艦隊決戦

 

上空での戦いを逐一観戦していたキンメルは「なんてだらしない奴らだ。」と、毒づいた。

あの下品なハルゼーの顔がキンメルの中でダブっていたのかもしれない。


幕僚が指揮官にあるまじき発言と非難の目を向けられてもまったく気がつく風でもなく、まもなく生起

するであろう艦隊決戦に心を切り替えている。


「敵艦隊取り舵に転舵。速力25ノット」

「よし我々も同行戦に入ろう。面舵にとりたまえ。速力・・・そうたな旧式艦にあわせて21ノット

で行こう」


「長官!それでは頭を抑えられてしまいますが・・・」

参謀長の進言に「抑えられそうになればまた変針すればいい。

「旧式艦を見捨ててはいかんよ。」キンメルは諭すような物言いでスミス参謀長をたしなめた。


「敵主力艦隊、単縦陣にて進撃中!巡洋艦部隊が分離します。」

「よし我々もスプルーアンスの巡洋艦部隊に突撃命令を出したまえ」

キンメルは落ち着き払って命令を出す。

まもなく「敵艦隊、肉眼で確認・・・先頭艦『大和型』以下、後続大和型ツー、スリー、フォー、全部

で5隻続きます」


「なに?」キンメルははじめて動揺の色をなした。

「やつらは新型戦艦を完成させていたのか・・・まぁいい、所詮このミズーリー級の敵ではない。」

日本が新型戦艦・・・おそらく大和型の4,5番艦を建造しているのは知られていた。

しかし今海戦には間に合わないと思われていた。

「ミズーリー級の力を見せ付けてやろうじゃないか」

キンメルは振り向くと得意げな笑みをもって幕僚たちを見回した。

艦橋内に詰めている水兵から拍手が上がる。

「目標、我がミズーリーは敵一番艦、アイオワは敵二番艦、ニュージャージーは敵三番艦ノースカロラ

イナ、ワシントンは敵4番艦、インディアナ、アラバマは敵5番艦、マサチューセッツは敵六番艦・・

・」


圧勝じゃないか・・・キンメルは心の中で笑いが止まらなかった。            

新世代艦の8隻が積んでいる16インチ砲は大和型より長砲身、とくにミズーリー級の防御力なら口径

の小さい大和型の砲弾は十分に防げる。


ましてや敵4,5番艦は2対1の戦力差、簡単にけりをつけてその砲力を1,2,3番艦に向けてやろ

う・・・キンメルは腹の中でそう筋書き立てた。


幕僚たちが続きをと、こちらを注視している。

そうだったとでも言わんばかりに「マッケィン君の第二艦隊、目標、メリーランドは同じく六番艦、

コロラドは敵七番艦長門型、オクラホマ、ネヴァタは敵8番艦、ペンシルバニア、テネシー、カルフォ

ルニアは・・・」


キンメルにとって、後はどうでも良かった。

旗艦『ミズーリー』、『アイオワ』、『ニュージャージー』は1対1で戦うが、それ以外はどれも2対

1で完全に優勢だ。


まさか旗艦がはじめから2対1では示しが付かない。

新鋭艦は対等の立場で打ち勝つ・・・キンメルの自信は揺るがなかった

 


大空の戦いを見上げていた古賀主力艦隊指令長官は満足そうな笑みを浮かべていた。


「草鹿君は実に良くやってくれた。 あれだけの艦載機の攻撃を防いでくれたのだからな。これで艦

隊決戦に全力を傾けられるというものだ」


「確かに奇策でした。マリアナにあれだけの戦闘機を用意して、艦隊上空に鉄壁の傘をかける。 

一抹の不安を抱いていたのですが、第一段階は成功を収めたようです。」


白石参謀長が言葉を繋ぐ。

白石は作戦発案者の島田権道や児玉次郎を高く評価していた。

古い考え方の古賀長官に遠慮して二人の名前は出さなかったが、心の中で賛美を送っていた。

島田権道は第二戦隊4番艦の『尾張』に角田覚治提督とともに乗り込んでいる。

「米艦隊、同向戦に入ります。距離3万5千、艦速・・・21ノット」

「敵は旧式戦艦に歩調を合わせるようです。新型艦の利点を打ち消しております・・・」

「よし、艦隊は方位110に変針、徐々に敵の頭を抑える」

古賀は定石どおり、イの字を描いて艦隊を有利な位置に導こうとしている。

戦艦部隊は旗艦『大和』を先頭に『武蔵』『信濃』『尾張』『紀伊』『長門』『陸奥』『伊勢』『日向

』『山城』『扶桑』の順番で、単縦陣で並んでいる。                   

そして最後尾に重雷装艦『大井』『北上』と続く。


重雷装艦とは、『球磨』型の軽巡洋艦に片舷4連装5基、20本の酸素魚雷を発射させる能力がある。

確かに一発の命中弾を食らうことで、誘爆による轟沈の憂き目を見る可能性もある艦だが、その雷撃力

は侮れない。


「各艦、対面する敵艦を相手とする。撃破次第、逐次攻撃目標を変更する。連絡を蜜にせよ」

古賀長官は、一番艦は一番艦を・・・二番艦は二番艦を相手取るように命じた。

数は米軍のほうか多いので敵後続艦は無傷で残ってしまうが、艦隊速力で振り切ってしまおうと考えて

いた。


「距離、詰まります。2万7千!」

「電探室より、すべての諸元入力完了!20秒後最適!」

「各艦からも準備良しの報告が入りました」

「よし、適時に撃ち方はじめ!」古賀は射撃を命じた。

ついに世紀の大海戦が始まった。

「敵戦艦、撃ち方はじめました!」

両艦隊はほとんど同時に目標に向かって自分の持ちうる巨弾を送り込み始めた。

海が裂けるのではないかと思われる巨人の咆哮が南海の海にこだました瞬間であった。

 

「艦長、射撃を始めたまえ」

キンメルも日本艦隊の発射炎と同時に射撃を開始させていた。

凄い衝撃が艦を包む。

よろけそうになる身体を椅子につかまって、涼しげな顔で敵艦を臨んでいる。

いかにも余裕のあるように見せたいのが見え見えだった。

幕僚の何人かは大西洋で独軍との艦隊決戦に臨み戦塵をかいくぐっている。

敵弾の水柱に濡れネズミのようになったり、命中弾で大怪我をしたものもいる。

キンメル提督は、いまだ実戦の経験というものがない。

戦火を掻い潜ったものには、このあとの光景が読めるだけに、キンメル提督のように余裕の笑顔を湛

ることはできなかった。


「着弾15秒前・・・」ストップウォッチを見つめる水兵が報告する・・・と同時にそれは来た!

ミズーリーの手前50メートルに3本の巨大な水柱が吹き上がった。

距離測定のため各砲塔より一弾づつ発射された砲弾は、着色された3本の水柱をあげたのだ。

それも『ミズーリー』の艦橋と同じくらいの高さがあった。

発射の衝撃とは明らかに違う下から突き上げるような衝撃が艦を襲った。

あまりに巨大な水柱と衝撃にキンメルは尻餅をついた。

たまたまそこに指令官用チェアがあったので勢いよく座った格好になったが、キンメルの驚きは並大

抵のものではなかった。


「17インチ・・・いやあれは18インチ砲だ!これはいかさまだ!」キンメルは大声を出した。

米国の情報不足で勝手に16インチ砲だと思っていただけなのだが、キンメルはその瞬間だまされたと

日本を罵った。


「ワシントン条約では主砲は16インチまでと定められている。厳重に抗議しなくては・・・」

この期に及んで訳のわからぬことを言うキンメルにさすがの幕僚たちも眼を背けた。

確かに『大和』建造時では条約期限内であったので条約破りは事実であった。

しかし1941年にすでに失効して、今は無条約状態である。

現に米国も18インチ砲の建造を予定していた。

「着弾!手前450フィート!」キンメルの動揺をよそに観測員が機械的に報告する。

まだ敵艦からは程遠い。

艦長は距離修正を伝達する。

40秒後、『大和』の第2弾が飛んできた。

今度はもっと近い。

艦首付近の着弾した水柱が崩れる前に『ミズーリー』は船体を突っ込ませた。


ナイアガラを思わせる滝のような海水が、硝煙の匂いとともに降りかかる。

4万トン超の『ミズーリー』が木の葉のように大きく揺さぶられる。

『ミズーリー』も負けじと第三射を放つ。

どうやら射撃精度では水をあけられているが、発射速度は『ミズーリー』級のほうが、分があるようだ



「近弾150フィート!仰角調整1」レーダー室より伝声管を通って報告が入ってきた。

キンメルがふと横を見ると先ほど着弾報告をした観測員がいない。

先ほどの水流で流されてしまったのだろう・・・なんとあっけない死・・・キンメルは戦慄した。

次の『大和』の第3弾は『ミズーリー』の手前に2本、向こう側に1本の水柱を吹き上げた。

また滝のような海水を思いっきり浴びながら『ミズーリー』は進撃する。

しかし今度は状況が違っていた。

<挟叉弾>砲弾が目標艦を挟んで落下することであるが、照準が合致したことを意味する。

次の斉射は全門砲撃で9発の46センチ砲弾が飛んでくるだろう。

キンメルは自制心を失っていた。

まだ『ミズーリー』は挟叉弾を出していないが、キンメルは全門砲撃を指示した。

「こちらが食らう前に何が何でも命中させるんだ!」キンメルは、艦長に怒鳴り散らした。

『大和』は全力攻撃のため、しばし沈黙している。

その隙に『ミズーリー』は2回、全門斉射を行った。

敵艦から発射煙、全門!」観測員が悲鳴を上げる。

しかし、砲撃指揮所から朗報が飛び込んだ。

「敵一番艦に2発命中!」まだ挟叉弾も出していなかったが、9発の砲弾はうまい具合に『大和』

の船体を襲ったのだ。


喚起が艦橋内で湧き上がる。

「それでよい」自信を失いかけていたキンメルだったが最初に命中弾を出したことに気をよくしてガッ

ツポーズで幕僚に応えた。


しかし次の瞬間、『大和』の全力攻撃が『ミズーリー』に襲い掛かった。

 

ミズーリー
キンメル長官の旗艦
大和と1対1で巨弾を送り込みあう。長砲身16インチ砲はワンランク上の破壊力を有した。
大和
古賀峰一長官の旗艦
46センチ砲の破壊力は絶大で米戦艦のほとんどの装甲を貫いた。



『大和』座上の古賀峰一艦隊司令長官は、自艦の射撃に満足していた。


3射目で挟叉弾を出したのは、かなり成績がいい。

正統派の古賀提督であったが、電探の性能には舌を巻いていた。

とくに、若き天才、八木右作が作り出す電探システムは今までの戦いを一変させてしまったといえるだ

ろう。


索敵をするだけでなく、気圧、風圧などを知る観測用電探と連動して、主砲に諸元値を伝達、最適の数

値をたたき出す。


しかも砲塔は自動的に数値を読み取り微調整を行う。

まさに全自動であった。

その成果は今まさに決戦の場で生かされようとしている。

百発
百中の一砲は、百発一中の敵砲百門に対抗し得る>とは東郷元帥の言葉だが『大和』の主砲は

まさに命中精度において、劣勢を挽回しうる一砲となりつつあった


「砲術長、見事である」

「恐れ入ります、長官」

「全門発射に切り替えてくれたまえ」

『大和』は全力攻撃の再入力と弾込めのためしばし沈黙する。

敵一番艦・・・たぶんキンメル提督座上の『ミズーリー』と思われる艦からの砲撃が激しくなってきた



挟叉弾を取られたため、全力攻撃に切り替えたのだろう。

焦っているな・・・古賀は冷静に判断していた。

やがて照準完了の報告後、この日初めて『大和』の全門が火を吹いた。

その衝撃は一瞬、艦が反対側に倒れこみ、振り戻されるほどであった。

何かに捕まっていないものは倒れこんでいる。

自艦の一斉発射で艦が損傷するのではないかというものすごい衝撃だった。

しかし数秒後、突然至近弾とは明らかに違う衝撃を2度感じ、艦橋につめていた幕僚はよろけ立った。

被害状況知らせ!」艦長が各部署に報告を促す。

「只今の被弾、第一砲塔直撃、しかし兆弾となり被害なし!」

「第7高角砲に直撃、全壊するも艦内に影響なし!」

自艦の砲弾を決戦距離から受けて耐えられる装甲・・・これが戦艦の防御の定義である。

格下の16インチ砲であれば、防御区画に命中した場合2〜3発は耐えられる能力は有していた。

「戦闘に影響なし!」艦長から報告が入った。

古賀は、満足そうにうなづいた。

観測員から喜びの報告が飛び込んだ。

「敵一番艦に、2発命中!炎上しています!」

艦橋の指令部員は一斉に敵艦に釘付けになり、万歳!と口々に叫んだ。

 



『ミズーリー』艦上では、パニックが続いていた。

「ダメコンチーム、第一砲塔に急行せよ」

「第2班、後部艦橋に向かえ!」

艦長がしきりに指示を出す。

艦橋内はもうもうたる爆煙と硝煙の匂いで満ちていた。

倒れていたものもようやく起き上がると、今何が起こったのか把握できた。

第一砲塔は、真二つに割れ、3本の砲身のうち1本はどこかに吹き飛び、残りの2本もあらぬ方向を向

いている。


火炎が割れた隙間から吹き上げ、活火山と化していた。

弾薬庫には注水して誘爆は免れたが、砲術員は一瞬のうちに蒸発してしまったに違いない。

もう一発は、後部艦橋に命中し完全にスクラップと化してしまった。

そこにつめていた副艦長も生きてはいないだろう。

一瞬のうちに、戦力の3分の1を失い、多くの尊い人命が消え去った。

キンメルは震えが止まらなかった。

歯もかみ合わずがくがく音を立てている。

ヘビー級のハードパンチャーにストレートとアッパーカットをクリーンヒットされたような衝撃のため

、脳が揺れてしまい意識が朦朧としてしまったに違いない。


ふとキンメルは速度版に目をやると烈火のごとく怒り出した。

「艦長!何だこの速度は!的になるだけではないか!艦隊最大船速!!」

参謀長はじめ、幕僚全員が正気かとキンメルの顔を覗き込んだ。

「しかし・・・」艦長の具申に、キンメルは睨み返した。

「聞こえぬのか?最大船速」声は心なしか震えていた。

 



「敵艦増速!」電探室からの報告に古賀長官ほか司令部員は、いろめきたった。


やつらは旧式艦を見殺しにする気か・・・

「我が艦隊も最大船速、彼らに追従する。」

日本艦隊は最古参の扶桑型においても、缶圧を上げ速力向上の改装を行ったため、最大27ノットまで

出せる。


古賀は全艦に隊内通話で命令を下すと、敵艦に追従する姿勢を見せた。

二番艦『武蔵』三番艦『信濃』は、やはりミズーリー級の『アイオワ』『ニュージャージー』と砲火を

交えていた。


お互いに命中弾を送り込み、『信濃』にいたっては一部に火災を起こしている。

「信濃より報告、我、艦尾格納庫より出火、沈静の見込み」

「我、武蔵、敵艦に4発命中、火災発生。我が方の損害軽微なり」

後続艦から報告が入るが大和型で構成された第一戦隊は健闘しているようだ。

しかし新造艦尾張型で構成された第2戦隊は苦戦を強いられていた。

『尾張』艦上では角田司令官が苦虫を噛み潰した表情で戦況を見守っていた。

尾張型は、空前の50センチ砲8門を搭載した今海戦で最も破壊力のある砲を搭載している。

しかし、敵4番艦、5番艦のノースカロライナ級二艦を相手に奮迅していた。

本来5番艦同士で打ち合うはずの『紀伊』は敵6番、7番が砲撃を加えるのを見て取り、目標を番艦『ア

ラバマ』に変更している。


島田権道中佐は角田司令官に意見具申した。

「これは、尾張型の射撃速度の遅さによると思います。斉射をやめ、相互射撃で間隔を詰めましょう」

すでに敵4番艦を挟叉しているが全門射撃では一斉射するたびに、敵2艦の16インチ砲弾を3〜4発食ら

ってしまっていた。


このままでは打ち負けてしまう・・・射撃間隔をつめて、敵の照準を狂わそう・・・権道はそう読んだ

のだ。


やがて各砲塔より一門づつ、4発の砲弾を25秒間隔で敵艦に叩き込む。

『尾張』の第八射目、挟叉してから3射目がついに敵4番艦『ノースカロライナ』を捉えた。

大和型よりさらに巨大な砲弾が2発同時に命中したのが肉眼でも観測できた。

それはかつて戦艦の一部だった、鋼材を盛大にばら撒き、火山噴火のような勢いで火柱とともにはじけ

飛んだ。

 

ノースカロライナ
同型艦ワシントンと共に戦艦尾張に巨弾を打ち込んだ。
名将パイ中将が指揮をとる。
尾張
今海戦最大の50センチ砲を搭載する大戦艦
角田中将が指揮する第2戦隊の旗艦


『ノースカロライナ』に座上する次席指揮官パイ中将は半ばあきれる思いで天を突くほどに吹き上がる

水柱をみていた。


前を走る『二ユージャージー』に落下する砲弾は18インチ砲と思われる、今まで見たこともないものだ

ったが、この『ノースカロライナ』を襲う水柱はそれよりも遥かに大きい。


たぶん20インチ砲だと思われる。

(こんなものを建造してやがったのか・・・)

パイは、半ば恨みをこめて言い放った。

しかしキンメル提督から増速支持が出、ようやく本領を発揮できる状態になった。

また、僚艦の『ワシントン』と共に敵4番艦と交戦しているので、砲力も8門対18門と完全に圧倒し

ている。


さらに良いことには敵艦は射撃間隔が遅いため、敵が斉射をする間にこちらは1.5回射撃が出来た・

・・それも2艦で!


これは、最大の金星になるかも知れんぞ・・・パイ中将がそう思うのも無理からぬところであった。

「敵は相互射撃に切り替えました!」観測員の報告に、「敵も馬鹿ではないらしい」と

幕僚におどけて見せた

パイ中将は太西洋派遣艦隊として太平洋艦隊を率いてドイツ艦隊と砲火を交えた実績を持つ、いわゆる

戦塵を潜り抜けてきた強者であった。


さすが歴戦を誇るだけあって、20インチ砲の砲撃を喰らっても怯むどころか、綿密な計算で自軍の有

利をはじき出していた。


しかし、彼の経験や果敢さもたった一撃でもろくも潰え去ろうとしていた。

『ノースカロライナ』を襲った巨大な二弾は、一弾が第1、第2砲塔の間を、そしてもう一弾がパイ中

将の司令塔を直撃したのだ。


ノースカロライナ級は、新世代の戦艦の幕開けとなった艦だが、その防御力は若干弱く、対14インチ

防御にしか対応されていなかった。当時の日本戦艦の主力が14インチだったためでもあるが、防御力

の薄さが弱点といえるかもしれない。


そこに次元の違う20インチ砲弾を喰らったのだ。

その破壊力に耐えられるはずがなかった。

砲塔間に落ちた一弾は防御甲板を易々と食い破り、最下層にある弾薬庫まで到達、爆発した。

本来は敵艦に向かって放つはずの16インチ砲弾が一度に数百発爆発、その破壊力は『ノースカロライ

ナ』の船体を食いちぎってしまった。


また艦橋に落下した一弾もパイ中将を含め主要要員のことごとくを飲み込み、瞬時にして蒸発させてし

まった。


船体の前半分を襲った火炎はやがて一つになり火山の大爆発を思わせる巨大な火柱ときのこ雲を天高く

吹き上げ、裂けた船体は艦に急ブレーキをかけ艦後半を上に持ち上げさせた。


スクリューは最後の抵抗を試みるかのように、むなしく空中で空回りしている。

しかし、厄災はこれに留まらなかった。

「ノースカロライナ大爆発!」後続の『ワシントン』はいきなり前方で炎に包まれ沈没していく『ノー

スカロライナ』を見て慌てふためいた。


「全速後退!緊急取り舵!急げ!!」『ワシントン』艦長、オースティンは声をからして叫んだ。

しかし全速航行を指示されて速力が上がっている矢先である。

舵をいくら切ろうとも、むなしく直進していく。

「衝突するぞ!何かにつかまれ!!」

ようやく舵が聞き始めようとしている頃、『ワシントン』は努力むなしく急速に沈み行く『ノースカロ

ライナ』の高く突き上げられた艦尾に頭から突っ込んだ。


激しい衝撃と艦首の潰れる音、やっと止まった艦前部にノースカロライナがのしかかっている。

「被害状況知らせ!」オースティンは朦朧としながらも責務を全うしようとするが、前部はめちゃく

ゃに破壊され、どうすることも出来ないのは日を見るより明らかだ。


そこに先ほどまで『ノースカロライナ』を襲っていた『尾張』の巨弾が降り注いできた。

(勝負はあったようだ・・・)オースティンは死を覚悟した。

そこに的と化したスクラップ同然の二艦に、容赦のない50センチ砲弾が命中していく。

姉妹艦として生を受けた彼女らが仲良く海に呑みもまれていくのに、さほどの時間もかからなかった。

 


『尾張』艦上では万歳が鳴り止まなかった。


後続艦が艦尾に突っ込み、停止すると、止めとばかり50センチ砲弾を10発近く撃ち込んだ。

5番艦もすでに横転して、絡みながら沈んでいく。

形勢逆転の瞬間だった。

「司令官、紀伊が大分痛めつけられています。救援しましょう」

権道の具申に角田はすばやく指令を出した。

「敵6番艦に照準、整い次第、砲撃開始!」

今さっき敵戦艦2艦を葬った余韻が残っているのか各員の動きが早い。

「『紀伊』に伝達、ワレ6番艦を砲撃す。7番艦に砲撃を集中せよ」

『紀伊』は敵6,7番艦の『インディアナ』『アラバマ』と砲火を交えていた。

『インディアナ』には、3発の50センチ砲弾を命中させ、煙突後部及び第3砲塔付近から火災を発生

させていたが、自らも2艦から合わせて15発もの16インチ砲弾を喰らい、あちらこちらから黒煙を

たなびかせていた。


「只今、『尾張』より救援の旨を受信いたしました。7番艦に砲撃を集中せよとのことです」

「あい分かった」『紀伊』艦長 宮本武雄艦長は苦虫を潰した顔で頷いた。

2対1で戦いに突入した宮本は1,2番砲塔を6番艦に、3,4番砲塔を7番艦に振り分けて攻撃を行

なっていた。


戦力の分散という初歩的なミスは大きなツケとなって帰ってきたが『紀伊』の強靭な防御力が破滅を何

とか防いでくれていた。


「被害状況はどうか?」宮本の質問に応急担当参謀は、「右舷側は、高角砲、機銃群はほぼ全壊、後部

甲板より出火、全力で消火に当たっております。艦橋直下及び第2、第3砲塔の命中弾は兆弾となりま

した。これ以上の損害は致命傷になりかねません。」


消火活動で陣頭指揮に当たっているからであろう、全身真っ黒にすすけた状態で現状を説明してきた。

「敵戦艦、急速転舵!砲撃が止みます!」

米軍は『ノースカロライナ』『ワシントン』の沈没を避けるため急速転舵を試みたのだ。

陣形が乱れ始めている。

「よし今のうちに7番艦に照準を合わせろ!仕切りなおして、なんとしても仕留めるぞ」

『紀伊』は黒煙を引きずりながら必死に反撃を試みようとしていた。


インディアナ
アラバマと共に戦艦紀伊と砲撃戦を行なう。
50センチ砲うをものともせず善戦する。
ライト中将指揮。




 


「ひどいものだ・・・」米戦艦部隊第3戦隊を率いるライト中将は、あとの言葉を飲み込んだ。


『ノースカロライナ』『ワシントン』が絡み合いながら艦腹をさらして沈もうとしている。

重油が海面を覆い紅蓮の炎が、両艦を包み込んでいる。

爆発がいまだに続き、すれ違う『インディアナ』にも破片が降り注ぐ。

かつて魔女狩り裁判の処刑台がこうであっただろうと、ライトは縁起でもないことを頭に描いた。

急速回避のおかげで二の舞は避けられたが、陣形がばらばらになってしまった。

しかも照準はもう一度やり直さなければならない。

ライト中将はレーダー室に新たな座標を早急にはじき出すよう指示をした。

彼の戦隊にはサウスダコタ級の3隻の戦艦が所属している。

攻撃力は新世代艦共通の16インチ砲9門を搭載している。

船体長はノースカロライナ級に比べ短く207メートル、戦艦としてはかなり小型に属する。

しかし小型ゆえ、集中防御方式により堅牢な重防御艦として生を受けた。

戦隊旗艦『インディアナ』は僚艦『アラバマ』とともに尾張型戦艦『紀伊』に全力攻撃を仕掛けていた



『紀伊』の吹き上げる砲弾の水柱に半ばあきれながらも、その射撃間隔の長さに勝機を見出したのは、

先のパイ提督と同様、戦塵を潜り抜けてきた強者ならではであろう。


「奴が一発のストレートを繰り出す間に、こちらは二発のジャブを繰り出せる。それも二人がかりで!

しかしなんてタフなやつなんだ。もういい加減に倒れろ!」


ライトはすでに十数発もの16インチ砲を喰らいながらもいまだに砲撃を続けている敵艦に毒づいた。

その時、眼前にナイアガラの滝を思わせる海水のカーテンが出現して『インディアナ』はその中に突っ

込んだ。


「敵4番艦、目標変更!本艦に向けて砲撃中!」

「くそ!、あともう少しなのに!」ライトは舌打ちしたがすぐさま

「目標を敵4番艦に変更!アラバマは引き続き5番艦を攻撃せよ!」

すでに3発の50センチ砲を喰らって傷ついていたが、新たな衝撃が艦を大地震のように震わせた。

ライト提督は新たな怪獣に向かって闘志をを奮い立たせた。

しかし今しがた通り過ぎた業火にやかれる魔女狩りの処刑台に、自分がくくりつけられている姿が目に

浮かんだ気がして戦慄が走った。

 


                            
   







 

鋼鉄の巨人たち

  111111111111111111                           

写真集

メール

鋼鉄の巨人たち
掲示板