〜2隻は食われ

ていたのではないだろうか・・・信濃や長門、陸奥の犠牲は必ずや無駄になったわけではないと思う」


白石参謀長は、そういって権道をかばってくれた。

「確かに我々は大きな犠牲を払ったが、米軍の大きな野望を打ち砕いたと思う。米国の国力は侮れない

・・・次回また同じような戦力を蓄え攻勢に出られれば防ぎきれるかどうか・・・


しかし我々は勝ち続けなければならない・・・日本国民を守るためにも我々は負けるわけにはいかない

のだ・・・」


角田の決意に司令部員皆が改めて自分たちの使命を痛感したのであった。

「只今南雲長官より連絡が入りました『我、敵艦隊の追撃を終了す。敵に与うる損害は、甚大なり。敵

艦隊を駆逐す!』です!」


「よし、勝利宣言を全艦に伝えよ!我々は勝ったのだ!」

誰ともなく万歳の声が上がり、それは艦内に、やがて全艦にと広まり、いつまでも鳴り止まなかった。

 

 



二人の指揮官

 


米空母艦隊では、隊内電話を通じて激論が交わされていた。


この第58任務部隊はスプルーアンスが指揮官として指揮に当たっていたが、先に壊滅した第36任務

部隊のミッチャーが空母『エンタープライズU』に鎮座して司令部を構えていた。


空母部隊の全権はミッチャーが握っており、仮住まいといっても絶対の権限を持つ。

いわば一つの艦隊に、二つの司令部が同居していたのである。

 


「これは命令違反ととられても仕方ないのではないか・・・ハワイの司令部の命令を無視する権限は我

々にはないはずだ。」


スプルーアンスは隊内電話でミッチャーに食って掛かっていた。

「そう怒るな、レイ・・・戦いは生き物だ、臨機応変に行かなくてはいかん。それに未だ強大な力を有

する日本空母艦隊がどこに出現するかもわからないのに、戦艦部隊の助っ人として大事な艦載機を廻す

わけにはいかん・・・」


「しかし命令は命令だ。司令部からは戦艦部隊の援護を要請されている」

「なぁに、心配することはない。リーは援護なんか望んじゃいないんだ。トラック沖でも結局援護は無

用だったはずだ。こちらはご丁寧にも援護を出して大損害を被ったじゃないか。戦艦は戦艦同士で決着

をつけるのが常道というものだよ。


まぁ、やつらに空母3隻撃沈の栄誉を横取りされたが、今度は単独で敵空母を片っ端から沈めてやろう

。レイ、責任は自分がとる。君は全力で攻撃のことだけ考えていてくれればいい」


スプルーアンスはしぶしぶ上席指揮官のミッチャーに従うことにした。

ミッチャーにとっては、トラック沖でリー提督から受けた屈辱の仕返しをするいい口実であった。

もしあの時司令部の言うように援護の艦載機を送っていたら・・

戦後よく争点として論じられることになるこの一事は、研究家に大きな論議を提供しているが、米艦載

機の損害は甚大なものにはなっていても、日本艦隊に多大な損害を与えたことは間違いなく、数の上で

も優勢だった米戦艦部隊は多数の大和型戦艦を撃破し勝利をもぎ取っていたであろうと結論づけられて

いる。


しかし、艦載機は送られず、この数時間後には米戦艦部隊は壊滅するのである。

この日、両軍はほぼ同時に艦隊を発見した。

すでに11時近くとなり、航空隊を発進させて攻撃を加えるには、時間的に限定されている。

しかし両軍はこの日が天王山といわんばかりに、持ちうる兵力をつぎ込んだ。

「日本軍は、今までの定石のように戦闘機隊を先行してくるだろう。一つ裏をかいてやろうじゃないか

。敵戦闘機隊にはこちらの直奄機は退避させ、第2次の攻撃隊を攻撃させるんだ。いくら高性能とはい

え攻撃機は戦闘機には弱い。」


「いいでしょう。戦闘機では艦船攻撃は出来ない。肩透かしを食らった戦闘機隊はさぞびっくりするこ

とでしょう・・・」


ミッチャーの案にスプルーアンスも乗った。

「レーダーで敵編隊を察知したら大きく迂回させて後方に誘導します」

「OK、レイ!直奄の指揮は君に任せよう」

ミッチャーは昨日の敗北など棚に上げて、大いに乗り気だった。

なんとしても勝利を自分の手で挙げたかったのだ。

「よし、攻撃隊発進!今回は五月雨式に攻撃隊を送り出す。四方八方から小部隊ごとに攻撃を敢行する

のだ。そうすれば敵の直奄機に補給の隙を与えず、いつかは防御に綻びができる。その隙を突くのだ!



攻撃隊は中隊単位で時間差を置きながら次々と飛び立っていった。

 

 

防空戦

 


児玉次郎は山口機動部隊司令長官の命を受けて、巡洋艦鹿島に乗り込んでいた。


彼は昨日の戦闘終了後、山口に呼び出されて艦隊の防御に手腕を発揮するように言い渡されていた。

「機動部隊同士の航空戦も3回目ともなれば、敵も新戦術を考案して立ち向かってくるであろう。中佐

には防空指揮艦で、直接指揮を取ってもらいたい。敵の攻撃をなんとしてでも防ぎきってくれ。頼むぞ

・・・」


「ご期待に沿えるよう、命に代えて・・・」

次郎は期待をかけてくれる山口に感謝しつつ、自分の役割の重さを痛感していた。

今回の海戦は本当の意味での天王山となろう。

全力を持って艦隊防衛を果たすべく、戦艦部隊を護衛していた木村中将の軽空母部隊を中間海域まで進

出させ、どちらにも即応できるよう取り計らっている。


また輸送船団の護衛に当たっていた、『日進』『瑞穂』『千歳』『千代田』の水上機母艦も軽空母部隊

に合流させ、防空任務につかせることにしている。


水上機では戦闘機に対してほとんど役には立てないが、攻撃機、とくに水面すれすれに張り付かせ雷撃

機を迎撃させるのなら、大きな力を発揮する。


次郎はそこに注目し、今回合流させたのだ。

巡洋艦『鹿島』は当初練習艦として就航した艦で、同型艦に『香取』『香椎』がある。

この3艦は幅広い船体と充実した艦内設備を有していたこともあり、早々に防空専任艦の中枢として白

羽の矢が当たった。


武装は、対空火器以外は取り外され、その代わり最新式電探を何基も搭載、ドイツから導入し八木右作

が具現化した電探管制システムを搭載している。


大小のアンテナ、電探塔が立ち並び、後部艦橋には大きな格納庫を思わせる構造物が付け加えられてい

る。


そこが艦隊の、防空の目であり頭脳でもあった。

現在でいうイージスシステムの走りであったが、空中に対空電探装備の早期警戒機を飛ばし、連携して

敵機発見に努めると共に、同型艦の三艦を楔形に配置し敵機の進入方向、高度、機数を掌握し直奄隊に

有効な迎撃を指示することができる。


今まで、米軍の有効な攻撃を阻止していたのはこの防空専任艦の働きが大きい。

それと同時にこの艦は、最大の秘密兵器でもある。

同艦はそれと悟られぬよう、防空艦隊の中に紛れ込ませていた。

 


山口は攻撃隊指揮官江草中佐にも最終打ち合わせで注意を促していた。


「今回は敵も背水の陣を引いてくるだろう。定石通りに行かぬかも知れぬがなんとしてでも攻撃を成功

させてもらいたい」


「は!私もそう思っております。今回は電探装備の『彩雲』以外にも司令機として『銀河改』を連れて

ゆきます。敵がどんな防御陣をひこうが、早期に察知し必ずや攻撃を成功させて見せます」


『銀河改』とは攻撃機『銀河』を艦載用に特別改良した機で最新式の対空電探と通信設備を有する指令

機である。


大型空母に一機ずつ搭載され、補助ロケットの力を借りて離陸する。

江草はこの一機に搭乗し全体の指揮を取るつもりでいた。

やがて攻撃隊は、全機発艦し米機動部隊めがけて東の空に消えていった。

 


「彩雲一号機から司令機へ・・敵艦隊上空、直奄の戦闘機の姿が見当たりません・・・」


「こちら司令機・・状況把握、付近を捜索せよ」

彩雲一号機は編隊の数十マイル先を先行していた。

米艦隊に接触しようというのに艦隊護衛の戦闘機群の姿が見えない。

これでは戦闘機だけで構成された第一次攻撃隊は空振りに終わってしまう可能性がある。

「やはりな・・・長官が言っておられたように敵も馬鹿じゃない。こちらの攻撃をかわす術を考え付い

たのかもしれない」


そこまで思考を廻したとき、電探手から緊急報告が入った。

「第二次攻撃隊の後方4時方向に別の編隊を発見!かなりの大群です。急速に接近中!」

江草は迷わず第一次攻撃隊の指揮官板谷中佐に緊急電を打つと、同時に増速に転じた。

やはり奴らは新戦術を考えていたのだ。

戦闘機戦ではかなわぬとばかり、直奄機を迂回させ、攻撃機で構成された第二次攻撃隊を強襲しようと

していたのだ。


「初期のころの攻撃隊なら敵の術中にまんまとはまり、我が攻撃部隊は相当の被害を被っていたに違い

ない。しかし今は高性能の電探がある・・・そして強力な無線もある」


第一次攻撃隊の戦闘機部隊が米艦載機群の側面から攻撃できるよう、江草は部隊を誘導させていった。

 

「くそ!どうも見破られたようだ。敵が離脱していく。各隊に命令!全速で敵攻撃隊を追え!一機たち

とも逃がすな!」指揮官のスチュアートは大声で怒鳴った。


15分後ようやく獲物を肉眼で捕らえられる位置についたころ、スプルーアンスからの連絡が飛び込ん

できた。


「スチュアート大佐!敵戦闘機群が我艦隊上空を離脱、そちらに向かっている。十分注意してくれ!」

「仕方がない、隊形が崩れるが全機突撃せよ!ベアキャット隊、先行せよ!」

スチュアートは自らベアキャットを駆って敵編隊に突入していく。

日本軍も護衛の『疾風』が取って返してきた。瞬く間に乱戦になる。

艦攻隊護衛隊長を務める鴛淵孝大尉は、舌打ちをした。

敵機の数は優に150機以上はいる。

それに比べこちらは100機前後・・・そのうちの半数は艦攻隊に張り付いている。

今、敵に向かって突進する友軍機は50機ほどだ。

いかに『疾風』が優れていても3倍の敵に立ち向かうにはいささか力不足に思えたからだ。

「艦攻隊は、全速で回避してくれ!俺たちがなんとしてでも敵を防ぐ」

鴛淵は突進してくる『ベアキャット』に一連射を浴びせると、急反転して数機の敵戦闘機を自分にひき

つけた。


自分を囮にすることで、艦攻隊から引き離そうと考えたのだ。

他の機も鴛淵機に習って自ら囮を買って出る。

護衛機は善戦し攻撃よりも防御に徹して攻撃隊への攻勢を防いでいたが3倍の兵力差は如何ともしがた

く、間隙を縫って突破した米軍機が日本攻撃隊に食らいついた。


最後まで張り付いていた『疾風』が追い払いにかかる。

しかしそこを別の『ヘルキャット』が『彗星』爆撃機に襲い掛かる。

「防御射撃開始!」

シマウマの群れに襲い掛かる猛獣を集団で足蹴りを食らわせるがごとく、『彗星』の戦隊が一斉に旋回

機銃を乱射する。


不用意に近づいた『ヘルキャット』がコックピットを粉々に吹き飛ばされ錐揉みで墜落していく。

またある機は防御射撃のすさまじさに怖気をなして退避にかかる。

しかし重い爆弾を背負った爆撃機が身軽な戦闘機にかなう道理はなかった。

防御射撃を掻い潜ったヘルキャットが彗星に肉薄するとブローニング12・7ミリ機関砲6門を一斉に

火吹かせた。


狙われた彗星が盛大に炎を吹き上げ墜落していく。

また『ベアキャット』の戦隊に狙われた『流星』雷撃機はその抱えてきた魚雷に機銃弾を喰らい、あっ

という間に四散して果てる。


執拗に続く何とか攻撃をかわそうと各戦隊は距離を詰め猛獣の追撃を逃れようと必至であった。

そんな中、一際大型の『銀河改』は日本攻撃隊の中で目立った存在であった。

護衛のため一個中隊の『疾風』が張り付いていたが、機体のいたるところにアンテナを立てているこの

機を、攻撃隊の司令機と見破った米戦闘機群が必要に攻撃をかけてくる。


自らを楯にして護衛機が必至に防戦するも、一機また一機と討たれていく。

「なんとしてでも司令機を守るんだ!」鴛淵は各機に命じる。

今また司令機に銃撃を浴びせようとしたり寄る『ヘルキャット』を追い払ったところだ。

護衛機の中には機銃弾を打ちつくした旨を報告してくるものもいる。

鴛淵自身も機銃弾が残り少なくなっている。

敵の術中にはまったかと思われたその時、救世主は現れた。

江草の誘導で高位置を占めて舞い戻ってきた第一次攻撃隊が、攻撃に気をとられていた米軍機に向かっ

て横槍を入れる形で突入したのだ。


「助かった!板谷ぁ、遅かったじゃないか!」

「すまん!後は俺たちに任せろ!」

米軍機は乱戦の中次々に蹴散らされている。

真っ先に機体を真っ黒に染めた穴吹戦隊が突入、続いて士魂と書かれた個人マークが勇々しい西沢隊が

、騎馬武者が尾翼に書かれた菅野隊が・・・


高みから一撃し、瞬く間に数機を撃墜する日本の撃墜王岩本徹三の閃風が・・・

綺羅星のごとく練達の獅子が空中を舞い、攻撃隊が受けた損害を数倍にもまして、お返ししていく。

「くそ!舞い戻ってきたか・・・もう少し時間があれば損害を拡大させられたのだが・・・仕方がない

、いったん引いて・・・」


スチュアートはそこまで考えたとき不意に横合いから一連射され、唐突に思考を閉ざされた。

炎の尾を引きながら墜落していくスチュアート機の横合いを黒江保彦中尉の閃風が駆け抜けていった。

今なお戦闘機同士の混戦が続く中、日本攻撃隊は新たな護衛機を引き連れて一路敵機動部隊に向けて進

撃を再開した。

 

 


                          
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋼鉄の巨人たち

  111111111111111111                            

写真集

メール

鋼鉄の巨人たち
掲示板