蒼穹の戦火

 

マリアナの基地では、あわただしく戦闘機の一群が海上に向けて飛び立っていた。

「よろしく頼む・・・本来なら笹井少佐にこの任を任せるはずだったのだが、急な願いで誠にすまぬ」

マリアナ航空艦隊司令官草鹿任一は源田実大佐に航空部隊を託した。

「はっ、必ずご期待にお答えいたします!」

源田も自ら『疾風』に乗り込み、上空で編隊を組んでいる一群に向けて飛翔していった。

笹井醇一少佐は今日の戦いでついに帰還しなかった。

彼が率いる小隊は空軍最強の小隊といわれていた。

2番機の坂井三郎、3番機の大田敏夫と共に小隊撃墜機数は125機に上る。

しかしこの日、彼は武運から見放されてしまったのだ。

名戦闘気乗りを失った日でもあった。

日本軍は、あえて30日の海空戦に虎の子の機動部隊を参加させなかった。

米軍はいつ現れるとも分からない機動部隊を警戒するあまり、艦載機攻撃を中途半端な形でしか実行することが

出来なかった。


しかし、米主力艦隊はすでに壊滅し、戦力としては空母しか残っていない。

大方の見込みではハルゼーの空母艦隊も帰途につくのではと思われたが、潜水艦の報告で米空母部隊の位置が知

れた。


日本機動部隊は米空母群追撃のため、あらかじめ定めてあった第2段階を発動したのだ。

夜間飛行にも耐えられる精鋭の搭乗員を選抜し、日本機動部隊に向かわせたのだ。

その数、350機。

彼らは夜間においても空母の甲板に着陸できるよう訓練されていた。

明日は早朝からあらたなる戦いを演じなければならない。

草鹿は祈るような気持ちで東の空に消えていく機影を最後の一機まで見届けていた。

しかしマリアナ基地の戦いは終わったわけではない。

明日は本当の意味での決戦を迎えなくてはならない。

それも草鹿の判断が成否を分ける。

その局面を考えると身が引き締まる思いだった。

やがて、空いた飛行場めがけて双発の爆撃機の大群が着陸してきた。

『飛竜』と『銀河』で構成された120機の爆撃機群である。

彼らはマリアナにて用意されていた特殊爆弾を装着し、明日に備えて徹夜の整備に余念がなかった。

 


日米は未明より偵察機を繰り出し、ほぼ同時に艦隊を発見、お互いに艦載機を送り出していた。

ハルゼーは旗艦『タイコロデンガ』艦上で拳を振り上げ、怒鳴りながら檄を飛ばしていた。

「薄汚い黄色いサルどもを一人残らずぶちのめせ!殲滅しろ!昨日の借りはやつらの皆殺しで返せ!」とても一

国の将とは思えない言葉に、不思議な愛着と勇気をもらった米軍パイロットが次々と滑走していく。


(しかし、昨日の戦いは痛かった・・・中でも戦闘機の損害は甚大で直奄機を残すと、攻撃隊につけられる護衛

機の数が足りない・・・)


ハルゼーはその粗野な言動とは裏腹に非常に綿密で情の深い指揮官であった。

攻撃隊にはなるべく多くの戦闘機をつけるため、攻撃を一次のみとして護衛の集中に務めた。

戦闘機132機、アベンジャー雷撃機165機、ヘルダイバー189機、合計486機を3つの梯団に分け進撃

を開始した。

 


F6Fヘルキャット
米海軍戦闘機
時速603キロ  12,7ミリ機関砲6門
ヘルダウバー
米海軍爆撃機
時速452キロ 搭載能力726キロ
アベンジャー
米海軍雷撃機
時速414キロ 搭載能力450キロ



一方日本機動部隊艦上でもあわただしく発艦作業が繰り広げられていた。


「空の直奄は我々にお任せください。長官には心置きなく敵空母撃滅に専念いただきますよう・・・」

源田実は山口多聞機動部隊指令長官に胸をはって伝えた。

「頼んだよ、源田君」山口も微笑みながら答える。

源田はちらりと児玉次郎を見やると笑いかけながら近づいてきた。

「久しぶりだな、貴様とは欧州派遣団以来だ」

「こちらこそお久しぶりです。空軍創設ではご尽力を賜りました」

「何を言うか、貴様のほうこそ素晴らしい活躍だそうだな、頼もしいと思っておったぞ」

「恐縮です」

源田はさらに近づくと、小声で次郎にささやいた。

「今回の作戦は貴様と島田中佐が起草したのだそうだな・・・おかげで艦隊戦では大勝を収めたそうだ。角田長

官も島田の事は絶賛しておった。この空母戦でも基地航空部隊をもって艦隊上空の直奄に当たらせるという案、

わしも思いつかなかった。これなら全艦載機を持って思う存分攻撃することが出来る」


「艦隊戦の大勝を無駄にしないためにも必ずや勝利をもぎ取りたいと思います」

源田はにこやかに次郎の肩をたたくと、「さて、わしの出番や」と艦橋を後にした。

そんな姿を山口長官は大福のような真ん丸い顔をさらに丸めてにこやかに見守っていた。

源田が連れてきた戦闘機隊が上空に上がると、空いた甲板に次々と母艦艦載機がエレベーターで上げられてきた



エンジン始動と共に轟音が辺りを包む。

今頃どの母艦艦上でも同じような光景が繰り広げられているころだ。

 

この当時日本艦隊が保有する空母は大小合わせて26隻。

いち早く空母の有効性に気づいた日本は主力艦の建造以外でも航空母艦にも精力をつぎ込み中型に属する『雲龍

』型の量産に踏み切っていた。


参加艦艇は、

艦隊旗艦『剛龍』、『瑞龍』、『大鳳』

大型空母『赤城』、『加賀』、『翔鶴』、『瑞鶴』

中型空母『飛龍』、『蒼龍』

    『雲龍』、『天城』、『葛城』、『生駒』、『笠置』、『阿蘇』

小型空母『翔鳳』、『瑞鳳』『竜鳳』

改装空母『飛鷹』、『準鷹』

これを五つの機動部隊に分け、それを『金剛』型戦艦や防空巡洋艦、防空駆逐艦に護衛させている

艦載機総数、『疾風』戦闘機400、『彗星』艦爆380、『流星』艦攻380機の合計1160機。

これに最新式対空電探装備の『彩雲』が25機付き従う。

さらにマリアナから飛来し、空母で燃料補給した350機の『疾風』戦闘機が艦隊を守る。

しかし艦隊の真髄は防御力にあった。

電探連動の高角砲や機関砲による射撃は驚異的な命中率を誇り、米軍のVT信管に匹敵する近接信管が確実に敵

機を葬り去ってくれるだろう。


防空に特化した艦隊に守られた日本機動部隊は、まさに無敵といっても過言ではなかったのである。

この驚異的な電探装備こそ、若き天才八木右作の存在を戦後世界的に広しめている。

 

赤城
日本大型空母
旧式化してはいたが艦隊最大搭載機数を誇る。大規模な近代化を受ける。
瑞龍
日本重装甲空母
500キロ爆弾の直撃にも耐えられるよう装甲が施されていた
飛龍
日本中型空母
快速を誇る空母。44年、電探等の大幅増設を受ける。
蒼龍
飛龍と同じく、44年、大規模な改装を受け近代戦を戦い抜ける装備を増設した





敵偵察機が上空に現れてから2時間後、上空で対空警戒に当たっていた『彩雲』が敵機影をスコープに捉えた。


直奄の『疾風』の一団がそちらに向かう。

艦隊には3隻の風変わりな艦が防空艦隊に紛れて配置されていた。

『香取』、『鹿島』、『香椎』の3艦は、大幅な出力アップを図り、艦隊随伴型として甦った。

しかし特筆すべきは、まるでかんざしをあちらこちらに取り付けたような、アンテナ類である。

それに加え、各種の電探が所狭しと並び、煙突の後方から艦尾にかけて格納庫のような大型の構造物を備えてい

る。


防空を専任とし、敵機の進入をいち早くサッチすると共に、効率的に直奄機に情報を提供して、鉄壁の防御体制

を構築する。


現在のイージスシステムをいち早く形にした新鋭艦であった。

「11時方向、約80機、高度6000・・・第2、第3航空隊は迎撃に当たれ」

「3時方向、約20機、高度3000雷撃機・・・第15航空隊迎撃せよ」

防空指令艦は次々に飛来する敵艦載機に、的確に直奄機を誘導していく。

 


香取
対空管制専任艦
元は練習艦であったが44年、大幅な改造で各種電探を積み、防空の目として活躍する。



米軍攻撃隊隊長ワトソン大佐は、敵戦闘機『疾風』の高性能ぶりを昨日の戦いから教訓として得、小編隊に分け

て迎撃を分散させ、隙を突いて攻撃を行なおうとしていた。


しかし日本直奄機の数を見て首をひねった。

その戦闘機の多さは昨日の戦いを髣髴させる。

「まさかやつらには戦闘機しかないのではないか?さもなければ、これだけの迎撃機を用意するため、やつらの

攻撃隊は丸裸ということになる・・・」


ワトソン大佐には眼前の迎撃機の数がどうしても理解できなかった。

しかしそんな疑問を投げかけている余裕はない・・・

すぐさま部隊を散開させると、『ヘルキャット』戦闘機隊を突入させ、攻撃隊は小編成で敵空母に肉薄するよう

指示を出した。


まもなく戦闘機隊隊長ライト少佐から悲鳴のような一報が入った。

「敵迎撃機の数が多すぎる。とても防ぎきれない。攻撃隊はなんとか間隙をついて突入してくれ・・・繰り返す

、敵は強力だ・・・敵は・・・」


ライト少佐の無線が唐突に不通になった。

「『ヘルキャット』隊は攻撃機の援護に回れ!なんとしてでも攻撃は成功させる。」

小部隊に分けて敵をかく乱するつもりが、行く手には必ず敵の迎撃機が待ち構えていた。

見渡せば、黒煙を吐きながら墜落していくのは星のマークが圧倒的に多い。

しかし多大な損害を被りながらも水平線のかなたに艦隊と思しき航跡をみとめ、あと少しと全軍に向けて突撃を

敢行するように督戦した。

 

奥村武雄中尉は自らの戦隊を率い指定された敵機に向けて突撃を開始していた。

「隊長、グラマン4機が突き上げてきました!」

「よし、1,2小隊でやつらを蹴散らす。お前らはそのまま突っ込み雷撃機を落としてくれ!」

「はいさっ!」

奥村は上昇してくるヘルキャットに覆いかぶさるように一連射を加えた。

手ごたえを感じる・・・プロペラが2〜3枚吹き飛んだのが目に入った。

一機撃墜!その機の脇をすり抜けると後続の射線をかわし、後方に躍り出た。

取り逃がした機は2番機が相手取っている。

さらに雷撃機に喰らいつき護衛のヘルキャットを引き剥がしにかかる。

第3小隊がすかさず『アベンジャー』に取り付き防護射撃をかい潜りながら20ミリ機関砲を叩き込む。

重防御で知られる『アベンジャー』だが野太い火線の前に機体を破壊され力尽きて墜落する。

中には自らが抱えてきた魚雷が誘爆し、跡形もなく消し飛ぶ。

「敵雷撃機、8機撃墜1機撃破!殲滅しました」

「よし!指令艦より新たな目標・・・南西1海里上空の雷撃機の迎撃に向かう」

奥村は部下に指令を出したが、随分と闘い方も変わったものだと苦笑した。

 

『ヘルダイバー』の編隊には菅野直大尉の飛行隊が攻撃をかけていた。

日本の激しい迎撃に臆した米編隊が、身近な駆逐艦に降爆をかけようとしている所を下から突き上げたのだ。

護衛の『ヘルキャット』が翼を翻し、翼を真っ赤に染めて12,7mm機関砲を打ちまくりながら突っ込んでく

る。


菅野はそれをひらりとかわし、急降下に移ろうとする『ヘルダイバー』に一連射をする。

その機はなす術もなくエンジンを打ちぬかれ、炎の固まりになって落ちていく。

まさに落ち武者狩りの光景がそこここで展開していた。

小編隊に分散することで防御も散漫になり、電探により管制された直奄機の餌食になっている。

それでも多大な犠牲を伴いながらも何とか艦隊上空にたどり着いた一団もあった。

同士討ちを避け、『疾風』が反転していく。

「一番近い艦隊を狙おう。中央の空母を狙うぞ。攻撃開始!」

ワトソン大佐は『ヘルダイバー』の一団を率い輪形陣の奥深くに分け入ろうとする。

外郭の駆逐艦が高角砲を打ち上げてきた。

なんと初弾から真近で炸裂する。

その一発が2番機を襲いいきなりの撃墜となる。

各艦が猛烈な対空砲火を打ち上げてきた。

編隊は右に左に揺さぶられ続け、あるものは直撃を食らって四散し、またあるものは搭乗員が死亡し力なく落ち

ていく。


「なんという正確な対空砲火なのだ!これでは空母までたどり着けないかもしれない」

そう思った矢先、ワトソン機は高角砲弾の至近弾を受け、エンジンから火炎が吹き上がった!

「もう駄目かもしれん、・・・何が何でも爆弾だけは食らわしてやる!」

ワトソンは操縦桿をぐいと引き倒すと急降下に移った。

しかし今度は高角砲弾に代わって37ミリの野太い機関砲弾が雨あられのように降りかかってきた。

機体は外板を引き剥がされ、エンジンを粉砕され、翼をもぎ取られ四分五裂になり墜落していった。

 


日本艦隊は空母を中心において、5つの輪形陣を作り防御を固めていた。


そのうち最前列にいたのが原忠一中将指揮の第4機動部隊である。

古参の空母『翔鶴』、『瑞鶴』、『飛龍』それに改装空母『飛鷹』を中心に、戦艦比叡をはじめとした防空艦隊

で周りを固めていた。


防空の隙を突いて突入してきた急降下爆撃機に、艦隊はいっせいに火蓋を切った。

電探連動の高角砲が敵機を捕らえ旋回していく。

『撃ち方はじめ』の号令と共に一斉に砲弾を打ち上げる。

一機が自ら抱えてきた爆弾で木っ端微塵に吹き飛ぶ。

またある機は翼をもがれ、駒のようにくるくる回りながら落下し、またある機は炎の虹を描きながら墜落してい

く。


しかし中には幸運にも防御の間隙を縫って射点にたどり着く機もあった。

アッシュ中尉の一団は常に低空を飛行し、最後まで電探に引っかかることなく艦隊至近まで忍び寄っていたのだ



外郭の駆逐艦が気づき、機関砲弾の雨を降らす。

一機が胴体をつら抜かれ炎の固まりになって落下する。

また前方で吹き上がった機関砲弾による水柱に飲み込まれ、波間に吸い込まれる。

中郭で待ち構える戦艦『比叡』も高角砲弾で槍衾を築き3機がもんどりうって墜落する。

15機で突入した『アベンジャー』は5機にまで撃ち減らされたが、空母『飛鷹』の真横に躍り出た。

5本の魚雷が発射され、『飛鷹』に向かう。

『飛鷹』も負けじと機関砲を打ち上げ、投雷後で機体が浮き上がった『アベンジャー』を3機粉砕した。

残りの2機は『飛鷹』の甲板すれすれを通り抜けたが、この濃密な輪形陣から逃れられるはずもなく、数秒後に

は火須磨となって海中に没した。


しかし彼らの一念が乗り移ったように至近距離から放たれた魚雷は『飛鷹』に3本の水柱を上げさせた。

改装空母として大型客船から生まれ変わった『飛鷹』は中型空母の『雲龍』型に引けをとらない搭載能力を有し

ていたが、元来が客船のため、その防御力は軍艦並みというわけには行かなかった。


「機関停止!」『飛鷹』艦長神林大佐は破口からの奔流を少しでも抑えるため、すぐさま艦を停止させた。

「敵もなかなかやる・・・」

原は、『飛鷹』の被雷を見て『五月雨』を護衛に差し向けた。

 


多少の時間差をおいて米軍の第二派の攻撃隊が上空に現れた。


しかし第二派攻撃隊も、有り余るほどの日本の直奄機のため大幅に数を減らし、また艦隊の防御射撃のため次々

に炎をひいて墜落していく。


しかし第一次と違い比較的集団で突入を試みた彼らは多くの機を犠牲にし、戦力をすりつぶしながらも、少なか

らずの攻撃隊を艦隊上空に送りだすことに成功した


『ヘルダイバー』の一隊が第二機動部隊に喰らいついた。

やはり同士討ちを避け、『疾風』が退避する。

目も開けられぬほどの対空砲火が突きあがってくる。

15機のうち、5機の『ヘルダイバー』が瞬く間に炎を上げて墜落する。

また、急降下に移るとさらに3機が火達磨になる。

隊長のアラン中尉は、突き上げてくる機関砲弾に、逃げ出したくなる気持ちをこらえ高度600で500キロ爆

弾を投下した。


後続の7機も同じように投爆したに違いない。

このとき狙われたのは、第二機動部隊旗艦であり、最も新しい新鋭空母『瑞龍』であった。

司令官大西瀧次郎中将、そして艦長の日下部大佐は上空を見上げていたが、1〜2発は喰らうのではないかと思

った。


爆撃機から黒い塊が離れたように思える。

日下部艦長はとっさに対衝撃体制をとれと艦内に伝達した。

一瞬、真っ白な閃光が走ったかと思うと直下型地震のような衝撃が艦をふるわせた。

それが3回、どうやら3発が命中してしまったようだ。

「被害状況知らせ!応急斑出動!」艦長が各部署に問いただす。

甲板上は爆発の余韻で真っ白な靄が立ちこめ、状況を把握できない。

しかしまもなく甲板士官よりの報告が入った。

「只今の爆撃、命中弾3!しかし損害は軽微なり。航空機の運用に支障なし!」

指令部員一同は胸をなでおろした。

新鋭艦『瑞龍』は大鳳型の拡大発展型である。

もともと甲板上に75ミリ鋼板をはり、500キロ爆弾の急降下爆撃に耐えられるように設計されている。

発展型の『剛龍』『瑞龍』も同様の発想の元、重防御空母とでも言うような装甲を与えられていた。

今回はまさにその防御の真価を試す絶好の機会となったのだ。

この報復はすぐさま行なわれることになる。

アラン中尉は爆弾を落とすなり操縦桿をめい一杯引き上げ離脱にかかる。

「敵艦上に閃光3!命中です!後続機ついてきます!」

アランはガッツポーズをとった。

「皆の仇をとったぞ!」

アランが口走ったとき、語尾は悲鳴に変わっていた。

アランたちが急降下に移る寸前までまとわりついていた『疾風』が同士討ちを避けるためいったん離脱していた

が、アランたちの上昇地点で待ち伏せしていたのだ。


アラン中尉の機は横腹にしこたま20ミリ弾を叩き込まれ胴体がへの字に折れて空中分解した。

 


しかし幸運ばかりが続くものでもない。

米軍の攻撃隊は、小沢治三郎の第3機動部隊にも注がれた。

濃密な射撃はどの艦隊とも同様、多大な損害を与え続けたが、集団で襲い掛かった第二次攻撃で鉄壁の防御にも

多少のほころびがあったのかもしれない。


艦隊上空に達したフレア大尉の『ヘルダイバー』が、眼下の空母めがけて一斉に急降下をかけてきた。

空母はもとより隣接の艦船からも援護射撃の火線が延び、降爆隊を絡めとろうとする。

一機また一機と火を吹き、中には盛大に空中爆発するものもいる。

参加15機中、降爆前に撃墜されたもの7機、急降下中にさらに4機、降爆はしたものの機首を上げることなく

海上に突っこんだもの2機、そして爆弾を抱えたまま甲板に激突したもの1機・・・・『蒼龍』は3発の爆弾と

一機の自爆により甲板はひしゃげ、大火災を起こしてその場に停止してしまった。


「『蒼龍』艦長柳本君に伝達してくれ!極力艦の保全に務めよ。消火活動に『白雪』と『睦月』を差し向ける」

小沢中将はすぐさま対処すべく駆逐艦を派遣すると共に艦の損失を戒めた。

約1時間強の攻撃は『蒼龍』の被弾を最後に急速に沈静化していった。

空を圧するがごとくの敵艦載機も引き上げる頃には恐ろしく数を減じているように思える。

一方『疾風』隊は、戦闘機が攻撃隊の援護に回ったためかそれほど被害は受けていないように思える。(それで

も35機の未帰還機を出していたのだが・・・)


「そろそろ燃料が乏しくなってきた。着艦許可を求む」

「燃料不足及び損傷機より指定された母艦に着陸せよ。『蒼龍』、『飛鷹』の艦載機は小隊ごとに最寄りの母艦

に着艦せよ」


司令艦より各機に伝達が入った。

「米軍の攻撃は凌いだようだな」

「はい、かなりの機数でしたがこちらの直奄機の多さで圧倒しました。防御射撃も相当な成果を挙げています。

一部防御網を破られましたが低空進入や飽和攻撃への対処はこれからの課題となりました」


山口多聞の安堵は、次郎には教訓として残った。

「『蒼龍』も鎮火の可能性ありと伝えてきています。マリアナが近いですし曳航して帰りましょう。」

「うむ、しかしこの後の敵の攻撃はあるだろうか?」

「私はないと考えます。なぜなら、もっと苛烈な飽和攻撃をこちらはかけます。おそらく無傷な艦は残りますま

い。それに今の敵の攻撃はほぼ全力攻撃のはず。あれだけの損害では再び襲ってくる力はないものと考えます。



「そうだな、一応広域偵察機は発進させておこう」

児玉次郎中佐の考案した飽和攻撃・・・敵の防御力をもってしても数で押し切ってしまう攻撃法だが、第二次攻

撃が出来ないという欠点はあるものの、敵にインターバルを与えずに弱点をつけるというメリットもある。


それに、全機が出動しているため、万が一攻撃を受けて被害を被っても可燃物である艦載機がいないため最小限

の被害に抑えることが出来る。


『蒼龍』は、まさにそのことで九死に一生を得たのかもしれない。

山口は次郎の先見の目に感心せずにいられなかった。

しかし、今度はこちらが仕掛ける番、遠くで繰り広げられるであろう日本艦載機の戦いに思いを馳せ、しっかり

頼むぞと祈らないでいられなかった。

 


米艦載機が戦場を後にする頃、日本艦載機群は米艦隊上空に差し掛かっていた。


「隊長、敵の直奄機です!しかし少ない・・・80機前後だと思われます」

「やはりな・・・昨日の戦いで相当数の被害を被ったと聞いた。今回も護衛の戦闘機を相当数つけたのならこん

なものだろう。よし、第3,4,5戦闘機隊でやつらの相手をする。」


板谷茂戦闘機団隊長は戦闘機隊を先行させると共に、道があくまで攻撃隊に待機を命じた。

80機の敵に対して200機の疾風は襲い掛かった。

 

疾風
日本空軍主力戦闘機
680キロの速度を誇り、自動空線フラップの使用で巴戦にも威力を発揮した。
彗星
艦上爆撃機 ダイムラーベンツのエンジンを積み稼働率が大幅に改善された。
流星
艦上攻撃機 魚雷攻撃に加え急降下攻撃も行なえる優秀機



「話が違うじゃねえか!」


直奄を任されたマッキャンベル少佐は毒づいた。

何でこんなに日本軍は戦闘機を送り込めるのか、マッキャンベルも謎が解けなかった。

目の前には戦闘機だけでも優に400機はいるだろうか・・・

『疾風』の性能は昨日の戦いで承知している。

明らかに『ヘルキャット』では対抗しきれない。

それに鍛え抜かれた技量、これも日本パイロットのほうが一枚上手であった。

愚痴をいっても仕方がない、マッキャンベルは戦闘の只中に自らを放り込んだ。

少なくても彼は、大西洋で欧州軍相手に32機の撃墜機数を持つトップエースであった。

『ヘルキャット』は大雑把な荒馬には違いないが扱いやすい。

はじめの動揺もやがて落ち着きを取り戻し、不用意に目の前に現れた『疾風』を1機撃墜した。

2機目を狙おうとしたとき不意に何かを感じて機体を滑らした。

今まで占有していた場所に太い火線が空を切る。

彼は錐揉みの要領で機体を立て直すと、今襲い掛かった敵の後ろについた。

一連射を喰らわせようとした矢先、その『疾風』は、ふいに機体をひねって急速旋回をし、マッキャンベルの機

がすり抜ける直前に連射をかけてきた。


まさに曲芸的な射撃技術、しかも確実にマッキャンベル機を捉えていた。

その後数分にわたって、彼はこの機に追い回されることになる。

命からがら母艦にたどり着いたときには機体は穴だらけになり、飛んでいるのが不思議なくらいだった。

誇らしげに書かれた32個の撃墜マーク・・・日本機もこれがエースの機体だと察していたに違いない。

腕の差をまともに見せ付けられ、またエースであるが故つけ回されたことにショックを受け、それ以降撃墜マー

クを機内に書くパイロットということで失笑を買う


しかしその後も彼は、戦中12機の撃墜スコアを重ね、文字通りトップエースであり続けたことには変わりはな

い。

 


ボンク少佐も大西洋で名を馳せ、マッキャンベルと並ぶエースであった。


優勢な敵に対して健闘を見せ、やはり2機を撃墜した頃一個小隊の『疾風』に後ろを取られた。

日本パイロットの巧みな操縦術によりなかなか振り切れない

思わす急降下で離脱にかかるが、降下速度にも勝る『疾風』に逆に追い詰められてしまった。

そしてまた一連射・・・今度は機体に衝撃が走り明らかに被弾したようだ。

機体の自由がなくなった時点でボングは機体を捨てて落下傘降下した。

とりあえずの危機は去ったが、艦船に拾い上げられるとは限らない。

彼は暗い思いで紺碧の海を見つめていた。

 


「こちら板谷、敵の掃討を完了した。攻撃隊は進撃せよ」

眼前の『ヘルキャット』群はものの10分程度で蹴散らされてしまった。

その後を攻撃隊が堂々と進撃していく。


米艦隊の上空には数えるほどしか星のマークの機体を見出せなかった。

「こちら江草・・・全機攻撃開始!」

天王山の幕は切って落とされた。

 


艦載機による攻撃は、数ヶ月を要して綿密に組み立てられていた。


「飽和攻撃とは考えたものだな・・・スズメバチの大群に襲われれば熊もひとたまりもないか・・・」

攻撃隊の総指揮を任ぜられた艦爆の江草隆繁中佐が児玉次郎の説明に頷いた。

「外郭から切り崩していくというのも面白い・・・戦闘機で軍艦を機銃掃射するのだな・・・」

と、戦闘機隊指揮官板谷茂が念を押す。

「はい、少しでも銃座を潰しておけば攻撃の成果も上がります。戦闘機隊の搭乗員には申し訳ないのですが降爆

隊は上空から、戦闘機隊は低空からと連携をとりながら攻撃すれば火器を分散させることも出来ると思います」


「しかし、搭乗員は戦艦や空母を沈めるために腕を磨いておる。外郭の駆逐艦相手に爆弾を落とすのは士気にか

かわるぞ」江草は搭乗員を思いかばって苦言を言った。


「はい、確かにその通りです。ただそのおかげで戦友は大幅に生存率が上がります。皆、生きのびてこそ本当の

意味での勝利と考えます。何とかその辺はよろしくお願いいたします」


江草はあい分かったというように頷いた。

「して、外郭を切り崩し開いた穴から雷撃隊は突入するのじゃな」

古武士を思わせる風体の艦攻隊長村田重治が身を乗り出した。

「はい、低空から進入し必殺の魚雷を空母に叩き込んでください。その時戦闘機隊は上空より援護射撃をお願い

いたします。敵としてみれば雷撃機のほうが、はるかに脅威度が高い。戦闘機にはかまっていられないと思いま

すが、そこを狙い打って援護射撃をお願いしたいのです。」


「そして行き足の止まった空母に対して残りの降爆で止めを刺します」

次郎は誠意を示して一生懸命、攻撃案を説明した。

確かにこの通りに運べれば被害も最小限度に、しかも最大の戦果を得られる。

しかし戦場は何が起きてもおかしくない。

常に予想もつかないことが起こるものだ。

「そこで敵の空母群ごとに攻撃司令機をおき、絶妙なタイミングで攻撃をかけられるよう指令を送るのです」

「なるほど・・・野球の監督のようなものだな・・・」

村田は事得たりというように快活に笑った。

「そうです。各搭乗員が自分の仕事をしっかりこなすことが出来るよう、十分な訓練をお願いいたします」

村田は次郎の肩をたたき、「面白いことを考える男だ。隊内無線にしても電探にしても戦い方は大きく変わった

。ならば攻撃も組織的にやらなければ・・・なぁ皆の衆!」


それからの数ヶ月、ひたすら組織的攻撃の戦法を訓練し合い、いくつかのフォーメーションまでも作り上げた。

その努力の真価を実戦で開花させることになる。




                           
   









 

 

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