バーグの戦い

 
アーレイ・バーグはひたすら戦闘を避け、乱戦となった戦場から離脱にかかった。

途中、日本艦隊の多砲塔艦の斉射を受け3番艦が爆沈したが、全速力で潜り抜け、敵艦隊の後方に躍り

出た。


スプルーアンスの命令はバーグに戦場を離脱し敵戦艦に必殺の雷撃を食らわせることだった。

『31ノットバーグ』・・・人は彼をそう呼んだ。

大西洋において駆逐戦隊を率い、縦横無尽に戦場を駆け巡り、多くの艦船に雷撃を喰らわせ、欧州海戦

の折には、独戦艦ビスマルクを雷撃で葬り去った実績を持つ。


いつも31ノットで進撃中と報告してくるのでいつの間にかそう呼ばれるようになった。

しかし、勇猛果敢な歴戦の駆逐戦隊司令官であることに代わりはない。

乱戦を切り抜けたバーグの戦隊は全速力で日本戦艦部隊のあとを追った。

「レーダーにて敵艦隊捕捉!距離3万!」

「よし、全艦31ノットで進撃!やつらのケツに思いっきり魚雷をぶち込め!」

バーグは勝利を確信した。

なぜなら、戦艦部隊の周りには、駆逐艦などの補助艦艇が守りを固めていないからだ。

戦艦の巨砲は確かに駆逐艦にとっては大変な脅威である。

一撃を喰らっただけでも、当たり所により轟沈の憂き目を見てしまう。

しかし駆逐艦には戦艦の最大の弱点、喫水線下の攻撃を行なうことができる。

つまり戦艦にとって駆逐艦は最大の脅威なのである。

「我が戦艦部隊はどうやら敗北した模様です。詳しい戦況は分かりませんが、壊滅的な損害でしょう」

「うむ、この戦いは負けたかもしれん・・・。しかし一矢を報いなければ退くに退けないだろう。なん

としてでも戦艦の1,2隻はこのバーグが血祭りに上げてやる」


「『マサチューセッツ』が袋叩きになっています。日本艦隊は旧式の戦艦ですが射線から言ってターゲ

ットには最良でしょう」


「よし、最後尾のフソウ型戦艦をやる。全艦雷撃態勢、魚雷戦用意!」

バーグは最後尾を走る戦艦『扶桑』に向かって突撃を開始した。

 


扶桑
日本戦艦  アーレンバーク提督の艦隊に肉薄され損害を被るも
マサチューセッツ撃沈に一役買った。
大井
重雷装艦  扶桑に肉薄する敵艦隊の盾になり沈没した。



「後方より、敵駆逐艦接近、艦数7!距離2万8千!」


『扶桑』艦長小西大佐は、予期していたといわんばかりに即座に対応した。

「全高角砲、目標敵駆逐艦!管制射撃はじめ!」

『扶桑』型はじめ、昭和初期までに建造された戦艦群は、近代戦に合わせて大幅な改良がなされていた



機関部の改良は速度の増加をもたらし、防御力は主要区画を中心に行なわれ、攻撃力は電探管制により

著しく命中率を向上させた。


その代わり携行弾数は約半分になり、ケースメイトの副砲もすべて撤去している。


小型艦船に対しての攻撃は高角砲が兼務することになっている。

左舷にある高角砲が駆逐艦隊にむけて一斉に火を吹いた。

駆逐艦隊の周りには、いくつもの水柱が絶え間なく吹き上がる。

やがて命中弾と思しき閃光が、敵艦から上がる。

4番艦に立て続けに命中弾の閃光が走り、艦橋や第一煙突が穴だらけになり吹き飛んだ。

続く6番艦も主砲塔に命中したのだろう、黒煙を上げ始めた。

しかし12センチ砲弾では爆沈させるほどの威力はなく、敵の進撃を食い止めることが出来ない。

後部主砲塔がめい一杯俯角をかけ駆逐艦隊に向かって砲弾を放つが、一万を切った距離では直撃しなけ

れば飛び越してしまう。


「くそっ」小西艦長は地団駄を踏みながら戦況を見守っている。

「艦長!後続の『大井』が前に出ます!」

「なに!我々の縦にでもなろうというのか!」

『大井』は片舷20本の魚雷を放てるように改造された重雷装艦である。

その攻撃力は駆逐隊1個小隊に匹敵し、艦隊決戦の切り札として期待されていた。

しかし、船体の3分の2に雷装を施しているため、雷撃前に攻撃を受け、万が一装てん中の魚雷に命中

すれば誘爆によって木っ端微塵になってしまうことだろう。


まさに諸刃の剣を身にまとう艦種といえた。

『大井』は全速力を持って『扶桑』と米駆逐艦の間に分け入ってきたのである。

 


「全艦魚雷発射後、速やかに退避せよ!魚雷発射!」バーグは距離2000まで肉薄すると魚雷を発射

し遁走にかかった。


「指令!後続の巡洋艦が射線内に飛び込みます!」

「くそ!余計なことしやがって!しかしすべては防ぎきれまい、やつも道ずれにお陀仏た!」バーグは

強がりを言って見せたが、2艦とも撃沈できるはずだと読んでした。


一艦につき10本、発射前に破壊されたものを除いて55本の魚雷を次々に投下し急速反転していく。

 


『大井』は自らをたてにするため戦艦『扶桑』の前面に躍り出ていた。


『大井』艦長円谷中佐は艦橋内で仁王立ちになっていた。

「こちらもただでやられるわけにはいかない。左舷、敵退却路に向け魚雷発射!」

『大井』は片舷20本の魚雷を敵艦予想進路上に向け発射した。

しかしその直後、悲劇が訪れた。

5本にも及ぶ米軍の魚雷が『大井』に突き刺さったのである。

もともと5500トン級の軽巡、しかも艦齢30年を超える老朽艦にこの衝撃が耐えられるはずがなか

った。


水柱が高々と上がったと思う間に、ひときわ輝く閃光が走ると、それは大きな火球に変わり一気にはじ

けた。


かつては船体の一部と思われる鉄片が宙高く舞い上がり、水兵と思われる人型の物体がくるくる回りな

がら飛んでいく。


鉄片は『扶桑』の上にも降り注ぎ、バラバラ音を立てている。

『大井』は本来敵艦に叩き込むはずだった右舷側の魚雷も誘爆させて跡形もなく吹き飛んだのだ。

それは壮絶な最後であった。

火柱は天高く立ち上り、ばらばらになった船体は沈むというより消し飛んだと言ったほうがいいだろう




その光景は『扶桑』艦上からも見て取れた。

艦長の小西は、壮絶な最後に言葉もなく立ち尽くしていたが、副艦長の報告で我に返った。

「中央部と後部に魚雷2発命中、応急斑を出しました!」

「速力落とせ!被害状況知らせ!」

あまりの出来事に、自艦が被雷したのに気がつかなかったのである。

 

バーグは艦上でその光景を見てガッツポーズをとっていた。

軽巡爆沈、戦艦にも少なくても2本は命中したはずだ。

沈没とまではいかなくても『マサチューセッツ』への攻撃どころではないだろう。

「全艦離脱!」

「よし、このまま戦場を離脱するぞ」

バーグは意気揚々だった・・・3番艦が突然爆発するまでは。

「3番艦、5番艦に魚雷攻撃!炎上しています!7番艦にも水柱!」

バーグは目を剥いた。

「我が艦に魚雷接近!回避間に合いません!」

見張り員は報告するや否や逃げ出した。

魚雷が命中した瞬間、バーグはじめ、すべての艦員が投げ出された。

どれほどの時間がたったのだろう・・・バーグが再び意識を取り戻したとき、艦は完全に停止し、傾い

ていた。


僚艦がどうなったのか知る術もない。

よろよろと立ち上がったがそこには絶望的な光景が広がっていたのである。

高さ5〜60メートルはあろうかという水柱が艦を覆っている。

雷撃のお返しとでも言うかのように戦艦の主砲弾が降り注いでいる。

もう31ノットで走ることの出来ない自分に、バーグは確実の死を悟った。

 




巡洋艦隊同士の艦隊戦は水雷戦隊をも巻き込み、彼我入り乱れての乱戦となった。


お互い目視で打ち合うという近距離砲撃のため、装甲板は打ち抜かれ機関砲まで動員した壮絶な打ち合

いになってしまった。


しかし、露天で打ち合っていた兵員は吹き上がる水柱に飲み込まれ、いつの間にか姿を消している。

どの艦も火災を起こしていないものはなく噴煙は船体を真っ黒に焦がしていた。

ただでさえ黒煙で視界が利かないのに、終盤に差し掛かるにつれて辺りはまるで闇夜のように暗くすす

けていた。


米巡洋艦『マイアミ』は上部構造物をあらかた破壊され喫水線下の損傷のためまもなく機関室に浸水し

てしまうだろう。


そうなれば、動くこともかなわず沈没は免れない。

『マイアミ』艦長マクレガー中佐は靄の彼方にちらりと敵巡洋艦の艦影を認めた。

距離は1500メートルも離れていないだろう。

「我々はもう帰れない・・・君たちの命をくれるか?」

マクレガーは幕僚に振り向き問うた。

ほとんどのものが傷つき、息絶え絶えの者もいる。

艦長が何をしようとしているのかを悟り、沈黙で頷き返した。

「機関長全速前進、目標前方敵巡洋艦!」

『マイアミ』はうなりを上げ、波を切り始めた。

 


装甲巡『利根』はマスト折れ、至る所に直撃弾の痕跡を残し満身創痍の状態で漂っていた。


機関室が損傷したため10ノット程度しか出ない。

僚艦の『筑摩』とはすでにはぐれ、連絡も取れない。

しかも悪いことに電探室が破壊されたため、この黒煙の中を有視界にのみ頼りにして航行していた。

「左舷、敵巡洋艦!距離600!突っ込んできます!!」

指令部員一同は一斉に左舷に走り寄った。

そこには炎と黒煙を引きずりながら急速に接近してくる米巡洋艦があった。

「全砲門、左舷の敵を撃て!急げ!」

砲塔が旋回するがこんな時は妙に遅く感じる。

栗田司令官は衝突を覚悟した。

「全員衝突に備え!!」

グゴゴ―ン!!!!

左舷中央部にまともに『マイアミ』の艦首が突き刺さり船体を強制的に押し倒す。

すべてのものが押し倒され、中には打ち所が悪く絶命するものもいる。

裂け目から海流がなだれ込みもはや人力で海水を吐き出させるのは不可能に思えた。

『利根』の砲術員は最後の力を振り絞って完全に停止している『マイアミ』にその砲口をあわせると、

死ねとばかりに引き金を引いた。


栗田司令官はよろよろと立ち上がったが、見ると『マイアミ』の前部砲塔が微妙に動きながらこちらに

砲口を向けている。


栗田が目を見開いた瞬間、意識は完全に切断された。

一弾が艦橋を直撃、生きるものも死するものも一瞬のうちに蒸発する。

お互いの砲塔はほぼ同時に距離ゼロより相手に打ち込み、最後に残った構造物を破壊し尽くす。

両艦は紅蓮の炎に包まれ絡み合いながら沈んでいった。

 




 

遅すぎた到着

 


「まだ連絡は取れないのか」


第2戦艦群を指揮するジョン・マッケィン中将は苛立たしげに通信員に怒鳴りつけていた。

彼の率いる戦艦群は旧式化が著しいが、かつてはビックセブンといわれ長門級と共に世界に君臨した

『メリーランド』『コロラド』をはじめ、『オクラホマ』『ネヴァタ』『ペンシルバニア』『テネシー

』『カリフォルニア』で構成されている。


初戦こそ日本艦隊に向けて、砲火を交えていたが、第5射を放った時点で第一戦艦部隊の増速により完

全に戦場から取り残されてしまった。


所詮21ノットが限界の旧式艦である。

さらに悪いことには『ネヴァタ』が『山城』の36センチ砲弾を艦尾に受け機関室を損傷、艦隊速力は

『ネヴァタ』に合わせて15ノットに落としていた。


キンメルも大いに当てにしていたわけではない。

しかしその砲力は全艦で16インチ砲16門、14インチ砲60門で、決して馬鹿にならない戦力であ

る。


国運をかけるこの一戦に参加させずにはいかなかったのである。

各所で激戦が繰り広げられている間、米第二戦艦群の周りだけが空白地帯であった。

「右舷2時方向、巡洋艦群!す、すごい、艦隊同士の白兵戦です」

「司令官、味方の援護をいたしますか?」

「いや、あれだけの乱戦では同士討ちの危険がある。今は一刻も早く主力部隊に合流し、日本戦艦群を

撃滅しよう」


参謀長の具申を退け、マッケィンは先に進むことを主張した。

マッケィンはあせっていたのである。

このまま何もしないうちに米軍の勝利になってしまうことを・・・

まったく役に立たなくなったおんぼろ戦艦を率いた無能の提督・・・

自分に向けられる評価を想像してマッケィンは背筋が寒くなった。

「いそげ!急ぐんだ!」

出来ることならマッケィン自らが艦の後ろを押したいくらいだった。

そのくらい近代戦では鈍足過ぎたのである。

「いつも目にかけているといっていたくせに、こんな二線級に追いやりやがって!」

マッケィンは心の中で恩師のキンメルを呪った。

 

メリーランド
マッケイン率いる第2戦艦群旗艦
新世代の日本戦艦に抗う術もなく、一方的に叩かれ敗れ去った。


「長官!敵第2戦艦群を捉えました。距離4万、この進路ですと『イ』の字を描いて頭を抑えられます



「よし、進路そのまま。敵もおめおめと頭は取らせまい。敵の動きに合わせて同行戦に移ろう」

権道は角田長官に歩み寄ると戦術の提案を試みた。

「先頭にいるのはおそらく16インチ砲搭載の『メリーランド』と『コロラド』でしょう。全艦でこの

2
艦に砲撃を集中させ、一気に撃滅、戦意を挫いてはいかがでしょう。命令系統も壊滅させれば後は烏

合の衆、各艦一隻づつを相手取り徹底的に粉砕します。全艦撃沈して米国市民の戦意をも挫きましょう



角田は横目でちらりと権道を見た。

(恐ろしい男だ・・・戦局をこれからの経戦も含めて戦略的に分析している。山本さんはえらい男を見

つけ出したものだ・・・)


角田は背筋が寒くなるのを感じたが、それが最良だろうと考えている。

「よし、それでいこう。『尾張』、『信濃』は敵一番艦、『武蔵』『大和』は敵二番艦、『陸奥』は後

続の戦艦群を牽制せよ」


矢継ぎ早に命令を下すと、権道にそっと耳打ちした。

「君はこうなることを予期していたのか?」

「いえ、米軍は強い・・・たまたま運が良かったのだと思います。キンメル提督の作戦ミスを我々はう

まく付くことができました。まだ戦いが終わったわけではありませんが、完勝でくくれたらと思います

。米軍は今回の戦いを徹底的に分析して、また挑んでくると思われます。叩けるときに徹底的に叩きま

しょう。厭戦機運を芽生えさせることがこの戦いの勝利になると思っております」


角田はゆっくり頷いた。

 


この日、二度目になる戦艦同士の艦隊戦を報告する米軍将兵は少なかった。


なぜなら米軍の背走時に偶然にも駆逐艦に救助された人員以外、パールハーバーに帰島した第二戦艦群

の生き残りがいなかったためである。


(戦後、日本軍に救助された将兵は相当数いて帰国を果たし、第二戦艦群の悲劇というエピソードは、

日本の武士道という美談へと変わっていくのだが・・・)


海戦直後の帰還者は7名、艦隊総員二万五千名からの幸運の持ち主である。

戦況報告は悲惨なものであった。

『ペンシルベニア』で航海士を務めていたワーナー中尉の報告がその状況を正確に伝えている。

「海戦は『メリーランド』の砲撃から始まりました。まだ距離は、3万5千はあったのではないでしょ

うか。


同行戦に入るため変針途中でした。艦隊司令部からの命令?・・・そんなものはありません。たぶん司

令部はパニックになっていたのではないでしょうか。


遠距離からの砲撃はまったく的外れ・・・しかしその報復は艦隊の誰もが絶望を感じざるを得ないほど

の衝撃でした。


『メリーランド』と『コロラド』は敵艦の集中砲撃にあったのです。水柱の高さは艦橋より高く吹き上

がり、その衝撃は5番艦に位置する『ペンシルベニア』にも伝わってきました。16インチ砲搭載の2

艦の運命は5分もかからず決まりました。旗艦の『メリーランド』は第2斉射で狭叉され、第3斉射で

5〜6発の巨弾が命中しました。


あっという間でしたよ。たぶん弾薬庫の直撃があったのでしょう。あっという間に全身松明のように紅

蓮の炎に包まれていました。


『コロラド』はもう少しましでした。しかし各砲塔を次々に粉砕され、艦橋がへし折れ水柱と火柱が交

互に上がり、まさに地獄絵のようでしたよ。そういう意味で『メリーランド』の方がましだったのかも


しれませんがね。


しかしその後の戦いは一方的なものでした。『ペンシルベニア』も大和型3番艦に14インチ砲12門

で応戦し、艦上に少なくても5発は命中していたはずです。


しかし敵弾のヘビーパンチに引退間際のライト級ボクサーが耐えられるはずもありません。一発の命中

で確実に戦力をそがれていくのが分かりました。それに引き換え命中の手ごたえを感じでも何事もなか

ったように砲撃を繰り返す敵に恐怖すら感じました。


すべての砲塔が沈黙し炎に包まれながら停船するのにそれほどの時間はかからなかったと思います。程

なく総員退艦の命令が下り、我先にと逃げ出しました。


臆病者といわれても仕方ありません・・・あんなすごい砲撃と破壊力を見せ付けられればどんな強者で

も理性を失います。


退艦中も砲撃は止みませんでした。水柱が上がるたびに将兵が5〜60人吹き上げられるのを見ました

。まさに地獄絵です。


板切れにつかまって九死に一生を得た私は、松明のように燃え盛りながら停船している戦艦に巡洋艦が

近寄り、まるで最後の介錯でもするように魚雷を叩き込んでいる光景を見ました。それは雷撃専門の巡

洋艦だったような気がします。


また意識が薄れていきましたが、体が板切れに引っかかっていたために溺れずに済みました。あの海戦

で生き残ったこと自体奇跡としか思えません・・・」


戦後ワーナー中尉はこのときの体験を本につづり、反戦映画を製作、これが大ヒットし一躍名を馳せる

ことになる。

 

 


幕引き

 


長い一日もようやく終わりを告げようとしている。


日は大きく傾き、南海の空を夕日がオレンジ色に染め上げている。

指揮権を掌握した角田は全軍に向け、敗走中の敵艦に対しての徹底的な掃討戦を命じていた。

ここは武士の情け、敗走のままにさせてはどうかとの具申もあったが、権道の強い主張を聞き入れ完全

殲滅の道をとった。


「敵にこれ以上の打撃は無用といいますが、彼らは甦り、必ず我々の前に立ちはだかるでしょう。一艦

でも一兵でも敵の戦力を損失させることで、明日からの戦いはより有利になります。叩き潰してしまい

ましょう。二度と戦場に出たくないと米国民が思うまで」


権道の主張であった。

遁走を図る米軍には上空からも容赦なく銃撃が加えられていた。

大方の対空砲を失った艦艇はなす術もなく艦橋内に銃撃を喰らい命令系統を破壊され停船をする。

日本軍生き残りの巡洋艦や駆逐艦は敵艦に追いつくや、抵抗するものには砲撃を食らわせ、敗北を認め

停船するものには武装解除を行なった。


しかしどの艦も将兵を降ろすや否やキングストン弁を開き、自ら海没していく。

 


闇夜が迫ってきていた。


波間には彼我の将兵の生き残りが、まだ多く漂っている。

角田は掃討戦終了を宣言すると敵味方関係なく一人でも多くの生存者を救出するように命じた。

このため多くの米軍将兵が助けられ、戦後帰国を果たすことが出来た。

史上最大の海戦は幕を閉じた。

勝利を勝ち取った日本軍も多くの艦艇を失いまた傷つけ、帰途に着く。

ただ戦場を常に支配でき、またマリアナにも近かったため、航行不能に陥った艦艇も相当数回収できた



それに引き換え米軍は日本軍の追撃をかわし何とか生き延びた少数の艦以外は置き去りにされ、後に海

没処分とされている。

 


スプルーアンス提督の『ファーゴ』は相次ぐ命中弾のためぼろぼろになりながら、何とか戦場離脱に成

功した。


南雲提督の『摩耶』との打ち合いはお互いに命中弾を送り続け、相打ちのまま離脱にかかった。

その後も敵駆逐艦、装甲巡との戦いも多数の命中弾を喰らうも、機関室への被害がなかったおかげで、

辛くも脱出に成功したのである。


彼につき従う艦は巡洋艦3隻と駆逐艦5隻に過ぎない。

「司令官、大丈夫ですか?」

スプルーアンスはかなりの傷を負っていた。

時として気絶しそうな意識を何とか振り絞って、艦隊脱出を指揮していた。

「今回は完膚なきまでに叩かれてしまった。全滅といってもいいほどの損害、しかしこの教訓を活かさ

なければならん。そのためには絶対に生きて帰ることだ・・・」


日本軍の勢力範囲を脱出したと判断したスプルーアンスは、パールハーバーに非常事態と艦隊の壊滅を

打電した。


明日にはハルゼーの機動部隊が護衛をして帰還できるだろう。

海を圧したキンメルの太平洋艦隊は完敗し、海に潰えた。

しかしアメリカの工業力は短期間で力を回復するだろう。

スプルーアンスは次への戦いのため生き延びる道を選んだのだ。

「指令、もうお休みください。もうここまでくれば安全圏ですから・・・」

スプルーアンスはこの日初めて緊張感から開放されて深い眠りについた。

 




ハルゼー率いる機動部隊もなんら成果を挙げることなくハワイへの帰途についている。

明日はスプルーアンスの残存艦を護衛することになっている。

今日一日の戦いは彼にとっても悪夢としか言いようがない。

海戦の一番槍とばかりに勇躍敵戦艦群に向かった艦載機は、日本軍の奇策とでも言うような迎撃に遭い

、攻撃が成功しなかったばかりか、大損害を被って敗退した。


参加機の3分の2強を失い多くの機が傷ついた。

日本軍はマリアナに1200機にも上る戦闘機を用意していた。

この大編隊をタイミングよく繰り出し我が軍の前に立ちはだかったのだ。

しかし日本軍は、米空母部隊には、ついに攻撃をかけてこなかった。

米空母部隊は、日本機動部隊攻撃用に、または自艦上空の直奄のためついに航空部隊の半数を攻撃に参

加させずに終わってしまった。


引き続き攻撃隊を繰り出していれば防御の間隙をぬって、ある程度の戦果を上げられたかもしれない。

『攻撃的攻撃』・・・ハルゼーがもっとも得意とした戦術であった。

しかし、その戦術はキンメルによって制御されていた。

『日本機動部隊の攻撃から太平洋艦隊主力を守れ』これがハルゼーに与えられた最優先命令であった。

ハルゼーは、航空戦では序盤に過ぎない本日の戦いで後退しなくてはいけないことに、不満を持ってい

たのだ。


彼の率いる正規空母8、軽空母2は全艦無傷、航空機も今なお600機前後が作戦可能な状態にあった

のである。


夜も更け明日の作戦をねっていたころ・・・「提督、只今出所不明の通信をキャッチしました。敵機動

部隊と遭遇、空母10隻を含む。位置マリアナ北東900海里、ワレ、交戦中!・・・」


ハルゼーは色めきたった。

やはりいた・・・今度こそ宿敵、日本機動部隊を捉えたのだ。

どうしても補足できなかったため、もしやいない敵のために神経を摩り下ろしていたのでは・・・とい

うのは杞憂に終わった。


敗走中の艦船が、偶然にも日本艦隊と遭遇し援助を求めてきたのかもしれない。

千歳一遇のチャンスだった。

今は彼に命令するキンメルもいない・・・彼は自分の意思で行動できるのだ。

ハルゼーの答えは簡単かつ明瞭だった。

「全艦反転!マリアナ沖を遊弋する日本機動部隊を殲滅する。徹底的に叩くのだ、ジャップを地獄に送

り込んでしまえ!」


ハルゼーに気力が戻ってきた。

飯を食うことより戦いが好きなこの男に、睡眠は必要なかった。

明日の夜明けから始まるであろう空母戦に心を躍らせていたのである。

「見ていろよ、ジャップ!今日の仇は明日何倍にもして返してやる! しかし礼も述べておこう・・・

ワシの目の上のタンコブ(キンメル)を取り去ってくれたのだから」


最後の言葉を心の中でささやいて一人ニヤニヤと、ほくそ笑んだ。

史上最大の海戦は第2ラウンドのゴングを迎えようとしていた。

戦後、この謎の通信文の出所に戦史家は注目したが、ついに掴めなかった。

戦史の七不思議に数えられるこの通信文は最大の悲劇の引き金になったのである・・・。

 



                           
   







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