復習の時

 

ハワイ、真珠湾は重苦しい雰囲気に包まれていた。

二週間前は海を圧するほどの大艦隊がこの地を出航していった。

当然、損傷艦や沈没艦もあるだろうが、敵艦隊を見事撃破し、

苦難を乗り越えた将兵の、輝いた瞳が艦上に整列しているはずだった。

しかしそこには大きく数を減じ、しかも満身創痍になりながらも

何とか故郷にたどり着いた敗残兵のごとく、生気すら感じない艦隊の姿しかなかった。

 

ひどいものだ・・・

これがわが無敵艦隊の姿とでも言うのか・・・

吉報を確信してハワイに残ったアーネストキング合衆国艦隊司令長官は体の震えが止まらなかった。

開戦とともに生起した大海戦・・・通称マリアナ沖海戦は日本軍の完勝で幕を閉じた。

日米供に参加可能の全艦船を投入した、文字通りの総力戦となったが

キンメル提督の作戦ミス、情報収集のずさんさ、万全の体制をとって待ち構える

敵中にまともに戦いを挑んだ事など、どれをとっても米国の完敗は

戦う前から決していたようだ。

 

「スプルーアンス提督の戦況報告が入っております。」

太平洋艦隊司令長官室にはキンメルの戦死報告が入ると、すぐさまニミッツ海軍中将が

大将に昇格し赴任していた。

ニミッツの前には分厚い戦況報告書が置かれている。

スプルーアンス提督はいまだ戦傷が癒えないため出頭する事がままならず

報告書のみの作戦会議となった。

「損失艦の数は甚大です。主力艦は全滅し巡洋艦以下の艦艇も参加艦艇の

3分の2を失い、残った艦もしばらくは戦力になりません。」

「艦船もそうですが、戦死した歴戦の将兵、特に指揮官の損失は甚大と

言わざるを得ません」

参謀が口々に、報告を行う。

「まずは現況として、補充でき得る戦力を出してくれないか・・・」

八方塞のなか、情報畑の道を歩んだ二ミッツは冷静に打開策を探っていた。

「来年(1945年)3月までに戦力化できる艦艇としましてミズーリ-級戦艦4、エセックス級空母4、

インディペンデンス級軽空母4、それにミズーリ−級を上回る新型戦艦の一、二番艦が
4月に完成します

。」


「いそがせれば6月までに、さらにエセックス級空母3隻が就航できます。

補助艦艇も大西洋から回航させ、穴は埋められると思います。

造船所では昼夜を問わずフル回転で建造に当たらせます。」

アメリカの底知れぬ工業力・・・

日本が大型艦を建造するのにどんなに早くても3年から5年を要するのにアメリカは同程度の艦を24

年、それも同時に数倍の数を建造できる。


日本にしてみればどんなに完膚なきまで叩いても一年後にはそれに倍する戦力を保有する事ができる

のである。


窮鼠猫をかむ・・・しかし猫はやがて虎になりどうあがいても100パーセント鼠の太刀打ちできない化け

物に変貌してしまうだろう。


日本にとっては絶対に戦ってはいけない相手と、くみしたことになる。

 


「早ければ来年の夏にも戦力は今海戦戦力を質量供に大きく凌駕できそうだ。


それまで、なんとしてでも日本軍の進行を阻止しなくてはならない」

ニミッツは当面の作戦に思考を切り替えた。

「現兵力で即時参加可能なのは潜水艦部隊があります。通商破壊作戦を行って敵戦力の減殺を計りま

しょう。」


「いいだろう」

「日本軍は戦勝気分で浮かれあがっていると思います。空母を大西洋から回航して後方基地を攻撃し

てみてはいかがでしょうか。


敵が後方に下がっている隙をついて揺さぶりをかけるのです。」

「日本軍は、マリアナ、トラックを拠点に防衛線を展開しています。

マーカス島、硫黄島のラインは最前線から見れば後方ですがミッドウェーから見たら側腹を晒している

ようなもの、防御が手薄になっております。簡単に攻撃を加える事が可能でしょう。」


「後方兵站基地を壊滅させて、揺さぶりをかけるのだな・・・」

ニミッツが興味ありげにうなずく。

「その作戦、マーク・ミッチャー提督に当たらせましょう」

参謀長が口をはさむ。

マークミッチャ-提督・・・彼は大西洋において、空母部隊を率いドイツとの艦隊戦を指揮した実績があ

った。


旗艦エセックスを失うもドイツ主力艦隊に攻撃を加え一時撃退した功績がある。

不屈の精神と勇敢さにおいてハルゼー提督にも引けを取らない勇将である。

彼のもとには1隻のエセックス級空母とカサブランカ級改装空母10隻がある。

「さっそく太平洋に回航させよう。戦艦部隊主力にはウィリス・リー提督を当てようと思う」

ウィリス・リー提督・・・小柄で、平時は人の良さそうなおじさんという風貌であるがレーダー射撃の権

威として知れ渡っている。


冷静沈着な指揮振りには定評があった。

主力は壊滅していたが、就航なった艦より逐次完熟訓練を行い、彼の指揮下に配備する事が決まった。

作戦指導会議は数日に及び、細部にわたる作戦方針が決定されていった。

静寂を取り戻したかに見えた太平洋に新たな戦火の序曲が奏でられようとしていた。

 

 

 

跳梁

 


マリアナ沖大海戦から、はや4ヶ月を迎えようとする昭和20年3月末…


本土では桜のつぼみも膨らみかける季節…

日本国民はいまだ戦勝気分に心踊り、米軍何するものぞの風潮が蔓延していた。

軍部にも米兵を弱敵とあざ笑うものが多勢を占めていたが、連合艦隊司令部においては重苦しい空気に

包まれていた。


「最近の米軍の活動は日に日に活発化しています。このまま見過ごしていては後の憂いとなりましょう

」そう発言したのは護衛艦隊司令長官の木村昌福中将である。


「敵潜水艦の跳梁で、国内への需給体勢にほころびが出始めています。

1月には3隻、2月には12隻、3月にはいってすでに9隻の輸送船やタンカーが撃沈されました。

わが護衛艦隊も敵潜7隻を撃沈しましたが、最新装備の陽炎級や軽空母の配備を具申します」

「気持ちは分かるが戦術的に最新鋭駆逐艦を割くことは、来るべき米軍来冠時に支障をきたす事だろ

う。しかし護衛専門の2等駆逐艦松型がかなりの数が揃ってきた。


最優先で護衛艦隊に廻す事にしよう。また大鷹級空母も護衛部隊に配置させよう。」

 

2等駆逐艦松型…護衛を主任務にする小型駆逐艦で戦時下において量産を計るため、極力船体を簡単構

造に徹して1隻あたりの工期を3ヶ月とした駆逐艦である。


特に対潜能力に主眼が置かれ対潜ソナーやヘッジホックなどの最新対潜兵器を搭載するかわりに、装甲

は無きに等しく、主砲も高角砲のみと艦隊決戦にはまるで用を成さない。


しかし、数をそろえ輸送船団に張り付かせれば、そう容易く攻撃を許すものではないと期待されていた

 


「わが空軍も護衛のため各基地から船団の目となりましょう」


そう言い放ったのは石原莞爾空軍参謀長である。

旧式の中型攻撃機を改造し、鳥かごのような多角面のコックピットを持つ機体…この一月に正式採用

された対潜攻撃機『瀬戸内』である。


扱いやすさに定評のあった旧式攻撃機に磁場対潜探知装置と小型水中爆弾多数を積み、まさに潜水艦

狩りの専門機としてすでに配備についている。


それを航路上に集中配備させ、早期発見と攻撃をさせようというのだ。

木村護衛艦隊司令長官は、皆の顔を見渡すと深々と頭を下げた。

 

松型護衛駆逐艦
対潜能力に特化された護衛専門の量産型駆逐艦
瀬戸内
対潜ソナーを搭載、小型爆弾をもって潜水艦狩をする特殊攻撃機


「先週、わが国最東端の南鳥島(マーカス島)が空爆に遭いました。


被害は甚大で配備されていた航空機は全滅、滑走路も完全に破壊されました。

情報では大西洋から回航された空母の跳梁との報告です。

その戦力は大型空母2ないし3隻分、あるいは小型空母多数との見方もあります。

米軍は早くから空母用のカタパルトを実用化しているので

小型空母といえども数をそろえれば、戦闘能力は正規空母と遜色ありません。」

 


重い空気に包まれた作戦室に緊急電がもたらされた。


伝令の手がわずかに震えている。

「発、トラック守備隊指揮官…宛、連合艦隊司令長官。本日1400、トラック島全域に空襲を受く。

敵は空母艦載機なり…その数延べ400…


在泊艦船、ならびに航空機の損傷は甚大なり…」

「長官!」

皆が電文と山本連合艦隊司令長官の顔に張り付いた。

「こちらも打って出て、完膚なきまでに米軍を叩きましょう!」

決断をせまる参謀たちに、喝を入れる声がこだました。

高田利種情報部長である。

兵学校の時より成績抜群で、めきめき頭角をあらわし、あまりの頭の切れに『かみそり』の異名を持

つ。


「この一連の米軍の動きは、わが軍に動揺を与えつつ時間稼ぎをしているのではないかと考えます。

先のマーカス空爆とトラックとでは敵の攻撃力が増大しています。

すでに新造艦の補充をしつつあるか、めどが経ったと見るほうが良いでしょう。

そこに誘い出されては、返り討ちの危険性があります。

戦時管制下のため情報を収集するのが難しくなってきていますが断片的な情報をつなぎ合わせると情

報部として、ひとつの結論に達しました」

 


高田中将が合図をすると部員が資料を各参謀に配り始めた。


「米軍の新型戦艦の情報を入手しました…全長は280〜290メートル、

主砲は51口径18インチ(46センチ)砲9門、一番艦はロードアイランド

以下2隻がまもなく就航するのを確認しています。

それ以外にも、ミズーリ-級の拡大発展型16インチ砲12門搭載のモンタナ級4隻

ミズーリ−級も3隻がすでに戦列に加わっているとの情報があります。

空母はエセックス級7〜8、軽空母に関しては大量増産で15〜20隻が夏までには戦列に加わりま

す。」


淡々と報告するなか、さきほどまで血気にはやっていた参謀たちも思わず絶句してしまった。

「まだ、マリアナから3ヶ月しか経っていないのに戦艦の数ではすでに我が軍は劣勢なのか…」

勇猛果敢で鳴る角田覚冶が猛禽類を思わせる細い目をめいいっぱい押し広げて立ちすくんだ。

「空母の数もかなり拮抗している…優位に立てるのも半年というところかも知れん」

山口多聞も体の震えがおさまらない。

「我々はどうやら眠れる龍の鱗を剥がしてしまったのかも知れん・…

しかし、本当に目覚める前に今一度、龍の足を切り、角を折って講話の道を開くしかない。

しかし次の決戦、完勝はありえないだろう。

我々も満身創痍となり、2度と立ち上がれないかもしれない。

しかし負ければ滅亡の道を歩む事になるだろう…

各員、今一度力を貸して欲しい」

山本の瞳は各員の一人ひとりに注がれていた。

 

 



「ミッチャ−は派手に暴れまわっているようだな」

ニミッツは傍らのスミス参謀長に話し掛けた。

「日本軍の根拠地、トラックにも相当のダメージを与えました。今ごろ彼らも泡を吹いている事でしょ

う。」


ミッチャ−提督率いる第36任務部隊はマーカス島を空爆すると、戦力補充後、南下してトラック島を

急襲した。


完全に不意を疲れた日本軍はなす術もなく崩壊した。

中でもトラックは日本海軍の遠洋では最大の根拠地である。

米軍にとってのハワイに匹敵する。

すでにトラック島にも大型の陸上用電探が据え付けられていたが、

折りしも日本空軍の飛竜爆撃隊が配備される日と重なり、担当当直員が敵大編隊とそれを取り違えてし

まったのだ。


飛竜隊は急報を受け引きかえしたので被害はなかったが、トラック基地に配備されていた130機の航

空機のうち、3分の2に当たる74機が撃破されてしまった。


幸い米軍の攻撃が一度で終わったので全滅とはいかなかったが

港湾施設も被害を受け、復旧にはそれ相応の時間がかかるものと思われた。

 

 

モンタナ
ミズーリー級の拡大発展型
砲塔を1基3門増設し、攻撃力をアップした。
ウィスコンシン
ミズーリー級量産戦艦の4番艦
姉妹艦にニューヨーク、ミシガン、ニューハンプシャー、ワイオミングを加えた。

 

 

新たな力

 

この日は真珠湾に就航間もない新造戦艦『モンタナ』、二番艦の『コネチカット』が回航される事にな

っていた。


ニミッツやその幕僚たちが見守る中、その巨人たちはゆっくり桟橋に巨体を横たえた。

「素晴らしい艦だ。反攻作戦の一翼を担うのにふさわしい」

ニミッツは感嘆のため息を漏らし、幕僚達もうなずき返す。

戦艦モンタナ…

主砲はミズーリ−級と同じ16インチ砲だが、

前後に二基づつの3連装砲塔を配置している。

合計12門の51口径16インチ砲はミズーリ−級の25パーセントアップの攻撃力を持つ事になっ

た。


船体も前級より10メートル長く5メートル太い。

それに伴って防御力も若干ではあるが増大している。

 


「これで戦艦はミズーリ−級4隻を含めて6隻になりました。大西洋から回航され、ミッチャ−の元

護衛に当たっているウィスコンシン(ミズーリ−級)を含めれば7隻…5月には待望の大型戦艦『ロー

ドアイランド』、『メイン』の2隻が戦列に加わります。」


「もう少しミッチャ−には時間稼ぎをしてもらわなければならないが、戦艦部隊も実戦経験をつませた

い。良い案はあるかな?」


「はい、情報ではトラックへの攻撃で敵艦隊の一部が救援に向かったとのことです。これを叩くのはい

かがかと…。」


「よし、すぐ立案にかかってくれ」

日に日に増強される艦隊を見て、二ミッツは自信を深めていった。

 

 

播磨
尾張型の3番艦ながら、主砲を43センチ12門に装換し、射撃速度を増した。


時を同じくして、横須賀にも新たな軍艦が産声を上げた。


戦艦『播磨』…尾張型の船体を持つこの艦は、尾張型3番艦として計画されていたが

マリアナ沖の海戦においての教訓を得て、尾張級の異母兄弟として生を受けた。

大きく異なるのは、攻撃の要となる主砲で新開発51口径43センチ砲を

背負い式に前後に2基ずつ、三連装4基合計12門を搭載した事による。

マリアナでは両軍合わせても最大級の砲撃力を持つ尾張型ではあったが、発射速度の遅さ、砲門数で遅

れをとり、戦艦紀伊に至っては危うく打ち負けてしまうのではないかというところまで追い込まれてし

まった。


艦本本部はこれを教訓に、ほぼ出来上がっていた三、四番艦の主砲に、

金剛型の代艦用にと開発されていた43センチ砲を装備させたのだ。

43センチ砲とはいっても連合艦隊の主力砲となっている大和型の45口径46センチ砲を決戦距離か

らの直撃にも耐えられるよう対46センチ砲防御が施されている。


また、長砲身51口径は初速、発射速度とも早く破壊力は46センチ砲に匹敵し20秒に一発の発射

速度は艦隊随一となる。


その意味でも決戦では大いにその真価が発揮されるものと期待されていた。

5月には同型艦『薩摩』が呉で完成する。

「これで大和級以降の新型戦艦は7隻。これに長門、陸奥を加えて9隻…

しかし我が軍にはこれ以降の建造は今しばらくの時間が必要だった。

それにひきかえ、米軍は3ヶ月に1隻の割合で新造艦が完成していると聞く。

叩いても叩いても切りがなく、逆にこちらはジリ貧になってしまう。

なんとしてでも今度の海戦が最後となるよう講話の道を探らなければ…」

「講和の道も大事ですが、及び腰では勝てるものも勝てなくなります。政治は陛下に

お任せして、戦いに専念いたしましょう。」

「もっともだ…」

山本の心配に山口多聞は武人としての本懐を全うする覚悟を決めていた。

海戦は各々の思惑や期待も込めての心理戦として早くも始まっているのかもしれない。

戦艦播磨はその巨体を東京湾へと滑り出させていった…。

 

 

 

風雲のトラック

 


トラック大空襲の後、援軍として


サイパンよりトラックに向けて艦隊が急派された。

マリアナ海戦においては西村祥司提督が指揮をとっていた戦艦部隊である。

旗艦『伊勢』を先頭に、修理の終わった『日向』、『山城』、『扶桑』が続く。

米艦隊は空母を基幹とした機動部隊で、すでに東方に去ったという情報だが、トラック復旧のための物

資を積んだ船団の護衛も兼ねている。


今回の出撃には西村提督が休養のため陸に上がったので、高木中将が指揮をとっている。

そして別働隊として、新型艦として編成に加わる空母群が完熟訓練をかねて出撃していた。

雲龍級空母7番艦から9番艦として完成した『浅間』 『妙義』 『雲仙』である。

各々にはやはり新編成となった航空隊が乗艦し、日夜戦闘訓練に励んでいた。

艦隊は全艦無事トラックに到着すると、錨を降ろした。

「ひどくやられたものだな」

「再建には4、5ヶ月はかかるでしょう」

この高木艦隊はトラックがまた元のように機能するまで守備を命ぜられていたが

戦火は予想を上回る速さで迫ってきていた。

 

伊勢
高木艦隊旗艦。
トラック救援のために派遣される。
同型艦 日向
雲仙
加来司令官の第6機動部隊旗艦
量産型中型空母で同型艦 浅間、妙義と共に戦隊を組む。

 


「何だ、この情報は!2日も前のではないか!」情報部長の高田提督は息巻いた。


「はっ、情報を発信した伊―26は撃沈され、現場に急行した伊―36も消息を絶ちました。

真珠湾偵察に配置された潜水艦部隊は、そのほとんどが、連絡が取れなくなっています。

厳重な漏洩封鎖は、大規模な作戦が行われる証ではないでしょうか・・・」

大石作戦参謀の報告に高田提督は思慮を巡らしていた。

『緊急、ワレ真珠湾ヲ出航スル艦隊ヲミユ。戦艦、空母ヲ含ム大艦隊ナリ・・・南西二向ケテ航行中

・・・』


電文は平分で打たれていた。この直後、伊―26は撃沈されたらしい・・・

高田提督は急に顔色を変えると情報室を飛び出していった。

 


「日本軍に察知されましたかね・・・。」


スミス参謀総長は傍らのリー提督に尋ねた。

「撃沈寸前に潜水艦からの電波を察知したと報告を受けている。

完全な奇襲は望めないかもしれぬな・・・。

これ以上発見されぬよう偵察を密にしてくれたまえ」

 


米国太平洋艦隊はその全力を持って一路トラックに向けて進撃を開始していた。


戦艦部隊、旗艦『モンタナ』を先頭に僚艦コネチカット、ミズーリー級の生き残り『ウィスコンシン』

、同型艦『ニューヨーク』、『ミシガン』、『ニューハンプシャー』、『ワイオミング』と続く。


巡洋艦も就航間もない超甲巡『アラスカ』、『ハワイ』を先頭にクリーブランド級、ウィチタ級など多

数が脇を固めていた。


後方から追従する空母部隊もミッチャ−提督指揮の元、エセックス級空母『ヨークタウンU』、『レキ

シントンU』、インディペンス級空母『ベローウッド』、『カウペンス』ほか、カサブランカ級護衛空

母10隻を基幹として護衛駆逐艦が多数付き従っていた。

 


「昨日の現地諜報員の無電によりますと2日前に戦艦4隻、空母3隻からなる日本艦隊が

トラックに入港したとの情報です。多数の船団を伴っているとあります。」

情報将校の報告に気をよくしたリー提督は、
「よかろう、わが艦隊の全力を持って、敵艦隊を殲滅し、残る力でトラックを有史以前の状態まで徹

底的に破壊しつくす・・・。」と指令部員に向かってに宣言した。


「前衛艦隊より連絡・・・われ敵監視船を発見、直ちに撃沈す。」

「それでいい・・・」

日本軍は、多数の漁船を戦時徴集の名目の元、各前進海域に配置し、敵の早期発見に努めていた。

この当時、マリアナなどの重要最前線には電探装備の監視艇を配置していたがトラックのような後方

基地にはまだ漁船に毛が生えた程度の艇しか配置されていなかったため、先に米駆逐艦に発見され無電

を発信する前にことごとく破壊されていった。


時に昭和20年4月14日、明日にはトラックが航空隊の空襲エリアに入る・・・。

今またトラック諸島は荒れ狂う戦火の嵐に飲み込まれようとしていた。

 

 



そのころ連合艦隊作戦司令部では、各参謀が目から口から火を吐く勢いで激論を交わしていた。


「米太平洋艦隊が大きな作戦行動に出たことは明らかです。情報部においてもほとんど今作戦を察知

することができませんでした。


ただ、伊−26及び後に伊−58潜からの報告によると真珠湾から南西に向かって航行した模様です。



「すると、またマリアナに向かってくるとでも言うのか・・・。」

「マリアナの各基地にも緊急迎撃体制を発令しましたが監視艇からの報告は入っておりません」

「所在がわからんと打つ手がない」

司令部では攻撃の意図、所在をつかめぬまま論争が繰り広げられていたが、高田利種中将が発言を求め

た。


「定時報告の入らない監視艇がいるのですが、トラックからは無線機の故障ではないかとの報告が入っ

ております。私にはどうも引っかかるものがある・・・


トラックには再建のための物資を山済みにした船団、人員、それに護衛につけた戦艦空母群が停泊して

います。敵にとって絶好の好餌でありますまいか・・・」


一同が目を見張る・・・

消息を絶った監視艇はトラック北方500海里付近・・・

「それだ!トラック島守備隊及び艦隊に向け至急退避命令を出したまえ。

旧式戦艦と初陣の航空艦隊では支えきれるものではない。輸送船団を含めて即撤退させる。極力艦の保

全に勤めるよう厳命せよ」


山本長官は直ちに命令を下すと、全艦隊に向け臨戦態勢をとるように命じた。

しかしこの発令はすでに時を逸していた・・・

 

 

 

高木の戦術

 

トラックはすでに夜になっていたが、あわただしく錨を巻き上げる音、スクリューが海をかき回し慌し

く出航をする様が随所で繰り広げられていた。


揚陸された物資も安全地帯に運べるだけ運ぼうと兵士が汗だくになりながら行き来をする。

この夜ならまだ安全と、光々と明かりをつけあわただしく蠢く様、その光に照らされた城郭のような戦

艦の艦主楼は不夜城のごとくであった。


「小柳君には貧乏くじを引かせてしまったな」高木武雄艦隊司令官は戦艦伊勢艦長、小柳大佐に詫びた



「いえ、長官こそ・・・」高木は自嘲の笑みをもらした。

高木は海軍の中ではエリートと呼ばれる部類に入っていた。

しかし開戦劈頭、バタビア沖で繰り広げられた海戦で不本意な戦いをし、戦には勝ったものの敢闘精神

が足らないと左遷の憂き目を見ていた。


マリアナ沖の大海戦では空母群の護衛部隊を指揮したが大した論功は上げられなかった。

ようやく西村祥司中将の後釜として戦艦部隊の指揮を仰せつかったが巨大な敵を前にわずかな兵力で

対抗しようとしている。


「大方の船団は出航しました。われらも出ましょう」小柳艦長の催促に軽くうなずくときびすを返し

て長官室に戻っていった。


高木提督はすでに明日の闘いで自分がやるべきことを覚悟している。

まだ終わったわけではない・・・百死零生にも一分の希望を見つけて戦い抜くことを自らに課していた

 


明けて15日、トラックの空は星マークの航空機で真っ黒に覆われていた。


前回の爆撃によって完膚なきまでに叩かれ、いまだ再建ままならないトラックの各基地は無抵抗のまま

爆弾の雨に晒されていた。


戦争さえなければ南国の楽園であっただろう南海の孤島は見るも無残に破戒尽くされそれほど高くな

い山もその標高をさらに下げたのではないかと思われるほど原形を留めていない。


滑走路も施設ももう修復不可能と思えるほどに破壊尽くされる。

日本兵たちは、無抵抗のまま塹壕に閉じこもり爆弾の嵐が過ぎるのを待つ以外なかった。

米軍はお目当てのものがなかった苛立ちを陸上のあらゆる施設にぶつけるように、全弾使い尽くすまで

行われた。

 

「どうやら日本軍に見抜かれていたみたいですな。しかし昨晩諜報員が最後に送ってきた通信には敵艦船の所在を報告してきています。まだそんなに遠くには行っていない筈・・・」

「攻撃隊を収容しだい追撃に移る。リー提督にも報告すると同時にありったけの偵察機を飛ばして敵の所在を突き止めるのだ」ミッチャーは全軍に追撃戦を指示した。

 


1100時、全速力でトラック西方に退避していた高木艦隊の頭上に一機の航空機が張り付いた。対空

砲を打ち上げて、まもなく追い払ったが何を意味するかは一目瞭然であった。


「ついに見つかってしまったか・・・艦隊に輪形陣を組ませる。わが艦隊を船団の最後尾に付けよ・・

・空母部隊は我を顧みず全速を持って退避されよ」高木は迷うことなく発令した。


二時間後の1:00頃戦艦扶桑の23号対空電探が敵の大編隊を捕らえた。

「ついに来たか・・・加来君はうまくやってくれるだろうか・・・」

敵の接触を受けると高木はさっそく新編機動部隊(第6機動部隊)に急報した。

加来止男中将・・・長いこと飛龍艦長をつとめた後、戦隊指揮官を勤め、マリアナ沖においては山口司

令長官の下第1機動部隊の戦隊指揮官として敏腕を振るった。


特に山口長官の信任の厚い指揮官の一人である。

長いこと航空畑を歩んで、この度第6機動部隊の指揮官に拝命された。

 


やがて西の空からも別の航空部隊が接近してきた。


日の丸をつけた戦闘機が艦隊上空を通過するのを見て、高木は加来提督の好意に心で手を合わせた。

3隻の空母から飛び立った戦闘機部隊は58機。

ほぼその全力を持って戦艦部隊の直奄を行おうとしている。

雲仙飛行隊長、杉田庄一大尉はすばやく戦況を判断すると部隊を二分し、一隊を敵攻撃機に、そしても

う一隊は自らが率いて敵戦闘機群の中に踊りこんだ。


幾度となく繰り広げられた疾風対ヘルキャットの空中戦・・・

戦闘能力において米軍機は疾風の敵ではないが、米軍の戦闘機は第一次攻撃隊だけでもゆうに90機

をうわまわる。


精強を誇る日本戦闘機隊であったが全てを防ぎきれるものではない。

自らが落とされないようにするのが精一杯で制空権確保とまではいかない。

それでも墜落していく機体は圧倒的に星のマークのほうが多いのだが・・・

撃墜王の一翼を担う杉田大尉であったが五機を撃墜したところで敵の進攻を許してしまった。別働隊を

預かる浅間飛行隊長穴吹大尉は敢然米攻撃隊に襲い掛かる


アベンジャーやヘルダイバーが逃げ惑いながらも後部の12.7ミリ機関砲を乱射する。

日本戦闘機隊は射線をかわしながら一機また一機と撃墜していく。

しかしここでも150機にのぼる米攻撃隊を阻止することは出来なかった。

戦線のほころびを付いてヘルダイバーは急降下攻撃地点に、アベンジャーは雷撃地点を目指して突き進

む。

 


日本軍の輪形陣は旗艦『伊勢』を中心に後方左右に『山城』、『扶桑』を配置し左前方に『日向』、そ

の外郭に『名取』、『多摩』の防空巡洋艦、重巡『高尾』、『愛宕』 装甲巡 『鞍馬』 『伊吹』が

周りを囲む。


最外郭には『矢矧』をはじめ駆逐艦を多数配置している。

防空巡は第6機動部隊から借り受けている。

「打ち方はじめ!」天を睨んで今かいまかと待ち続けた高角砲や機関砲がいっせいに火を吹いた。

空は一面光の火線と爆発による黒い爆煙に覆われた。

34式電探誘導高射装置…今や各艦の標準装備となっている射撃装置である。

これにより誘導された3式12センチ高角砲や37ミリ機関砲は的確に目標に向けて弾丸を送り続ける。

弾丸にはドップラー現象を応用した近接信管が仕込まれていて


目標至近で爆発、その破片により確実に損傷を与え続け、撃墜にいたる。

各艦は脅威度の高い敵機を選択し、次から次へと葬り去る。

最外郭に位置する駆逐艦『大潮』が上空を通過しようとするヘルダイバーを高角砲の弾幕で撃墜する。

防空艦多摩が輪形陣の隙を抜いて低空で進入するアベンジャーの編隊を強力な37ミリ4連装の集中

砲火で一網打尽に絡めとる。


中央に位置する戦艦群は近づく敵機をすべての火器を総動員して片っ端から葬り去る。

しかし米軍も負けてはいない。破りがたい輪形陣と見るや外郭の駆逐艦に集中攻撃をかけてきた。

高性能の電探システムを搭載しているといえども、10機近くの急降下爆撃機のすべてを防ぎきれるものではない。

1,2番機を高角砲で討ち取り、3〜6番機までを機関砲で討ち取ったがそれ以降の降爆を許してし

まった。

4発の爆弾のうち2発が第2煙突直下と艦尾に命中した。

駆逐艦『朝潮』は船体の後ろ半分が吹き飛び九の字になって急速に沈み始めた。

駆逐艦『初春』も至近弾2発、艦首に1発の500キロ爆弾を喰らい、艦隊から落伍していく。


輪形陣の綻びからアベンジャーの一隊が海面すれすれに降下して突入してくる。

防空艦『名取』は高角砲、機関砲のすべてをアベンジャー隊に向けて火線を送りだす。

30分も続いただろうか・・・目っきり数を減らした米艦載機群は東方に去ってゆく。

深追いを避けた疾風隊もまた、母艦を目指して後退していく。

南海の空を覆いつくした黒煙も急速に薄れ、元の透き通るような青空に戻ってゆく。

 


「やれるだけの事はやった・・・」杉田は戦闘機隊を集合させると母艦に戻ってゆく。


58機の疾風も10機ほど数を減らしたようだ。皆、艦隊に向けて武運長久を祈る。

30分後、第2時攻撃隊が艦隊上空に飛来した。

今度は上空直奄の戦闘機がいない丸裸の艦隊である。

『愛宕』に500キロ爆弾が2発、『鞍馬』は1本の魚雷を受ける損害を出し、駆逐艦『子の日』、『

白露』、『有明』が沈没、『峰雲』、『夏雲』がそれぞれ爆弾によって落伍して行った。


戦艦部隊も『日向』が3発の500キロ爆弾を喰らい2基の高角砲と機関砲数門を吹き飛ばされた。『

山城』も1発の爆弾と1本の魚雷を被って若干速力を落とした。


今回は艦隊のみならず、輸送船団も被害を被り4隻の輸送船が沈没、2隻が落伍した。

それでも、各艦は期待以上の奮闘を見せ、飛来89機中48機撃墜、数十機を撃破し再度の戦闘能力

を奪っている。

 


「水上電探に感・・・水上部隊発見、距離フタマル、大艦隊です!」報告員の声がうわずる。


「ついに来たか・・・」高木武雄提督は大きくひとつ深呼吸をすると、昨日来思い描いた作戦を披露し

た。


「わが艦隊は戦艦4隻をもってしんがりとなり、残存艦の後退を支援する。

全艦、来るべき決戦に向けて艦の保全に勤めよ。命令は厳守とし、いかなる状況といえど助力は必要

なし」


高木提督は全艦に通達した。

魚雷を喰らい若干速力を落とした『山城』をかばいながら、艦隊は西方へ退避を開始したが徐々に4

隻の戦艦と、やはり魚雷を喰らって、速力を落とした『鞍馬』は取り残されるように距離が開いた。


「電探室より・・・敵艦隊は後方3万5千メートルに接近、戦艦7隻含む巡洋艦多数」

まもなく肉眼でもそのほっそりとした米戦艦特有のシルエットが確認できるようになった。

「距離3万で面舵に転舵、T字を描く」

T字を描き、味方の退路の前に立ちふさがろうという作戦だ。

20分後、「距離3万、面舵いっぱい!」小柳艦長は艦を誘導する。

「米艦隊、面舵に転舵します!後続の巡洋艦は直進!」艦隊を二分し、高速を生かして

先行するすべての艦を殲滅しようとの算段だ。

「鞍馬より入電、我、敵巡洋艦との決戦を欲っせんとす、武運長久を祈る」

『鞍馬』は単艦で敵巡洋艦を足止めするつもりである。

高木は敢えて異を唱えなかった。祈る思いで『鞍馬』の奮闘を祈るばかりだ。

 


「敵一、二番艦、主砲は
12門、新型です」

高木はふと思いつき電信員に敵の陣容、作戦を逐次連合艦隊あてに打電することを伝えた。

「距離2万敵戦艦撃ち方始めました!」

「電探室より・・・入力完了、いつでも打てます」

「よし、打ち方はじめ!」各砲塔より一門づつ、各艦六門づつが砲撃を開始する。

旧式化したとはいえ36センチ砲六門の発射の衝撃はすさまじいものがある。

よろけそうになる足元を何とかこらえ敵艦を睨みつける。

数十秒後、敵の砲弾が落下してきた。

まだ距離がある。就航間もないため訓練がまだ行き届いていないのだろう・・・

高木提督はそう判断した。

「弾着〜!近1」100メートル手前に落ちた。次はさらに近く・・・

微調整を整えた2弾目が火を吹く。

敵の再射も来たが、まだ距離がある。

「敵一番艦、夾叉しました!」微調整を繰り返した四射目で夾叉弾をだした。

次は命中弾を出す確率が高くなる。

「全砲門開け!一斉射撃!」高木は自信を取り戻し号令した

総じて日本艦隊のほうが射撃は正確であった。

熟練度の違いは一目瞭然であった。

他の三艦も早いうちに夾叉弾を出し命中弾を送り続けている。

一戦隊の『伊勢』、『日向』は一番艦の『モンタナ』を、二戦隊の『山城』、『扶桑』は二番艦『コネ

チカット』を目標にすえていた。


「一番艦に2発命中!さらに日向の砲弾3発命中!」命中弾は少しずつではあるが、確実に戦力を削り

取っているように思えた。


しかし砲力は以前衰えず、16インチ砲を撃ち続けている。

「扶桑に2発命中!火災発生!」

最後尾を走る扶桑が被弾した。

一、二番艦に砲撃を集中しているため敵の3番艦以降は無傷である。

徐々に精度を上げてきた砲撃がこちらを捕らえつつある。

敵の12射目がついに『伊勢』を夾叉した。次はいつ命中弾が出てもおかしくない。

こちらが二艦合わせて16発の36センチ砲の命中弾を送り込んだとき、『伊勢』もまた始めての命中弾

を喰らって衝撃に打ち据えられた。


後部艦橋を襲った一弾は後楼を破壊し一瞬でスクラップと化してしまった。

所詮、36センチ搭載艦では、40センチ搭載艦にはかなわないのか・・・

あれだけの命中弾を与え続けながら、相変わらず砲撃は衰えを見せない。

20発は命中させただろうか・・・ようやく敵一番艦に火災を発生させたがこちらも命中弾を受けてか

4発目が第3砲塔を一撃で粉砕し5発目が煙突を直撃、破壊された破口からおびただしい黒煙を吐き出

した。

そして今またその巨弾が第一砲塔を襲い粉砕した。


高木以下艦橋にいた幕僚は衝撃で投げ飛ばされた。

何とか立ち上がった高木は砲塔ごと消し飛び火災を起こしているのを見て弾薬庫への注水を命じた。

もっともこの命令を聞いて注水させる人員がいればの話だが・・・

幕僚の一人が意を察し艦橋から飛び出していった。

2基の砲塔を失い戦力の3分の1を失った今、形勢は完全に逆転したと見るほかはない。

 

『日向』も敵二番艦『コネチカット』から命中弾を受け続け急速に戦闘力が衰えてきている。

艦自体も喫水線下にも被害が及んだのだろう、10度ほど傾いて航行している。

あれでは射撃制度が著しく落ちて命中弾は望めないだろう。

 

『山城』も敵2番艦に向けて『扶桑』と合わせて20発以上の命中弾を与えたが、敵3番艦『ウィスコン

シン』、
4番艦『ニューヨーク』の砲撃を受け36番砲塔はことごとく破壊され、火の海となっている



遠目で見ても命運は尽きたかに見える。

しかし、その異様に高い艦橋には、被害らしい痕跡はなく聳え立っている。

あたかも炎の衣を身にまとった竜が、かまを持ち上げて海を疾走するさまに見える

山城
高木艦隊の一艦として善戦するも多数の命中弾を受け、沈没する。
扶桑
同じく善戦するも船体を引き裂かれて沈没した。

 


しかし最後尾の『扶桑』ははるかに凄惨な姿でその生涯を終えようとしていた。


塔楼の様に聳え立った艦橋は前に折れ、第二砲塔の上にのしかかっている。

すべての砲塔は沈黙し全身から炎を吹き出している。

あちらこちらから小爆発が絶えず、かつて艦を構成していた部品の一部が肉片とごちゃ混ぜになり宙

高く吹き上げられる。


『ミシガン』、『ニューハンプシャー』、『ワイオミング』の16インチ砲をしこたま喰らい、完全に

瓦礫の山と化してしまった『扶桑』はついに力つきたとでも言うようにぐるりと回転し赤い腹を見せる

と艦首より沈み始めた。


しかし扶桑の厄災は、それだけでは終わらない。

一瞬、艦中央部に閃光が走ったかと思うと火球に変わり、弾けた。

紅蓮の炎は100メートルはあるかという火の柱になり、船体中央を引き裂き、直立しながら艦首と艦尾

は別々に沈んでいった。

 

『日向』もその終焉を迎えようとしている。

ようやくあたり始めた『コネチカット』の砲弾は艦底にも被害をもたらし行き足が遅くなったところ

を滅多打ちにされた。


やはり大量の海水を飲み込んだ船体はその重みに耐えられず急に反転、あまりのことに総員退去を発

令するまもなく海没してゆく

 

炎を吹き上げながら疾走していた『山城』も機関室まで炎が回ったのだろう、急に行き足が止まると、

炎の衣は自らのかまを炎であぶり始めた。


艦首から艦尾まで満遍なく炎に包まれしばらくは浮いていたが、その全身を燃やし尽くすまで燃えてい

るのではないかと思われるほどであった。

 

「ここまでだ・・・ほかの艦は逃げおおせただろうか」高木は自分に課せられた仕事が全うできたか

どうかを自問していた。


艦隊の全力で敵艦隊に挑むという手もあった。しかし圧倒的な戦力差がある上、最終的には全艦を失う

羽目になるやもしれない。


来る大海戦には老朽艦よりも優秀な補助艦艇を生きながらえたほうが良いのではないか・・・

高木はそう判断し戦艦を盾に米軍を食い止めたのであった。

「長官、お見事な采配でした。敵に一矢を報えましたし、貴重な戦闘報告もご指示通り逐次司令部に

打電いたしました」


「ご苦労であった」

「長官こそ・・・」

砲撃はいつの間にか沈黙している。

こちらに向けて米駆逐艦の一隊が急速に近づいてくるが、対抗する高角砲もなく主砲も傾斜してしま

った船体ではあらぬ方向に弾が飛んでいってしまう。


米駆逐艦は距離700まで近づくと魚雷を発射して離れていく。

48本の魚雷のうち8本が艦首から艦尾まで満遍なく当たり、その破口は船体を引き裂き文字通り四分五

裂となり、波間に消えていった。


高木提督は目の前が一瞬紅蓮の炎に包まれたかと思うと暗転した・・・。

 



「ようやく沈んだか・・・」太平洋艦隊司令官リー提督は、脂汗にまみれながらようやく平静さを取り

戻した。


敵が旧式艦であったことは不満であったが、半ば射撃訓練のつもりで望んだ海戦だった。

圧倒的な砲撃力で敵を一方的に粉砕し、今後起きるであろう主力艦隊同士の実践演習のはずであった。

リー提督座上の戦艦『モンタナ』は重要防御区画こそ破られはしなかったが、高角砲や機関砲などの上

部構造物はあらかた破壊され、一部で火災も発生している。


『伊勢』、『日向』の36センチ砲弾を合計34発も喰らい、満身創痍の状態である。

栄光あるアメリカ合衆国太平洋艦隊旗艦には、相応しくない有様となってしまった。

二番艦『コネチカット』も同様の有様で、全速航行は可能であるが上部構造物はスクラップ置き場に変

わってしまった。

 


「就航間もない艦ですから、砲撃精度では水をあけられましたが、
1ヶ月も訓練すれば補えるでしょう

。」ホイス艦長は半ば言い訳がましく、リー提督に取り繕って見せた。


しかし、リー提督の思考は他のことで頭がいっぱいであった。

レーダー性能でも水をあけられていた・・・

レーダー射撃の権威と自他共に認めるリーにとって、これほどの屈辱はありえなかった。

これが大和級戦艦だったら、逆の立場になっていたかもしれない・・・。

 



この海戦は、はじめから日本艦隊に対しての追撃戦から始まった。


速力の劣る日本艦隊を追い詰め、しんがりを勤める日本戦艦に向けて抜き際に砲弾の雨を降らせる。

全艦が敵戦艦群を抜き終えたときには、日本戦艦群は海の藻屑、


戦列を崩さないまま更なる追撃を敢行する予定であった。

しかし日本戦艦はわれわれの前に立ちはだかりT字を描こうとする。

やむなく同行戦に移ったが、先制は敵に許してしまった。

4射目で夾叉され、こちらが命中弾を出す前に相当数の被弾を許してしまった。

こちらも命中弾が出てからは、力量の差は歴然としだし敵戦艦を撃ち取ることができたが、

命中精度の高さには脅威を感じる。

日本艦隊はモンタナ級を新型戦艦と見るや、21で決戦を挑んできた。

後続の4戦艦は無傷になってしまうのだが、質量ともにかなわぬとの判断のもと、新型戦艦に手傷を負

わせてしまおうとの判断だったに違いない。


「戦艦4隻撃沈、こちらは2隻大破といったところか・・・」

満足せねばなるまいと思っていたところ、リー提督の元に巡洋艦部隊を預かるスコット少将から隊内電

話が届いた。


「敵巡洋艦を撃沈しました。しかし旗艦『アラスカ』が傷つき他の3艦も損傷しました。追撃は不可能

と判断します。」


「何、たった一隻にか・・・!」



アラスカ
米大型巡洋艦
30センチ砲を搭載するも船体が大きすぎいささか中途半端な艦となってしまった。
ウィチタ
米巡洋艦
クリーブランド
米巡洋艦


スコット提督は超甲巡『アラスカ』を先頭に、同型艦『ハワイ』 重巡洋艦『ウィチタ』、『クインシ

ー』軽巡洋艦『デンバー』、『サンフランシスコ』、駆逐艦
3隻を有していたが、単艦と侮って横腹を

見せて立ちはだかる装甲巡鞍馬に向けて、単縦陣で突破を図った。


鞍馬は持てる
15.5センチ砲の全門で『アラスカ』に集中砲撃、たまらず進路を外す『アラスカ』を尻目

2番艦『ハワイ』にも同様に発射速度の速い砲弾の雨を降らせた。

30.5センチ砲を搭載する超甲巡であったが前方2基六門しか使えなかったのに対して鞍馬は一五門の

15.5
センチ砲で撃ちまくった。

しかも発射間隔もアラスカ級の約
2倍、艦橋に多数の命中弾を喰らってしまったのだ。

3番艦『ウィチタ』も同様の憂き目にあったが後続に位置するクリーブランド級の『デンバー』、『サ

ンフランシスコ』は同じ構想で産声を上げた多砲塔艦・・・『鞍馬』を射程に収めるや、ジャブの打ち

合いで何とか『鞍馬』を制圧すると、駆逐艦の魚雷をもってこれを仕留めたのであった。

しかし思わぬ伏兵に大きな損害を出した米巡洋艦隊はこれ以上の追撃を諦め、後退を余儀なくされてし

まった。

 


後世、トラック沖海戦の公称で呼ばれる一連の海空戦は、米軍の圧倒的勝利と判定されている。


トラック島はこの後、基地としての修復不可能ということで放置、人員は一時撤退することになる。

艦船も戦艦4隻を含む巡洋艦1隻、駆逐艦6隻沈没、巡洋艦2隻、駆逐艦2隻撃破、輸送船部隊も大きな

損害を出した。


対する米軍は、戦艦2隻が大破、巡洋艦5隻が損傷、艦載機124機の損失を受けるも、沈没艦はなく空母

部隊も無傷であった。


しかし大方の艦船、特に日本の新鋭空母部隊を取り逃がしたこと、新戦艦の性能を分析されたことは後

の戦いに大きく影響することになる。

 

 


昭和
20年5月中旬、日本海において日夜激しい訓練が行われていた。

新型戦艦『播磨』、『薩摩』を含めた艦隊訓練、射撃訓練であるが近く生起するであろう一大艦隊決

戦に向けて必勝を期すためだ。


空母部隊も更なる向上を求め余念がない。

次の戦いは真正面から四つに組む正攻法の戦い、力と力の殴り合いとなるだろう。

単純に強いほうが勝つ

山本連合艦隊司令長官は出し惜しむことなく訓練に勤しませた。

その訓練は3日で一年分の弾薬を使わしめたと噂されるほどであった。

一方、作戦本部でも高木提督がもたらした米艦隊の戦略、艦船の性能などを元に立案に余念がなかった



連合艦隊総戦力、主力戦艦9隻、防空艦に改良された金剛級戦艦4隻、主力空母18、軽空母5隻を基

幹とした大艦隊が今またアメリカという巨大国家との存亡をかけての戦いに挑もうとしていた。

 



                           
   

 







 

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