凄惨の海

 


米第2時攻撃隊は、途中日本軍の攻撃機軍とすれ違ったが、


お互い手出しをすることなくすれ違った。

ここで相手に手を出すことは、攻撃機を守るべき戦闘機を消耗してしまう。

しいては、敵の直奄機によって大きな被害を被り、攻撃そのものが失敗に終わる可能性が高い・・・お互

いの指揮官がそう判断したからこそあえてすれ違ったのだ。


ミッチャーの第一次攻撃隊は、どうも失敗したらしい・・・

無線士の報告から、そのように推定した第2次攻撃隊指揮官フォスター大佐は、

日本軍の護衛機は北方につり出されているはずだ・・・

との判断から進撃路を大きく迂回させ、敵艦隊の南から侵入させることにした。

さらに部隊を半分に分け時間差をおいての攻撃フォーメーションを指示した。

 


「対空電探に感・・・艦隊南方より敵機多数!進撃中」


報告に、山口多聞は目をむいた。

南方に新たな敵か・・・

「わが艦隊の南方には艦隊は認められません。我が第2時攻撃隊が、敵航空部隊とすれ違ったとの報告が

入っております。迂回をしての攻撃かと・・・」


「参謀の具申も一理ある・・・。直奄隊に至急連絡!」

「敵第一波の阻止に残弾が少なくなっていると思います。半数を至急収容し補給をさせてはいかがかと・

・・」


「敵の攻撃が迫っている・・・航空参謀、間に合うと思うか?」

航空参謀はやや思案した挙句、

「非常に微妙とは思いますが、弾がなくなれば、阻止することが出来ません」

ここは臨機応変に残弾の少ない機だけを所属に関係なく空母に降ろし、補給のなったものから迎撃に当た

らせるというのはいかがでしょうか・・・」


山口は不安に駆られながらもそれしか有るまいと許可をした。

ほぼ米第一波を撃破した直奄隊は南方に現れた新たな敵に向かって翼を翻した。

 

あともう少しで艦隊上空に差し掛かるというところで、前方を黒い雲のよう立ちはだかる

戦闘機群を見て、フォスター大佐は舌打ちした。

「やつらの防空システムは侮れん・・・我が軍と同等、いやそれ以上の防空システムを有しているのかも

知れん・・・」


F8ベアキャットやF6ヘルキャットの護衛機がフルスロットルで突きかかっていく。

目前では見慣れた戦闘機同士の空中戦が始まったが、相変わらず落ちていく機も星のマークが多い。

技量の差はいまだ縮まらず、むしろ開いたように思える。

防衛網をつきぬけ、フォスター率いる攻撃隊にも、攻撃を浴びせる日本機も現れ、徐々に数を減じていく



この頃では日本機の性能やパイロットの技量を過大評価して、戦う前から逃げ腰になってしまう米軍パイ

ロットが増えた。


中には遁走を図るパイロットも少なくなく防衛網を破られたとみるや、

かってに編隊をといて逃げ出す機が後を立たない。

そんな絶望的な状況の中、マリアナにも参戦したフォスターは日本軍の射撃が

妙に慎重になっているのに気がついた。

「奴らが第一次攻撃隊も迎撃しているのなら、残弾数が少ないのかもしれない・・・」

迎撃機数も80機、普段は倍する迎撃でお出迎えなのに、もしかしたら・・・

「リトルボーイ隊は出来るだけ逃げ回って敵をひきつけろ!敵は残弾数が少ないはずだ!

その隙にチャーリー隊が攻撃をかける・・・いいな!」

フォスターは千載一遇のチャンスを得たことを実感した。

「大佐!後ろに敵機!」

フォスターは鈍重なヘルダイバーを右に左にと退避にかかる。

「て、敵は撃ってきません!」

「やはり!」フォスターは勝利を確信した。

 

赤城
当初、巡洋戦艦として計画されたため山名がつけられた空母
空母創設期のため古めかしい艦容だが『加賀』と共に最大積載機数を誇った
蒼龍
日本初の本格的中型空母




小沢冶三郎中将の第3機動部隊は艦隊の中でも最南に位置していた。


旧式ながら最大艦載能力を有する赤城 加賀、中型空母蒼龍、護衛空母翔鳳よりなる。

山口提督の指示で弾薬切れの戦闘機を収容し、弾薬を補給、各艦大慌てで出撃準備をしていた。

「敵編隊接近中!」

「発艦はまだか!」

小沢は苛立ちを隠せず甲板を注視していた。

戦闘機はすでに並べられていたが補給はまだ完了していない。

格納庫に収容している時間がないため、甲板上で弾薬の補給をしていたのだ。

「あと5分で完了します」

「翔鳳より入電、準備完了!」

「よし、発艦せよ!」

「加賀は遅れている模様です」

「急がせろ!」

第3機動部隊は最も敵攻撃隊の近くにあるため攻撃を受ける可能性が高い。

外郭の護衛駆逐艦から高角砲が撃ちあがり始めた。

まもなく各空母も盛大に火線を上空に打ち上げる。

防空戦艦に生まれ変わった榛名が全身を真っ赤に染めながら全砲門を開く。

主砲が咆哮し、敵前で三式弾は爆発した。

電探管制された砲弾は敵編隊中央で炸裂、榴弾が米軍機に降りかかり一度に十数機が炎に包まれた。

「雷撃機接近!4時方向!」

「降爆、2時方向!」

電探が捕らえた目標を指揮所が驚異度によって振り分け、指示をしていく。

37ミリ4連機関砲がうなりをあげて雷撃機を捉える。

まともに食らったアベンジャーが力尽きて波間に吸い込まれて盛大に爆発する。

護衛の秋月型の高角砲が水面を打つと、水柱に雷撃機が突っ込み一瞬にして波間に消える。

防空戦艦榛名が再び三式弾を発射して、今まさに急降下に移ろうとしていたヘルダイバーの小隊を一網打

尽に撃ちとる。

 



今海戦時、金剛型の各戦艦は防空艦として大幅に強化がなされていた。


艦齢30年を迎える旧式艦では、艦隊戦では時代遅れになっている。

廃艦との意見もあったが、旧式巡洋艦が防空艦に改装されるに当たり、金剛型もまた、強力な防空専任艦

として注目を集めることとなる。


当初、主砲をおろし高角砲と機関砲で武装する案もあったが、用兵上、使い道が限定されるとのことで、

新開発3連装30・5センチ砲を3基搭載し、強力な対空兵装に身をまとう姿に生まれ変わった。


今また空母群の中に割って入り、接近するアベンジャーの一隊を強力な防御射撃で粉砕する。

鬼神のごとくの働きに如何に米軍といえど手出しは出来ぬかと思われた。

「長官!発艦準備整いました!」

「よし直ちに発艦!」

信号手の合図で一番機が滑走路を滑り出す。

各空母も対空戦闘真っ只中ではあるが攻撃の合間を縫って緊急発進する姿が見て取れた。

 

 



「ジョン、日本空母が回避運動を止めて艦載機を発艦させいるぞ!


「ジミー、チャンスだ!標的のように直進している!俺にだって命中させられるぜ!」

「ヘルダイバー隊!攻撃せよ!攻撃せよ!」

チャーリー隊を預かるエバンズ中佐はいまだ生存している全機に対して攻撃を命令した。

如何に対空電探が発達し敵機の進入を阻止するシステムを確立していても、雷爆同時攻撃に対空火器の絶

対数が不足していた。


日本艦隊はひっきりなしに突入してくる雷撃機を片っ端から粉砕していたが

上空より忍び寄る刺客には抗すべき火線が不足していた。

少ないチャンスを米軍は見逃さなかった。

 



「上空、降爆!」見張り員の絶叫に指令部員皆が目をむいた。


高角砲が、機関砲が必死に照準を上向ける。

猛烈に砲弾を打ち上げた頃には、まっしぐらに急降下を始めていた

急降下爆撃機のダイブブレーキの甲高い音と機関砲の猛り狂う弾幕音が交響曲のようにあたりを支配する



「退避―!」甲板で待機していた搭乗員が一斉に機から降りて避難所に走り出した。

ドドーン!ドドーン!・・・ヴァーン!ブァーン!

3機目まで撃墜に成功したが4機目以降の降爆を許してしまった。

そしてその一弾が赤城艦上に立ち並ぶ戦闘機群のど真ん中に落ち爆発した。

今まさに発進をしようとしていた戦闘機は爆風により艦上から転げ落ち、あるいは自らの燃料に引火、盛

大に炎に包まれ吹き飛んだ。


赤城はその後も2発、合計3発の直撃弾を食らい甲板はめくり上がり航空機の残骸と引火した炎で巨大な

松明と化してしまった。


呆然と立ち尽くす小沢に、

「加賀2発被弾、火災発生! 蒼龍4発命中!あ、翔鳳、被弾しました!」

見張り員は涙声で必死に報告をする。

「おのれ!」

小沢は眼力で火を消そうとでもするかのように、怒りに満ちた目で炎上している

4隻の空母を見据える。

「被害報告知らせ!防火要員ならびに手空き員は消化に務めよ!」

艦長の伊藤大佐は部下に命令すると

「万が一のことがあります。司令部は退艦の用意を・・・」

ようやく落ち着きを取り戻した小沢は、

「指揮官が真っ先に逃げ出しては指揮にかかわるよ。有難いがここはいま少し踏ん張らしてもらおうか・

・・


それよりもこれ以上の被害は命取りになる。敵の雷撃はくれぐれも受けないよう指令してくれ」

当時の日本人としてはかなり大柄な小沢は強面の顔も相まって、鬼瓦の異名を持っていたが、優しい言葉

使いと裏腹に、その気迫が倍したのではないかと思われるほどの威圧を放っていた。


伊藤艦長は後ずさりしながら、何が何でもこの艦を救わなくては・・

さもなくば目の前にいる鬼瓦に食い殺されるのではないかと錯覚するほどの恐怖を覚えた

 




一方フォスター大佐率いるリトルボーイ隊は日本軍の攻撃にさらされ、大きく数を減じていたが絶対数

が不足していた日本軍のおかげで、振り切った部隊が加来止男中将率いる第
6機動部隊に殺到していた。

「雷爆同時攻撃でいく。空母をしとめるぞ!」

フォスターは自ら一隊を率いて身近にいた空母に向けて急降下を仕掛けた。

激しい弾幕で僚機が次々に撃墜されていく。

フォスターの機も弾幕で飛び散った破片を受け機体が破け、外気がまともに吹き込んでくる。

「まだまだ!こんなことでやられはせん!」

高度計がくるくる回転し速度が増す。

「高度500、よし投下!」

操縦桿をぐいと引き、軽くなった機体を上方に転じる。

血の気が引くのがわかる。

気を失いそうになりながらも懸命に離脱にかかる。

後を追うように弾幕が追いすがっては至近で爆発したが何とか弾幕圏外に逃れることが出来た。

「やった、2発命中!」

電信員が歓喜する。しかし後続機はほとんどが撃墜されたようだ。

他はどうなっているか見渡したが目だった戦火はあまりないようだ。

ここでも雷撃機はほとんどが撃墜されたようだった。

「よし、集合をかけてくれ」

「アイ、サー・・・た、隊長!・・・」

絶叫とともにバリバリと機体に衝撃がはしった。

一瞬のうちにフォスター大佐の意識は消滅し、機体は四散した。

各機動部隊、及び早い時期に飛び立った第三機動部隊で補充を完了した戦闘機が

恨みを晴らさんとばかりに残存の米軍に襲い掛かる。

逃げ遅れた機は次々に怒涛の攻撃の前に屍をさらしていく。

 


ようやく蹴散らしに成功した頃、北の空から米空母攻撃を終えた味方編隊が帰還してきた。

 



「小沢指令からの連絡は入ったか・・・」


「は、ただいま入りました。懸命の消火活動の甲斐があって鎮火に成功の模様ですが

赤城、は自力航行が依然不能のようです。

また翔鳳の沈没を確認しました。

蒼龍は被害が大きく10度ほど傾斜、予断を許さないと報告が入っております。

加賀は10ノット程度ですが、可能な模様。

第六機動部隊の雲仙も被害を被りましたが、航行には差し支えないようです。」

「なお、小沢指令は第三機動部隊に残り指揮を取るとのことです」

 


「自沈を促しますか・・・」


「いや、なんとしてでも内地に持ち帰る。曳航準備を指令してくれ。それと・・・」

「それと?」

「小沢さんには帰還したら酒を飲み交わそうと・・・」

山口は責任感の強い小沢が万が一のときに責任を取って自決するのを危惧したのである。

機動部隊本体は一度南下をし、戦力を立て直した後、この海域に戻ってくる予定である。

如何に敵主力を引きつけるか・・・

山口の脳裏には新たな展開が投影図のごとく浮かび上がっている。

作戦は第2段階にはいっていた。

 





追撃

 


「艦載機からの連絡が入りました。大戦果です!」


スプルーアンスの旗艦、タイコロデンガUでは歓声が上がっていた。

「空母5隻に命中弾、撃沈破の模様、その他大小艦艇を撃破したとの報告です。」

「正確な戦果はわからないのか・・・」

歓声を上げる将兵とは異なり、スプルーアンスは正確な報告をほしがっていた。

マリアナで巡洋艦隊を指揮して奮闘した彼は日本艦隊の力を侮っていなかった。

やつらはいまだに大きな戦力を有している。

必ずや無傷で残る第58任務部隊を攻撃してくるであろう。

しかし、日本戦闘機によりかなりの戦力をすり潰してしまっている。

敵の攻撃に耐えうる戦力も持ち合わせていなかったのだ。

ここは一度ひいてハワイの航空隊と連携を取ったほうがいいのではないか・・・?

スプルーアンスがそのように考えていると、クリーブランド座上のミッチャーから

ホットラインが繋がってきた。

「やぁ、レイ、大戦果だ、ここは押しまくって徹底的に叩こうではないか・・・

私も将旗をエンタープライズUに掲げることにする」

スプルーアンスは顔にこそ出さなかったが、心の中で舌打ちした。

ミッチャーは攻め続けるため、日本軍がマリアナでやったようにハワイから着艦可能の航空機を空母部隊

に吸収し、戦力の建て直しをする意向を告げてきたのだ。


「巧を焦らなければいいが・・・」

スプルーアンスは上官であるミッチャーが何かしでかすのではないかと危惧したのである。

 





夕闇が迫り太平洋に静寂が戻りつつあるころ、航行不能に陥った『赤城』、『蒼龍』『加賀』は多くの護

衛艦に守られながら波間に漂っていた。


防空戦艦『榛名』『霧島』も護衛についている。

すでに手負いとなった巨象をしとめようと、したり寄る潜水艦を数隻撃沈していた。

「護衛の駆逐艦は良くやってくれる。自力での航行はやはり無理なのか?」

小沢冶三郎は傷ついた『赤城』艦上に留まっていた。

今回の損害が彼の指揮能力に問題があるというわけではなかったが、司令官自ら責任を持って撤収までを

指揮したいとの意向からである。


「赤城はまだ回復の可能性は残されているようですが蒼龍は機関室が水没とのことで見込みはないそうで

す。」


「蒼龍はマリアナのときも損傷した。なんとしてでも助けてやりたいところだが・・・」

「司令!外郭哨戒についている伊―17潜より緊急伝!敵高速艦隊が、貴隊に接近中!」

「なに!全艦に指令!艦隊戦準備!」小沢は来るべきものがきたと思った。

 



16日午前0時30分、スコット少将は配下の高速巡洋艦を駆使して、漂流中の日本艦隊に向けて進撃し

ていた。


「司令、日本艦隊を捕捉しました。後30分で会敵します。」

「よし、トラック沖の失態を挽回するチャンスだ。全艦最大船速を維持、突入する」

昼間の航空戦においてスプルーアンスの航空部隊は数隻の日本空母を撃沈破した。

中でも大型空母3隻が洋上を漂っているとの報告を受けている。

またそれを護衛するため『コンゴウ』級と思われる旧式戦艦2隻、護衛のための駆逐艦数隻が随伴してい

るようである。


報告を受けたリー提督は船速の早いスコット少将の巡洋艦部隊を先行させ、艦砲で殲滅するよう命令を下

したのだ。


なんとも手ごわい日本空母を3隻まとめて葬れば、後の戦いは有利になる・・・

日本の工業力はアメリカの数十分の一・・・三隻の大型空母を損失することは補いきれない打撃となるで

あろう。


リーの主力艦隊も『ロードアイランド』級の28ノットにあわせて、戦場に到着する予定である。

「夜戦用意!進路変更120!日本護衛艦隊が前方で散開します!」

「オーケー、望むところだ。同行戦に入る。撃破次第日本の空母をやる」

スコット少将は勝利を確信した。

スコープに映し出された艦影は、大型艦2隻、駆逐艦と思われる小型艦15隻。

対するスコット艦隊はアラスカ級巡戦2、重巡洋艦8、軽巡洋艦8、駆逐艦15隻、戦力は圧倒的に有利

であった。

 

榛名
巡洋戦艦として誕生したが老朽化が著しいため、防空専任艦として
改装された。
霧島
榛名と同型艦
他の姉妹艦同様、30.5センチ砲9門に装換された。



阿部弘毅少将は迫りくる米艦隊を電探で捕捉、『榛名』、『霧島』の戦艦を楯に守りを固めていた。


角田長官の主力艦隊も全力を持ってこの海域に急行している。

それまでなんとしてでも持ちこたえ、空母を守り抜く意気込みである。

「米艦隊、同行戦に入ります。距離1万5千!諸元入力完了!20秒後最適」

「よし、適時に発射!駆逐艦隊援護せよ!」

日本艦隊の15隻の駆逐艦は、空母を守るため防空と対潜に特化された戦時応急型である。

朝潮型、及び白露型を参考に、簡易設計で大量に建造された艦である。

そのため魚雷装備はなく、主砲も高角砲しか持ち合わせていない。

本来なら駆逐艦は敵艦隊に向けて突入させるべきなのだが、有力な兵器を搭載していない以上、むやみに

損害を招くだけとして、砲撃戦には加わらせなかったのだ。


その代わりこちらの戦艦に肉薄してくる敵駆逐艦を阻止させようと後方に待機させた。

「よし、撃て!」

砲撃は『榛名』『霧島』のほうが早かった。

この海戦から、より防空火力を高めるため、主砲は高初速の長砲身30センチ砲3基9門に装換されてい

る。


従来の36センチ砲に比べ破壊力は劣るものの、巡洋艦に対してはいまだにアドバンテージが取れると期待

されていた。


10秒おきに発射される2艦合計18発の30センチ砲弾が敵艦隊に向けて打ち出される。

「米艦隊、星弾発射!」

日本艦隊はその青白い光の中に姿があらわになる。

「敵艦隊、射撃開始!」

闇の彼方にいくつものオレンジ色の閃光がほとばしる。

20秒後、敵弾が飛来するが、まだ距離はある。

しかし着弾のたびに水柱は確実に両艦に近づきつつあった。

 

スコット少将は手持ちの駆逐艦、軽巡洋艦を日本艦隊に突撃させると共に、自らは重巡洋艦と共に2隻の

戦艦めがけて集中砲撃を行なっていた。


「相変わらず、日本艦隊の砲撃は正確だ・・・しかし手かずの方はこちらが圧倒しているのだ。必ず打ち

勝てる・・・」


四射目には夾叉されたスコットは舌打ちしながらも勝利を信じていた。

「こちらの命中弾はまだか!」

「は、後三〜四射後には夾叉できると思います!」

その時、初めての衝撃がスコット少将座上の『アラスカ』を襲った。

二度の衝撃は前甲板と第二煙突近辺に大穴を開けた。

その衝撃が収まらないうちに、さらに二発の命中弾を喰らい、スコット少将は激しく壁に打ち付けられた



しかし、やられっぱなしというわけではない。

「敵戦艦に命中弾!」

『アラスカ』や『ハワイ』が敵の砲撃を受けている間に、無傷な巡洋艦部隊が日本戦艦に砲弾を送り込ん

でいたのだ。


水柱と共に明らかに巡洋艦の20センチ砲弾が数発づつ命中しているのが見て取れる。

元来が戦艦として生を受けた『榛名』、『霧島』は対36センチ砲防御の装甲が張られている。

20センチ砲弾で致命傷を受けるほどではないが、それとて非装甲部とか上部構造物はむしり取られ、数

箇所で火災も発生していた。


「もう少しだ、息の根を止めろ!」

このころようやく当たり始めた『アラスカ』、『ハワイ』の30センチ砲だが、明らかに巡洋艦のそれよ

りも大きなダメージを与えているように思われる。


しかし、後方でひときわ大きな爆発音を聞くと、スコットは何が起きたのかを悟った。

高初速で大量に打ち込んでくる『霧島』の30センチ砲弾がついに2番艦『ハワイ』の2番砲塔を食い破

り、懸架されている自艦の砲弾ともども爆発したのだ。


『ハワイ』は急速に速力を落とし離脱していく。

『アラスカ』にしても、すでに30発以上の30センチ砲弾を喰らい、満身創痍である。

「機関室損傷!浸水中!」

「くそ、後一歩のところなのに!」

スコットは圧倒的な戦力を有するにもかかわらず劣勢に立たされていた。

「駆逐艦隊はどうした!魚雷攻撃せよ!」

スコットは怒りをぶちまけていた。

そのころ、8隻の軽巡と共に突撃した駆逐艦群は日本駆逐艦群を排除しつつある。

高角砲しか持たない日本駆逐艦だが、4秒おきに繰り出される12センチ砲のため3隻の軽巡が炎上し、

5隻の駆逐艦を撃破されていた。


しかし軽巡の5インチ砲は駆逐艦にとっては大きなダメージとなる。

必死に防戦していた日本駆逐艦もすでに3隻が沈没、5隻が撃破され、それ以外の駆逐艦も後退しつつあ

る。


「よし、チャンスだ!敵戦艦に肉薄する!魚雷戦用意!」

戦隊指揮官ブリュワー少将は戦艦に必殺の魚雷を喰らわせようと、さらに接近した。

 

アラスカ
30センチ砲を搭載した大型巡洋艦。
ポケット戦艦といわれるほど大型である。





「防衛線を突破されました!」


阿部少将は、予期していたとでも言うように三番砲塔に、接近する水雷戦隊を砲撃するように命じた。

後方の『霧島』も同じように目標変更している。

本来なら副砲を兼任する高角砲が相手取るところなのだが多数の命中弾のためあらかたを破壊されてしま

っている。


重巡の20センチ砲をしこたま喰らい、各所で火災が発生していたが、米艦隊1,2番艦を撃破後、目標

を後方の巡洋艦に変更し、3番4番艦を撃破しつつあった。


「手傷を負わせたら、後方の艦をやる。撃沈よりも空母攻撃の阻止を優先するのだ!」

阿部は目的をはっきり示唆し、あくまでも防戦に努めようとした。

しかし、すべての艦を落伍させるにはいささか力不足であったかもしれない。

5インチ砲を乱射しながら接近してくる軽巡に守られて、数隻の駆逐艦から魚雷が放たれていた。

「魚雷接近!」

「取り舵一杯!」

『榛名』艦長金岡大佐は緊急転舵を命じる。

しかし放たれた魚雷すべてをかわしきれはしなかった。

後方で大きな衝撃が走る。

見ると後方を走る『霧島』にも2本の水柱が立ち上っていた。

「被害状況知らせ!応急斑急行せよ!」

艦長が大声で指示を出す。

まもなく蒼白になりながら伝令が艦橋に飛び込んできた。

「報告します!只今の魚雷、操舵室に命中!操舵できません!」

「なに!よりによって操舵室とは!」阿部は地団太を踏んだ。

『榛名』は雷撃を避けるため、取り舵に舵を切っていた。

その状態で操舵不能とは、同じところを回り続けることになる。

「『霧島』より報告!我、魚雷を2本食う。速力15ノットまで減速!」

非常にまずい状態に陥っているところに新たなる厄災をもたらす報告が入った。

「こちら電探室!新たなる敵艦隊接近中!大型艦5、その他多数接近中!」

「ついに来たか・・・」

阿部は眼前の艦隊が、戦艦部隊から分派されたのであれば、遅かれ早かれ敵の主力が到着するであろうと

よんでいた。


こちらの主力が早いか相手方か・・・

どうやら敵艦隊のほうが優速であったようだ。

阿部はすでに覚悟を決めていた。

 




米国高速戦艦『ウィスコンシン』は同型艦『ニューヨーク』、『ミシガン』『ニューハンプシャー』『ワ

イオミング』を率いて本隊から分離、高速を生かして巡洋艦部隊に追従してきたのだ。


「後は我々に任せろ!貴官は一度後退し、戦力を立て直したまえ」

キャラハン中将は、スコット少将の艦隊を下がらせた。

スコットとしては瀕死に追い込みながらも、最後に手柄を横取りされたことになる。

もっともスコットの艦隊自体も瀕死であるので、撃沈に追い込めたかどうかは疑問なのだが・・・

小火災を随所に起こしていた『榛名』『霧島』に、自艦よりはるかに格上の戦艦、それも5隻もの16イ

ンチ砲に抗する術はなかった。


まるで射撃訓練と揶揄されるほど一方的に叩かれた両艦は、全身火達磨となり、最後にはようやく楽にな

れたとでも言うように『霧島』は艦首から、『榛名』は艦尾から急速に沈下していくと波間に消えていっ

た。


誘爆による爆発は一切なかった。

両艦とも、最後の一弾までも撃ちつくしての最後だったのであろう・・・

キャラハンはさらに前進して漂流中の空母群に迫っていった。

 

「司令、生存者の撤収を完了しました」

「よし、『加賀』もすでに退避している。みなもご苦労だった。退避してくれ」

居残るそぶりを見せる小沢に『赤城』艦長、伊藤大佐がにじり寄った。

「小沢司令、あなたは山口長官との約束をお忘れですか?」

小沢は艦隊を失った責任をとって艦と運命を共にしようと腹に決めていた。

しかし伊藤艦長は小沢の決心を頑として受け入れなかった。

「ここは私が最後まで艦を守って見せます。艦隊のことを案ずるならまだ『加賀』が残っている。将旗を

『加賀』に揚げ、最後まで艦隊の指揮をお取りください」


小沢は伊藤艦長の気迫に説得され、小沢は『赤城』を退艦し、『加賀』に移乗することとした。

残された『赤城』と『蒼龍』はまもなく現れるであろう敵艦隊に丸腰のまま立ちはだかることになる。

 




「よし、捕捉した。空母は3隻のはずだが1隻は遁走したのか・・・ならば追いついて撃沈するまでだ」

キャラハンには狩猟民族丸出しの、何が何でも撃沈してやるという気迫がみなぎっている。

「照準オーケー!射撃開始!」

45門の16インチ砲弾が火を吹いた。

抗う術もない二艦は水柱の中に包み込まれたが、やがてその巨弾が、『赤城』の甲板を貫き激しく木片を

ぶちまけた。


そして艦橋に直撃した一弾は伊藤艦長を一瞬のうちに蒸発させ、赤城の最後を看取ることなく逝ってしま

った。


巨弾は手加減することなく両艦を破壊し続け、全身が炎で燃え盛っても、砲撃を止める気配はなかった。

最初に損傷激しい『蒼龍』が、そして本来は巡洋戦艦として生まれるはずであった『赤城』が、形こそ違

えど戦艦の砲撃によって幕を下ろした。


最後は全身を火達磨にして、没してもなお海面を焦がし続けた。

「よし砲撃終了。遁走中の一隻を追撃する。艦載機発進、索敵せよ」

白み始めた朝の光に、各戦艦から艦載機が発進していく。

8月16日・・・今海戦の天王山、艦隊決戦の幕開けを迎えようとしていた。

 

 

                          
   

 

 

 

 

鋼鉄の巨人たち

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