思惑

 

「何をやっているんだ」ルーズベルトはことのほか腹を立てていた。

「フィリピンをたった一週間で失ってしまうとは合衆国軍人の恥さらしめ・・・マッカーサー

というやつは態度だけはでかいが、何も出来ぬ無能ものだ・・・」


ルーズベルトはフィリピンに日本軍を引き付けさせておいて、太平洋艦隊で一気にマリアナを

占領してしまう予定でいた。


とにかく対日戦は早いうちに終了させてしまいたいのだ。

最大の敵はドイツ・・・ヒトラーを打ち負かしヨーロッパの各国を解放すること・・・

ヨーロッパは大きなマーケットである。

解放後、そこに巨大資本を投入して世界を経済的に支配する。

今大戦を、アメリカが世界に君臨する最大のチャンスと、ルーズベルトは考えていたのである。

散々怒りをぶちまけ終わり、自らを落ち着かせるため大きく深呼吸すると

「まぁいい・・・どうせ始めからあまり期待はしていなかったんだ。キンメルに手柄を立てさ

るのは気に入らんが、一時の我慢だ。奴には大統領の席は渡さん・・・」最後のほうは誰にも

かれぬよう心の中で呟いた。


ルーズベルトはお高くとまった、いかにもインテリを鼻にかけるキンメルが好きではなかった。

表向き太平洋艦隊司令長官という要職に任命はしたが、中央界からの体裁のいい追い出しであ

った。


だから太平洋艦隊を一時期でも大西洋に派遣することに何ら、躊躇はなかったのである。

「キンメル君に出撃命令を出してくれたまえ」

キンメルの名前を出した途端、ルーズベルトはまた怒りがこみ上げてきた・・・。

 

 

出撃

 

ハワイ太平洋艦隊司令部では最終打ち合わせが行われていた。

「それはちょっと危険すぎるのではないでしょうか?」

キンメル提督の作戦案にスプルーアンス少将は異議を唱えた。

「なぜだね?数の上では我が主力艦隊は2倍の戦力を持っている。たとえ大和型の戦艦が3隻あ

ろうと、奴に対抗する戦艦をこちらは8隻も持っている。


間違っても敗れることはないと思うがね・・・日本の戦艦は大和型を除いては我々の旧式戦艦

にも劣るのだ。 ここは中央突破で一気にけりをつけてしまおうじゃないか」


キンメルはそんなことも分からんのかと、出来の悪い子供をあやすような物言いで答えた。

「戦艦戦はそれでいいとして空母の数は日本のほうが上回っていますが・・・」

スミス参謀長がもうひとつの懸念を口にした。

「航空戦はハルゼー提督に任せてある。確かに空母の数は日本のほうが上回ってはいるが個艦

搭載機数が少ない。単純に航空機の数で言えばほぼ同数・・・新型戦闘機を持っているらしい

、かつて英国戦でドイツに不採用になった零戦の後継機だ、ヘルキャットの敵ではあるまい、

そうだろうハルゼー君」


ハルゼーは不敵な笑みを浮かべて親指を立てて見せた。

決して上官に対しての態度ではないが、キンメルは爆発しそうな怒りを抑えて敢えて頷き返し

た。


キンメルはハルゼーのような粗野な人間が大嫌いだった。

今回は空母部隊の指揮官に任命したのは、誰よりも敢闘精神に溢れているからだが、それ以外

まったく認めることが出来ない。


とにかく自分の近辺に置きたくない・・・半分はこれが理由のようであった。

「日本艦隊を撃滅後、オルデンドルフ提督が護衛する第一海兵団の2万8千名をサイパンに上

陸させる。

橋頭堡を築いた後、主力の第2、第3海兵団と陸上機を揚陸する。クリスマスまでに

作戦終了の予定・・・今年は南国の島でのクリスマスパーティになるだろう」


キンメルにとっては最高のジョークを飛ばしたつもりだった。

 

11月24日早朝・・・                                             

アメリカ太平洋艦隊はハワイ真珠湾を出航した。                           

それも高らかに軍艦マーチを演奏して。                                 

何も秘匿するものはない、自信に満ちた、勝利を確信した出撃であった。              

数日後、遅くとも5日後にはマリアナにおいて、史上最大級の海戦が始まるであろう。
     

キメルをはじめ、どの提督も敵戦艦が黒煙を上げて沈み行く姿を思い描いていた。
 

しかし一抹の不安材料がなかったわけではない。                          

15隻もの戦艦を集結していたが、艦隊船速が違うため新旧の戦艦が、同一艦隊運動が取れない

事である。                                

旧式戦艦群はジョンマッケィン提督に任せている。                  

彼はアナポリス出の秀才であったが特に目立った功績はない。            

しかしキンメル同様いかにも几帳面で清楚な姿は彼のお気に入りの一人でもある。   

キンメルの太鼓もちと陰口を叩かれているが、お構いなしとでも言うように澄ました顔をしてい

た。                                    

大和タイプはミズーリーはじめ新型戦艦が絡めとる。                

旧式艦は旧式艦同士で戦い、お気に入りのマッケィンに手柄を立てさせてやろうと思っていた                                      

そしてもう一つは圧倒的な艦船数の違いにより勝利を確信しているキンメルがマリアナ正面攻撃

を主張しつづけた事だ。                          

いかに弱敵とはいえ、戦場では非常事態はつき物である。                

慢心があだになりはしないかと心の中で思っている提督も少なからずいる。      

巡洋艦部隊を指揮するスプルーアンスもそのうちの一人であったが、万が一敗れたことも予期し

ておかねばと考えていた。

 

要塞諸島マリアナ

開戦必至となった1944年10月、サイパン、グアムは要塞化がほぼ完了していた。    

グアムは東シナ海戦争が勃発するや米国は完全に孤立してしまう事を恐れ、部隊を撤退させてし

まったので、無血で占領していた。
                                 

サイパンに8箇所12本、グアムは4箇所6本の滑走路が完成していた。
             

島のあちらこちらには防空陣地が据えられ、小高い丘には陸上用電探が据えられ早期警戒の要に

なっている。
                                               

連合艦隊が敗北した時の上陸戦に備えて地下壕が張り巡らせられ、精鋭の陸軍第二、第六師団及

び十八師団の全軍が防備を固めていた。
                               

軍司令官には栗林中将が就任している。                                  

一方空軍の総指揮官には草鹿任一中将があたる。
                            

基地では各戦線に分散されていた飛行隊が到着するたびにみるみる活気を帯びてくる。   

士気は高く、来る決戦に向けて意気軒昂だ。                               

その頃、堅固なベトンで固めた地下司令室では作戦要綱の再確認が行われていた。
      

「本当にこれで大丈夫なのか?」
                                      

「大丈夫、これが負けないための戦争だ。攻撃機は戦闘機の迎撃には弱い。
            

空母部隊の攻撃隊が有効に攻撃を加えるにはこれが最善と考える。」               

草鹿任一基地司令官の問いに山口多聞機動部隊指令長官は、歯切れよく答えた。       

「私も山口君には賛成の意向だ。空を制するものがこれからの戦いには勝利するだろう」

「私も同感です。奇策ではありますが掛けてみる価値はあります。
 

滞りなく部隊が移動できるよう全空軍に通達を出しております」
                       

山本五十六連合艦隊司令長官の決意に井上成美空軍司令長官が確約の意を示す。       

「部隊の移動は極秘裏に行うものとする。決して悟られぬように」
                

海戦の勝敗は初期の作戦如何で決まる。                                  

各人は再確認し各々の部署に戻っていった。


11月3日、開戦が通達されるや、部隊の移動はことさら激しくなった。

全島に戒厳令がひかれ一般人の強制疎開措置が取られた。                 

洋上には艦隊も集結を始めている。                        

まずは機動部隊がサイパン沖に姿を現し、その飛行甲板めがけてサイパン、グアムに点在する航

空隊が離着陸の猛訓練を開始していた。                        

「まさか、俺が空母の甲板に降りるなんてなぁ・・・」自嘲気味に語るのは黒江保彦中尉。  

彼は加藤健夫率いる加藤隼戦闘隊を、隊長転出後しっかりまとめ上げ、戦線維持に貢献してきた

人物である。                               

「まぁぼやくな、俺もそうだ。貴様が黒江中尉か、俺は穴吹だ。よろしくな」      

 穴吹智中尉・・・彼はビルマにおいて活躍した旧陸軍の搭乗員で、当地では最多撃墜記録を持つ

猛者である。                                 

ビルマの桃太郎の異名を持つ。                          

空軍創設にあたり、訓練課程も大幅に刷新され、すべての搭乗員が空母着艦、天測航法が可能なよ

うに訓練されていた。                           

部隊の移動は技能優秀な搭乗員を中心に戦闘機隊が集結をはじめ、同時に大型機は後方の基地へ

と転出していった。                            

米艦隊が真珠湾に集結を完了する頃、日本帝国海軍の主要艦艇もマリアナに集結を終えていた。                                     

これほどの艦隊は見た事がない、と人々に言わしめたほど壮観そのものであった。    

前代未聞の艦隊決戦とあってフィリピン制圧に参加した各艦艇も慌しく整備を終え戦列に加わっ

ている。                                 

戦艦保有数は艦隊決戦に参加するもの、11隻となった。               

排水量6万8千トン、50センチ砲8門を搭載した新戦艦、紀伊、尾張         

永らく連合艦隊の旗艦として親しまれた、排水量6万4千トン46センチ砲9門搭載の大和、同

型艦武蔵、信濃                               

艦齢は20年を越えたとはいえコロラド、メリーランドとともにかつては世界のビックセブンと

いわれた40センチ砲8門搭載の長門、陸奥                  

それに西村艦隊の戦艦伊勢、日向、山城、扶桑の36センチ砲群がつづく。        

巡洋艦クラスも各隊から集結させてほぼ全力で戦艦群をサポートする体制が整っている。

戦後判明する事だが、その当時キンメルはじめ司令部各員は紀伊、尾張を建造している事は知っ

ていたがこの海戦に参加していることは察知していなかった。

完成まではまだ時間がかかると思っていたようだ。                          

また大和型の主砲も40センチ砲と推測されていたようで、砲身の長さから45口径と判断し5

0口径のアメリ製16インチ砲のほうが有利と考えていた。          

米国は情報という近代戦には欠かせない項目においてすでに劣勢に立たされていたのである。                                         

機動部隊も配置を完了している。                         

空母搭載機は新型機種で構成されている。                        

戦闘機は『疾風』。                                

2000馬力級のエンジンを搭載し時速680キロをマーク、武装も20ミリ機関砲を4門搭載

、空中戦においても自動空戦フラップの採用によりかつてのゼロ戦に匹敵する機動性をもつ、ま

さに決戦機と呼ぶにふさわしい傑作機に仕上がった。           

降爆には『彗星』・・ 500キロ爆弾を搭載し高速力を発揮する。            

そして雷撃には『流星』・・ 航空魚雷を搭載し必殺の一矢を敵艦に叩き込む。     

参加空母26隻に3機種の航空機を所狭しと言うくらい搭載し決戦に備えている。


マリアナの陸上基地にも航空機が配置を完了していた。その数1200機。戦闘機『疾風』が中

心ではあるが数を補うため『飛燕』『紫電改』そして旧式化した『零戦』も混じっている。


妙高級
日本重巡洋艦
20センチ砲10門搭載  同型艦 那智 羽黒 足柄
最上級
日本重巡洋艦
20センチ砲10門搭載  同型艦 鈴谷 三隈 熊野




 

時、満ちる

11月24日ハワイ沖を哨戒中の『イー16』より緊急電『米太平洋艦隊出撃す。マリアナに向

け進撃中!』緊急放送が流れると基地内の士気は最高潮に達した。
           

「やるぞ、絶対にやってやる!!」各員、肩をたたき合いながら気合を入れあう。    

連合艦隊司令部でも各司令官を参集して作戦開始を発動した。       
         

「すべての準備は整いました。後は米艦隊の来冠を待つのみです」
                

「いままでご苦労であった。心静かにその時を待とう」                

山本連合艦隊司令長官は皆をねぎらった。                      

この日最後の作戦会議が開かれた。                        

主力艦隊が勝利をつかむためには機動部隊、マリアナ陸上基地の援護なくしてありえない。

しかも絶妙のタイミングを要求される。                       

すべての指揮官が本分を理解していなくてはいけない。               

発案者の島田権道、児玉次郎も必死で作戦の繊細を説明して回った。           

「良い部下を持ったのう」                            

「ありがとうございます。児玉中佐をまた私のところに戻していただいたのは何よりの助力です

。 きっと私を助けてくれるでしょう」                    

山本の言葉に山口機動艦隊司令長官が礼を述べた。                 

そこへ、角田覚治も寄ってきて「私は次席指揮官だが島田君には艦隊決戦でも大いに力になって

もらおうと思っている。 

彼の考えは実にしなやかだ。 

刻々変わる戦場で彼の柔軟さはきっと危機を救ってもらえると思っています」       

「二人とも、よく古賀君を助けてくれたまえ」山本は二人の手を取り、力をこめた。

 

空中戦

1944年11月30日未明・・・                                      

アメリカ第58任務部隊、ハルゼー率いる空母部隊より
FFヘルキャット、アベンジャー雷撃機

、ヘルダイバー爆撃機の戦爆連合563機が二手に分かれて一路マリアナ近海を遊弋する日本主

力艦隊にむけて飛び立った。                       

艦隊は日本空母部隊予想位置を考慮に入れて南東よりに位置していた。
             

「ジャップの豚どもをきれいに鮫の餌にしてやれ」                 

汚い言葉を吐きかけながら次々と離艦する艦載機に檄を飛ばすハルゼー。       

下品極まりないこの提督は、エリート中のエリート、キンメル提督に嫌われている事は十分知っ

ている。しかしこの日だけは感謝していた。
                           

記念すべき海戦の幕開けを自分にやらせてくれた事を・・・。              

戦うために生まれてきたかのようなハルゼーはブルドックに似た自分の顔が闘将にふさわしいと

自賛していた。


F6Fヘルキャット
米海軍戦闘機
時速603キロ  12,7ミリ機関砲6門
ヘルダウバー
米海軍爆撃機
時速452キロ 搭載能力726キロ
アベンジャー
米海軍雷撃機
時速414キロ 搭載能力450キロ







米機動部隊、発艦開始はマリアナ作戦本部にも緊急電でもたらされた。             

「潜水艦イー46より緊急電、我、敵機動部隊発見、発艦を開始している模様0530敵艦隊北

緯・・・・」
                                                  

その30分前には敵主力艦隊がわが戦艦部隊主力に向かって展開している模様が戦艦大和偵察機

よりもたらされている。
                                        

ついにその時がやってきた・・・この日が決戦となることを予期して搭乗員には待機が命じられて

いる。
                                                    

草鹿は各戦隊長に出撃準備を下令した。
                                  

後は最も効果的な迎撃体勢が取れる時間を割り出し、戦闘機を送り出すだけだ。       

各参謀は綿密な計算に入った。                                        

0610、滑走路に展開する戦闘機隊の搭乗員を前に草鹿任一マリアナ基地空軍指令官は訓辞を

行った。
                                                  

「時は満ちた。すべては君たちの双肩にかかっている。主力艦隊に襲いかかる敵艦載機を一機残

らず撃滅せよ。
   

君たちの働きは今海戦において、決定的な一打を米軍に与えることだろう。
   

長く辛い一日になるだろうが君たちの苦労はまさにこの日のためにあったのだ。
  

武運長久を祈る。」                                             

各戦隊長のかかれの合図で一斉に愛機に向かって走り出す。                    

「この間の借りは撃墜機数で返しますよ」
                                 

杉田は横を走る西澤少尉に大声で叫んだ。                               

「逆に落とされるなよ、杉田!」
 西澤少尉も気合を入れ返す。                   

笹井少佐の小隊も愛機に乗り込むと早々に滑走を始める。
                      

二番機坂井三郎、三番機太田敏夫は開戦以来常に一緒に苦楽をともにしている。
       

 
小隊撃墜総数は125機に上り、まさに最強小隊といっても過言ではない。         

 
グアム基地からも穴吹、黒江らの古参搭乗員も戦場へ向けて飛び立っている事だろう。     

第一次攻撃隊総指揮官は園田大佐が取る。                      

彼は高速偵察機彩雲に乗り作戦指揮を取る。
                               

司令官は大局的な作戦指導を行うために、直接戦闘には参加しない。               

第一次戦闘機隊は約500機、各基地から次々と舞い上がると編隊を組んでいく。     

約40分後には同程度の第2時攻撃隊を繰り出す予定だ。               

マリアナの空が一面蜂の大群に覆われたようになると、その大群は東の主戦場に向けて移動を開

始した。
                                                   

00機の戦闘機隊のうち7割強は疾風で占められていたが、機数不足のため零戦や紫電改、飛

燕なども含まれている。
                                            

それらの機体でも敵攻撃機には有効であると判断されたためだ。



疾風
日本主力戦闘機
時速680キロ 20ミリ機関砲4門
紫電改
日本戦闘機
時速598キロ 20ミリ機関砲4門
飛燕改
日本戦闘機
時速650キロ 20ミリ機関砲2門 13ミリ機関砲2門
零戦
前主力戦闘機
時速565キロ 
彩雲
偵察、早期哨戒機
時速675キロ

                                                           
30分後、味方主力艦隊上空を通過する。                              

先行していた偵察機より敵飛行部隊発見、500以上の報が園田の指令機に届く。        

ほどなく、主隊からも東の空にシミのようなものが目に入りだすと、それが次第に小さな点の集

まりに変わり、みるみる飛行機の輪郭に変わっていった。
                 

「すごい数だ・・・」
                                                

「大丈夫、あの半数は攻撃機だ。われわれにとってはたいした敵ではない
               

そのころかなり安定化して使えるようになった隊内無線は、組織的な近代戦には
なくてはなら

ないものとなっている。
                                           

古参の搭乗員らはそんなものは必要なしと言い切っていたが、やはり便利には変わりない、いつ

のまにか使い出している。
                                        

米主力艦隊上空に差し掛かると、対空砲の弾幕が黒い花が咲いたように澄み切った空を汚すが、

はるか下方で炸裂するさまは、どこか間が抜けて見える。
                   

「命令を伝える・・・」隊内無線を通して園田指令から命令が下る。
                    

「甲部隊は、敵戦闘機隊を攻撃せよ。制空権をとる。
                          

乙部隊「剣」は護衛戦闘機を引き剥がせ。「鉾」は隙を突いて攻撃機を撃滅せよ。
         

敵戦闘機はF6Fヘルキャット、攻撃機はアベンジャーと新型のヘルダイバーの模様・・・
 装甲が

厚いが確実に撃破せよ。
                                        

艦隊には一機足りとも近づけるな。諸君らの最善を尽くしてもらいたい。以上」                 

米軍機群は二手に分かれ始めた。                            

下降していくのは攻撃機群だろう。
                                     

「よしいくぞ!」
                                                

「遅れをとるな!」各々が戦友に声を掛け合う。
                            

「突撃!」各戦隊長の合図でフッドバーを思いっきり踏む。各機最大速度に増速すると敵機の群

れの中に突入していった。


こんなはずではなかった・・・米艦載機群のどのパイロットも空中戦に入った時そう実感したに

違いない。                                

米パイロットの中には激しい太西洋の戦いを潜り抜けてきた猛者も含まれていた。    

彼らは新米パイロットに自慢げに聞かせたものだ。                 

(大西洋ではドイツ自慢のフォッケウルフと戦ったものだ。 やつらは強敵だっださ。 スピー

ドはヘルキャットより上、火力もな、だが俺の腕前はやつらより少しだけ勝っていたんだ。 撃

墜マーク12個は伊達じゃないぜ。 今度は日の丸の撃墜マークがどれだけ増えるか楽しみだぜ

)                               

当時最高水準のドイツ空軍と渡り合った自信は二戦級の日本相手では物足らなく思えたのであろ

う。                                   

実際イギリスに不時着した零戦を徹底的に分析、対策も考案されていた。        

たとえその後継機でもたかが知れているであろうと信じられていたのだ。         

米艦載機群は、攻撃目標である日本主力艦隊上空に到達する前に日本軍の迎撃を受けた。

予期していなかったわけじゃない。                        

ただ予想よりはるかに量が多かった。                       

攻撃隊の司令官テイラー大佐は戦闘機隊に攻撃を命じると、自らは爆撃機を率い高度を下げてい

った。                                  

戦闘機隊隊長ミラー少佐はフルスロットルで制空隊を日本機群に突入させていく。   

「隊長!敵戦闘機は新型!強敵です」報告が入るも、今更引き返すことも出来ない。   

両軍はあっという間に距離をつめると乱戦の渦中に吸い込まれていった。       

一方テイラー司令官は攻撃地点に部隊を誘導していたが、そこには今しがた、目のあたりにした

のと同数くらいの日本機が待ち構えていた。                  

「やつらは一体どれ位の戦闘機を繰り出しているんだ!」               

「とっとと攻撃をしないと俺たちがサメの餌になってしまうぞ!」攻撃隊は半ば恐慌状態になっ

ていた。                                 

『アベンジャー』や『ヘルダイバー』を守るため張り付いていた『ヘルキャット』が新鋭戦闘機

『疾風』に強制的に引き剥がされていく。                   

護衛に徹するのならば、それは自機の墜落を意味していた。              

丸裸になった攻撃機には『零戦』や『紫電改』、『飛燕』が容赦なく取り付いて必殺の20ミリ

弾を叩き込む。                              

攻撃隊はもはや投弾どころではなくなっていた。                  

編隊を崩したものは相互射撃を行えず100%の死が訪れる。            

ヘルダイバーの編隊は日本戦闘機に取り付かれると自ら爆弾を投げ捨てて遁走に移った。

しかし最大時速400キロそこそこではとても戦闘機から逃れることは出来ない。   

あるものはコックピットを粉砕され、あるものは翼をもぎ取られ、落ちてゆくのは星のマークば

かりであった。                              

テイラー大佐は何とか射点にたどり着こうと進撃をするが一マイル進むごとに一機が火を吹き墜

落するのではないかと思われるほど日本機の攻撃は苛烈を極めた。        

「後ろに付かれた!助けてくれ!」 「おー神様!」                 

レシーバーを通して悲鳴と怒号が交錯し混乱を極めた。                

「各隊はなんとしてでも攻撃地点に到達せよ、逃げるな!」しかしテイラー司令官の命令を受け

止めるものは多くなかった。                          

それでも数隊が射撃地点に侵入すると爆撃態勢に入る。                

同士討ちを恐れて日本機は退去する。                        

テイラーは目指した戦艦に急降下を始めようと機体を翻したとき、それは起こった・・・。

大和型の戦艦の船体が爆発したのではないかと一瞬見間違えるほど真っ赤に染まると無数の火線

が攻撃機を押し包んだ。                          

高角砲の破片がばらばらと降り注ぎ機体があっという間にぼろ雑巾のように引き裂かれる。

真っ先に洗礼を受けたテイラー機はあっという間に空中分解、二度と命令を発することはなかっ

た。                                   

必殺の雷撃を食らわそうと大きく迂回をしながら高度を下げるアベンジャー雷撃機を園田大佐の

電探装備の指令機は見逃さなかった。                     

「6時方向、高度500に雷撃機の編隊約40、さらにその後方高度600に同編隊70進撃中

・・・鉾部隊迎撃せよ」                            

予備として控えていた紫電改の編隊がフルスロットルで翼を翻した。          

隊内無線で的確に防空の穴を埋めていく。                     

「くそ、発見された!各隊散開して射点を目指せ!」雷撃隊隊長ニクソン少佐がレシーバーで各

隊員に告げる。                                

護衛の『ヘルキャット』は日本機に立ち向かうがとても防ぎ切れるものではない。     

低高度をとっていた『アベンジャー』は上からのしかかられるように攻撃を受けさらに低みに追

い込まれていく。                             

なかにはそのまま海に突っ込んでしまうもの、攻撃を諦め魚雷を捨てて遁走に入るものなど後を

絶たない。                                

進撃を続けようとするものは優先的に攻撃目標にされ引導を渡される。         

数機が日本艦隊に向けて魚雷を発射したが及び腰の雷撃が当たるはずもなくむなしく海中に没し

ていく。                                 

一方大空で制空を競い合う戦闘機同士の戦いも徐々に一方的なものになっていった。   

笹井少佐の小隊は敵機の中に突撃すると、後続の敵機に一連射、急下降で距離をおくと多数の撃

墜マークをつけた機に目標を絞った。                     

たぶん太西洋戦線の生き残りなのだろう。                      

彼の小隊はいずれも猛者ばかり、どんな軌道を描いても追従してくる。         

その機は笹井小隊に気がつくや、横転をして逃れようとするが旋回性能では『疾風』のほうが上

手である。                                  

難なく追いつくと一連射、腹部を射抜かれた『ヘルキャット』はいとも簡単に墜落していく。                                         

笹井は墜落していく機には目もくれず次の目標を捜し求める。               

杉田庄一も持ち前の神がかり的な空戦技能を持って宙返りを繰り返し、敵機を追い詰めしとめて

いく。                                  

穴吹が、西沢が・・・日本の名だたるエースが大空をかけめぐり撃墜スコアを重ねていく。

「ミラー少佐!やつらの機体は零戦とは段違いです。ヘルキャットより50マイルは優速です。

しかも凄い旋回性能だ!次元が違いすぎます!」                

ミラーは次々に撃墜されていく見方に顔面蒼白になりながら自らが撃墜されないようにするだけ

で精一杯だった。                              

「攻撃隊に一歩も近づかせるな!」ミラーは各隊員に指示するが、「少佐!すでに攻撃隊は壊滅

しています。ミッションは失敗です」落胆した一瞬の隙を日本機が見逃さなかった。

下方より忍び寄ったその機は狙いだがわずミラー機を串刺しにした。            

意識を失う寸前、自分の機を葬った機体が追い抜いていく姿が目に映った。       

その機は、多数の桜の撃墜マークのため胴体が赤く染まっていた。           

まもなく米軍の2次攻撃隊が戦場に到着するが、機銃弾の尽きた機と入れ替わりに、やはり戦場

に到着した日本軍の第2陣と空戦を繰り広げることになる。             

しかし結果は初戦と同様、凄惨な殺戮場と化し結局500機以上に上った米軍の攻撃隊は、日本

の戦闘機で構成された延べ1000機に及ぶマリアナ地上航空団の波状攻撃の前に完全に封じら

れたのであった。                           

戦果としては唯一、巡洋艦羽黒に500キロ爆弾が一発命中したのが記録に残っている。


ハルゼーは帰還してくる艦載機を見て震えが止まらなかった。               

何とか帰り着いてもまともに使えそうな機がほとんどいない。               

ついに力尽き着艦寸前で墜落する機が後を絶たない。                

この日の海戦で、実に出撃機中70パーセントの艦載機を失ってしまったのである。   

「報告によると日本軍は新型の戦闘機を投入しています。我がヘルキャットでは太刀打ちできま

せん。」                                 

「日本空母部隊はまだ見つからないか!」                      

「残念ながらまだです。」                             

ハルゼーにはまだ約半数の航空隊が残っていたが、日本空母部隊攻撃のため温存していた。

3次攻撃隊を送り出したいのはやまやまだが、それが出来ない。            

「やつらは何処にいるんだ」ハルゼーの怒りは頂点に達していた。          

「索敵をやり直せ、やつらはきっと近くにいるはずだ。空母を叩くんだ、空母を!」             

今にも幕僚に噛み付きそうな勢いでものに当り散らしている。            

しかしハルゼーが被る厄災はこれで止まる訳ではなかった。             

これが序章と思えるくらいのことが彼を待ち受けているのである。


                            
    






 

鋼鉄の巨人たち

  111111111111111111                            

写真集

メール

鋼鉄の巨人たち
掲示板